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zoom RSS 「たくましい体験と想像力をもって生きたい!」寓話作家へのインタビュー

<<   作成日時 : 2016/03/18 09:38   >>

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「たくましい想像力をもって人生を生きたい!」寓話作家ー田島伸二氏への長時間インタビュー (アジア・ウエーブに加筆(2004.8月号)
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Q : 田島さん、あなたの活動は広い範囲にわたっていますが、その原点と中心は、南アジアのパキスタンやインドです。なぜそういう地域を選ばれたのですか?


A: 私はインドのブッダやタゴールの哲学に憧れて、学生時代からインドへ行ってみようと夢見ていました。早大に在学していたとき、タゴール研究者である我妻和男先生からシャンティ二ケタンのタゴール大学への留学推薦を受け留学したのが南アジアとのかかわりの始まりです。2年間の遊学生活はとても刺激的なものでした。それからユネスコやNGOの識字教育の仕事などで、これまで20年間に、アジア、太平洋諸国、アフリカなど30カ国くらいをまわりましたが、インド、パキスタン、アフガニスタンなど南アジア地域の問題が、教育問題では圧倒的に深刻でしたね。これはやはり識字率が一番低く、基礎教育の重大な問題がこの地域に集中しているということも関係していたように思います。


Q:1997年からのパキスタン滞在中での活動について詳しくお話ください。
A: パキスタンには、3年半のJICAの識字専門家の仕事で行ったとき、偶然にたくさんの子供たちが刑務所に収監されていることを知りました。どこの国でもそうですが、刑務所は社会の矛盾や問題点が集中しているところです。冤罪、貧困による盗み、傷害、麻薬運び、殺人。子供たち自身が犯罪を犯すというよりも、大人たちが犯罪を行ってそれを子供たちに押し付けて監獄に入れているのが実態です。アフリカや中東でも世界中の子どもたちはいつも大人に利用され、犯罪に加担させられ、幼くして兵隊としても戦場に送られるように訓練を受けるのです。子供は無力です。大人社会には異議申し立てが出来ません。意味もわからずに犯罪を犯し、武器を持たされたまま非情な戦場へと送られている。この現実にパキスタンでぶつかったわけです。


こうした子どもたちの自立になにができるか、パキスタンの刑務所を見たときいろいろ考えました。人権を振りかざしてもすぐに刑務所側はシャットアウトすることが考えられるので、まず初めに育ち盛りの子どもたちを冷たく狭く暗い牢獄から外に出し、太陽の光のもとで身体を鍛えるためにクリケットやバドミントンなどスポーツ用具を贈り外で遊ばせたいと刑務所長に頼みました。子供たちはとても喜びました。それから彼らにさらに聞くと、外の世界のことが知りたいので本が読みたいという。閉ざされた壁の中でひたすらに外の世界や彼らの人生の情報に飢えているんです。それで刑務所内に図書館を作ろうと決め、いろんな方面の協力を得て太陽の光(キランと言う名前)という名前の図書館を作りました。これは非常に大きな刺激を与えたようです。閉ざされた世界では想像力を刺激する知識や情報が必要ですね。特に子どもたちは!文字を通じての想像の中で未来を考え出す力を本の中から学び取っていくというのです。
この図書館が2000年に第1号となり、第2号がパンジャブ州の砂漠地帯にあるムルタンという町にある女性刑務所の中に作られました。ここには女性が300人も収監されていますが、刑法は女性に対して非常に差別的なところがあり、たとえば強姦罪の立証には四人の証人が必要で、四人そろわないと逆に被害者の女性が罪人として捕まって監獄に入れられてしまうということがあり、女性の囚人のうち半分を占めていたのです。そして第3号の子どものキラン図書館がファイサルバード、第4号がペシャワールに設立されました。少数民族のカラーシャの村ではわだ晶子さんのコミュニティ活動に協力して、カラーシャの子どものキラン図書館も設置されています。
 
Q: あなたはアジアの農村地域で手漉き紙を作り出す技術を独力であみ出し、パキスタンの少数民族や農村の女性やNGOなどを対象にその技術を広めたり、またNGOに依頼されてラオスやタイの難民キャンプでもその技術を伝えてきましたね。実際に作った紙を見せてもらいましたが、少しごわごわしているがいかにも手作りの感じのする素朴な手漉き紙でした。手漉き紙というプロジェクトを始めたきっかけとはなんだったのでしょう?

