21世紀の ヒューマン・リテラシー

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zoom RSS 寿識字学校の大澤敏郎さんとヒューマン・リテラシーの思想

<<   作成日時 : 2013/02/19 21:14   >>

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2007年10月24日に亡くなられた大沢敏郎さん主宰 の 横浜寿(ことぶき)識字学校のニューズレター2006年5月12日第4470号、4471号) 
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ちからにする寿識字学校  2006年5月12日 第4470号

「このところ、夏日(なつび)があったり、強い風が吹き続けたり、地震も続いています。先週は、お休みでしたので、5月最初の識字です。連休中は、だいたいお天気もよく、どこかに出かけた人、休みなく仕事をした人、ゆっくりとからだを休ませた人など、それぞれに、いい時間だったことと思います。ぼくは、たまっていた(放置していた)あれこれのことを、すこし整理ができました。板を買ってきて、本棚も、ひとつ、つくることができました。部屋の中が、いくぶんすっきりとしました。(頭の中は相変わらずゴチャゴチャです)。

5月6日だけ、東京、渋谷の国連大学で開催されている、「国際識字文化センター(ICLC)]主催の連続セミナー(全8回)の第1回に参加し、センター代表の田島伸二さんのお話と、タイにあるビルマからの難民(カレン族)キャンプでの図書館活動をしてきた渡辺有理子さんのお話を聴くことができました。アジア各地で、肌理(きめ)こまかで多様な実践活動をされている田島さんのお話、いつも敬服し、勉強になります。田島さんの最近の原稿”ヒューマン・リテラシーの理念とその活動について”(アジアウエーブ誌)をすこし引用します。途中からで、ほんのすこしで申しわけありません。

「・・・・そして、咄嗟に私は教育大臣が発言した識字に関し、ヒューマン・リテラシーという新しい概念を考えついた。「リテラシー(識字)教育とは哲学や方向性を持たなければならない。リテラシー(識字)とは、ただ単に読み書き計算ができるかどうかの技術や能力の問題ではなく、豊かな人間性を有し、普遍的な目的や内容をめざすものでなくてはならない。人を不幸にし、人を殺す識字がこれまでの歴史でどれだけ推進されてきたことか、そしてそれは現在も続いているではないか。文字によって表現される知識や技術は、人間の在り方全体に真摯(しんし)なる責任をもたなければばらない。識字とは人を生かし、争いをなくし、人間全体が信頼できる世界をつくるためにこそ存在するのではないか」と。・・・・(略)フランスの哲学者のシモ−ヌ・ヴェーユは、不幸な人間に対して、注意深くあり、どこか苦しいのですか?と問いかけられる力を持てるかどうかに、人間らしい資質がかかっている」と述べたそうだが、その問いかけは同じようにヒューマン・リテラシーの出発点でも立脚点でもある。ヒューマン・リテラシーとは「困っている人々に、どこがお苦しいですかと問いかけられることのできる力」−それは言葉や文字などによる表現力であるとともに、他人の苦しみの軽減のために、なにか自分にもできる具体的な行為(アクション)を作り出していける力である。人間とは、時と状況が異なれば、だれだって例えようのない苦しみや悩みに追いやられるかもしれないが、ヒューマン・リテラシーのヒューマンとは、言葉における人間のありかたをただ頭で理解するだけでなく、なによりも言葉を実践に移していける実践的な行為を希求していきたいと思っている。インターネットの普及により、無限に情報が飛び交う時代において、認識よりも具体的な行為の重要性が問われる時代に入っているのではないかと思う」


この田島さんの文章、前後にたいへん重要なことが記されているのですが、ぼくも全面的に同じ意見です。「識字は、人間全体のこと」とぼくはこの間言い続けていますが、そのこととつながっているのではないかと思っています。この文章、大江健三郎さんの「定義集 節度ある新しい人間らしさ」(06年4.18朝日新聞朝刊)と重ね合わせて読みました。 ー大沢敏郎

このお便りはすべてルビがふってあり、識字学校の生徒さんの教科書となっているものです。大沢さんの識字に向けて、人を励ます情熱や理想や暖かさを痛切に感じました。「識字」は、人を励まし人間関係を作り出す力となるものですね。大沢さんのご冥福を心からお祈りいたします。

これはICLCが開催した講演での彼の発言の要約です。

「・・・・・ゼロから読み書きを教えてくれ、と入ってきた男性が、後に自分の母親が死んだときのことを長い作文にしてきたことがあった。息を引き取った母親に向かって「おかさん」と叫んだ、と書いてきた。実際になんと呼んだのだろう、と思って、みなの前で朗読してもらったのだが、彼は「おっかさぁぁん」と、部屋が割れるようなものすごく大きな声で叫んだのだった。これを聞いたときに、自分が受けてきた学校教育というものは完全に終わった、と実感した。文字を直し、標準語にし、句読点をきちんと打つこと、それが学校教育であり、そこでは「おかさん」は間違いなのだ。それ以来、言葉を直すことは一切やめてしまった。在日一世のオモニたちが書く日本語も、彼女たちの苦難の歴史であり、これを直そうとはもう思わない。」と。

大沢さんの「おかさん」と叫んだ識字学校での生徒の思いこそが、識字の課題のすべてを物語っているように思います。そして現代の日本の識字の意味に火を明るく灯して下さったことに、心から感謝申し上げます
                                                      
http://iclc2008.iza.ne.jp/blog/entry/2684399/ 

http://www.jinken.ne.jp/other/oosawa/ 書く力、生きる



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