A: 私が活動しているノンフォーマル教育というのは、学校教育(フォーマル)に通えない貧しい子どもたちが行っている寺子屋式のコミュ二ティ学校のことです。1998年頃にパキスタンにはこうした寺子屋式の学校が4000校ぐらいありまして、村の5歳から10歳くらいの子供を青空教室や軒下のクラスに集めて、村の女性が教師となって教えていました。あるとき僻地の学校を訪れて、生徒たちに「どのような教材が欲しい?」と聞いてみると口々に「コピー、コピー」と言うのです。最初、コピー機が欲しいのかなと思いましたが、違いました。
向こうで「コピー」というとそれは「ノートブック」のことなんですね。教室では通常「タクティ」と呼ばれる石盤を使って、書いては消しして勉強しています。しかしそれだと文字はすぐに消えてしまって後に残らない。文字というのは情報を貯蔵するためのものですから、残らなければ意味がないのです。

そこで彼らにノートブックを与えたいと思いました。しかしお金を使ってノートを買って贈るのはすぐに無くなってしまいますから継続ができません。自分たちの手で紙が作れるようにならないかと考え、植物繊維や新聞紙から紙を作る技法を日本やインドなどでの体験をもとに自己流で研究してみました。その結果、バナナの幹、ススキ、わら、サトウキビの絞りカス、笹、雑草などおよそどんな植物からでも紙が作れるようになりました。そこで60回ぐらいパキスタンの全国でワークショップをやって作り方を演じるとみんな面白がって、どんどん技術が広がっていき、自分たちの手で紙が作れるようになりました。アフガニスタンの近くの少数民族のカラーシャの人々はその手漉き紙に家畜や生活の絵を描いてそれで村づくりのための収入向上にあてました。幼い子どもの性的虐待を阻止しようという「サヒルの会」というNGOは、この紙漉きを本格的な収入源とするために非常に質の高いハンディクラフトを作っています。

自分の手による創意工夫で暮らしをたくましく作るのが人間の文化の原点であることを考えると、パキスタンの農村の実態は過酷な環境でした。土地所有制度はいまだにイギリスの植民地政策を引き継いでいて封建地主制です。ですから地主層は基本的に人々が教育で力をつけることを極度に嫌っているのです。その土地に縛りつけておとなしく労働させておくには余計な知恵や知識はつけさせないほうがいい、学校があると彼らの土地所有に都合が悪いと考える支配層が少なくないですから、「雑草を利用した紙作りから人々の意識を変えていく」そのような教育戦略を考えたわけですが、それに小さな灯がともった感じですね。教育の結果はだれの目にも見せて確信させることが必要だと思いましたね。


Q: 世界を舞台に、生きた教育のあり方を求めて、あなたは世界中で独創的な人間啓発活動を行ってきました。既成のレールからは決して生まれてこない、きわめてユニークな仕事の数々の話をうかがっていると、新しい人間の可能性が見えてくるような気がするのですが、「日本の子供たちの目は生きていない。欲望の海のような社会の中で、深く傷つき目的も持てずにあてもない漂流を続けている。」とあなたは言っていますが、子どもたちへの教育には、どのようなことをやっておられますか?



A: 現在、子どもたちに絵地図分析という自己分析を試みています。これは実際にワークショップを開催しないと詳しくは説明できませんが、実際の体験に基づいたお話をした後、子どもたちに小さなグループな中で話し合いを行なってもらいます。それには小さい短冊をたくさん用意して、そこに自分の気になることをどんどん書いていきます。欲しいもの、やりたいこと、行きたい場所、悩み事、自分の長所短所、家族や友だちのこと、だれにもしゃべれない秘密のこと。なんでも思いつく端から書いていって、それを種類別にグループ化していきます。さらにその余白にさらにメモやイラスト、道や矢印などを書き込んでいって、人生の地図−つまり自分の過去、現在、未来を示す心の地図を作るんです。この絵地図分析は、子どもたちの無意識世界の問題も含め内面へ向けての旅の始まりを自分で創っていくことを促します。自分の頭の中にある観念の地図は解きほぐすこともできないぐらい複雑にからんでいますか
ら、これを外の世界で自由に解き放ちもう一度自由に再構成することが重要なのです。つまり自分自身を客観視する視点を持つことです。窓ガラスに当たってバタバタもがいているハエのように、子どもも大人もなにかにつきあたったときにはその世界の中でしか生きることができない。少し離れて自分の置かれているところを見れば広々とした自由な時間や空間が無限にあり脱出口がいくらでもあるにもかかわらず、すぐに地に落ち、絶望してていく。子どもたちのうつろな目はそれを示しています。子どもたちが早くから自立するためにも内側から自分の道を発見していく必要があるのです。今の時代は一切れのパンでも与え方によって十二分に子どもたちを救えると思うのです。



Q: あなた学生時代はどのように過ごされましたか?

A: 私は学生時代は中途半端でしたがベトナム戦争などに反対して全共闘運動に参加していましたが、生き方に困って、あるとき友人と一緒に、静岡県にある龍沢寺という禅寺に座禅を組みに行ったことがあります。参禅に訪れた時刻がすでに夕方だったので、応対に出た若い僧侶が受付で「こんな夕方に、参禅にやってきて誰が受付できるか。帰らっしゃい!今日は、受け付けない。三島の町でも泊って出直してこい。金がなくばくれてやるが・・・」と横柄な口ぶりで答えました。そこで、友人とがっかりして帰ろうとしたとき、玄関先で声がしたのです。「よしよし、座るのは寺でなくともよい!おう、よしよし、わがぼろ家に来て酒を飲め!」と 60歳前後の不思議な人が現れたのです。そして朝まで彼の家で酒を飲みながら話を聞いたのでした。彼は高村幸平。知る人ぞ知る存在で、氏の語る世界は人間の自然の世界から宇宙にまで及び、いちいち話しが驚くべき内容でした。人との出会いとは不思議なものです。
 
私はこの時の出会いだけではなく、多くの方に人生の結び目でさまざまなことでお世話になりましたが、高村幸平さんは、常に「すべての存在は殺すのではなく、生かすことー生きるとは他の存在を活かすこと、むかんじょうのもととは自然であるとー具体的な事例をもとに話されていました。どれぐらいお酒も飲んだことでしょう。龍沢寺は臨済宗の中興の祖と称される白隠禅僧が開祖され、山本玄峰(1866−1961)などの禅僧が引き継いできた名刹ですが、私自身は高村幸平によって私はまさに開眼させられたのであった。彼は玄峰老子の話をされながらも、彼自身の生活の現場を見せて下さった偉大なる禅僧であったのです。


そして次の朝、起きたとき、私は不思議な感覚に襲われたのです。これまでは、いろいろの欲求を人一倍「持ちたい!」と思っていた意識から「持たない」という意識へ、そしてなにものかに「なりたい!」と思っていた強い欲求から「ならない」という意識になっていたことを感じて、まるで光に打たれたような不思議な感じがしたのです。回心とも悟りを感じた瞬間のようでした。それから、1年間ドイツに遊学して基礎教育について学んだり、陸路でシルクロードを経て、2年間インドのタゴール国際大学に行ったりしていたのですが、私の学生時代に龍沢寺の高村幸平さんに出会ったのは運命とも言えるものでした。そして現在の生き方や社会のありかたに激しい怒りを感じたのです。人はこうした高揚した回心の感動を理屈で言ってもなかなか納得してくれない。初めは、当時在籍していた大学の大隈講堂で「現代学問破壊講座」などという講座を開いてしゃべったものの、なかなか意が通じない。そこでそこでなんとわかってもらう方法はないかと考えた結果、図書館に篭って、だれにもわかりやすい現代の寓話という方法で動物を主人公に創作物語を書き始めてみたのです。


Q: どのような物語を書いたのですか?


A: はじめに書いたのは「大亀ガウディの海」という物語です。水族館に長年閉じ込められていた海亀が故郷の海を恋しく思い、策を弄して脱出して元の海に戻ってみたら、そこにはすでに美しい海ではなく、核汚染で醜く汚れてしまった海だった。生きるための自然の中での冒険が始まる、云々といった話です。イラン、タイ、韓国、ベトナム、バングラデシュなど16カ国の言葉で翻訳出版されました。アジアの子どもたちに真っ先に届けたいと考えていたので、これは飛び上がるぐらい嬉しい子ことでした。http://tajimaiclc.at.webry.info/200512/article_13.html
人間の「ことばと手」が作り出した争いに巻き込まれていった宇宙のかなたの「ビックリ星の伝説」。山を破壊されたキツネが人間のサラリーマン社会にあこがれるが、毛皮会社で働いているうちに、出世のために鉄砲をかかえて故郷の森に向かっていく「コンキチ」、原発の恐怖を描いた5編の物語「沈黙の珊瑚礁」、そして大空を流れる「雲がつれづれ語った物語」など。これらはアジアの子どもたちに向けたメーッセージだったのです。


 幸運にも、アジアのほとんどの国で、これらの物語は翻訳出版されました。こうした仕事が縁で多数のアジアやアフリカの創作者とも知り合いになりましたが、国境を越えて共通しているのは、「創作活動を通じて生きることの喜びや、痛み、苦しみなどを、ユーモアを交えた感動で、どのように子どもたちに伝えていくか」と思っていたことです。


Q: 現代の教育の課題とはなんでしょう?

A: そうですね。現代の一番の問題は、人間の欲望が無限に拡大していることですね。原発も核問題もこれを象徴しています。そして今、人間はこの拡大を食い止めることができないということですね。古代ギリシャでは、欲望を抑制し、智恵を生みだすことが知恵とも呼ばれ、ソクラテスもインドの仏陀にしても人間存在の根本的な課題でした。人間は欲望と欲求の塊ですからね。特に現代の資本主義社会ではだれでも自由にしかも無限に欲望や欲求を拡大させ、幸福をつかもうとする志向が強く、抑制や創造を重要な価値として意識する面が非常に希薄になっています。欲望の世界の拡大とは徹頭徹尾、お金と物(肉体的快楽世界)の世界ですね。そこには普遍的な人間性や文化の力が働いていないのです。


この前、都内の小学校で絵地図の授業をやったとき、子どもたちの多くは「お金の獲得と世界制覇」を最大の関心事として描いていました。まるで今のアメリカに象徴される世界制覇や、それを追随しようとするイメージの貧しい現代日本を想起させるものでした。友人の一人は、イラク戦争は、アメリカの政権が、民主党へ交代したとしても100年戦争の始まりになると言っていましたが、人類という種は悲しいかな、石油というエネルギーの利権や権力を目の前にして発狂し、文明の絶壁に追い詰められている、そんな感じがしています。自爆テロとはただ単にイラクやアフガニスタンだけでなく、世界中の子どもたちの心の中で大炸裂し始めているのを知らないのですね。


21世紀とは、一見豊かな物や情報がたくさ集るように見えますが、精神的には内実は凄惨で、不安定な暗い時代が始まるような予感がしています。人類が生き延びるためには、人間を生かす優しい智恵や発想が必要なときです。それには人間のこれまでの現実をよく見つめ、偏狭な宗教や民族や利害などの壁を越えてすべての人の心の中に明るい灯をともしていく人間力を高める実践を確立することです。それはあらゆる「他の存在の心の中」に灯をともしていくことです。そしてその中で特に大事な立脚点は、人間としての感受性や包容力、あるいは寛容な心と力をもつ「自己実現」を目指すことですね。つまり人生というものはもともとはなんの価値もないから、そこにどのように自分なりの人生の意味づけをしていくか。理論やコンピューターの世界に閉じこもるのではなく、あくまでも現実の生々しい現場で格闘すること。そのためにはコンピューターを棄て、世界に飛び出していかねばなりません。現実世界で激しく試行錯誤することで人はよく学んでいけると思うのです。観念の中には限られた方法論しかありませんが、現実世界には無限の方法論がひそんでいますから、それを経験の中から取り出し、自分たちなりに工夫して組み立て、「人間の生きる環境」をよりよくしていくこと。そうやって生きる姿勢が人間関係でも、国際関係でもコミュニケーションの最大の基本ではないかと思うのです。

21世紀に一番大切な創造の意味は「対立する他人の心に火をともすことができるか」―人間が救われていく道はそこにあるのではないかと私は考えています。古くて新しい課題です。


(アジアウエーブ編集者のインタビューに加筆(2004.8月号)
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