田島伸二 と ヒューマン・リテラシー

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zoom RSS 人間の「言葉と手」を進化させるヒューマン・リテラシ―の哲学

<<   作成日時 : 2016/12/07 17:10   >>

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人間の「言葉と手」を進化させるヒューマン・リテラシ―の哲学


その昔、私は「びっくり星の伝説」(The Legend of Planet Surprise) という物語を書いたことがある。物語の中で人間という存在は「言葉と手」をもっているために他の生物とは異なって、非常にユニークな文明を築くことが可能となり、とくに「言葉」は目に見えない世界や事物を容易に描写し想像させることができたが、人間の「手」はそれを実際に目に見える世界に具体化させることができ、この両者の協力によって人間は文明を発達させたが、その使い方を誤ったために人間の文明が消滅したという物語である。アジアの28言語で翻訳された。

人間の言葉と手が作りだした端的な例とは、核文明である。原爆と原発ーこの両方が人間の存在を象徴しており、現代文明を危機に陥れている。


1998年5月、私はパキスタンのパンジャブ州の農村地域で寺子屋学校を二百校設立する式典に出席した時、教育大臣の口から次のような祝辞を聞いた。
「今日、我が国には10数人のカディール・ハーン博士のような科学者が存在している。彼らの努力によって今日、我々は素晴らしい科学技術を達成することができたが、識字教育とはこのような科学技術の発展に大きく貢献するものである。学校がますます増えることによって、我が国の核開発がますます進展していくことを希望する。云々」私はこれを聞き怒りが込み上げてきた。

カディール・ハーン氏とはパキスタンの原爆開発の父とも言われる有名な科学者である。もし識字が核開発のような目的のために使われるものならば、その識字は完全に間違っている。」そして、咄嗟に私はその為政者が発言した識字に関し、ヒューマン・リテラシーという新しい概念を考えついた。

「識字は哲学や方向性を持たなければならない。識字とはただ単に読み書き計算ができるかどうかの技術能力の問題ではなく、豊かな人間性を有し、普遍的な目的や内容をめざすものでなくてはならない。人を不幸にし、人を殺す識字がこれまでの歴史でどれだけ推進されてきたことか、そして現在もまたそれは続いている。文字によって表現される知識や技術は、人間のありかた全体に真摯なる責任をもたなければならない。識字とは人を生かし、争いをなくし、人間同士が信頼できる世界をつくるためにこそ存在する。」 

そう考えて、ひるがえって日本の現実を考えるとき、今の日本の文字や知識、情報や技術は人々が果たして幸せになるように使われているであろうかとも思えた。そのためヒューマン・リテラシーインデックス(HDI)という新しい概念を書き始めた。式典が終了し、約6時間のドライブのあとイスラマバードへ帰宅した日の夕方、パキスタンがインドに対抗して初の原爆実験をチャガイ丘陵で行ったという知らせを聞いた。

そして、2011年3月11日には、日本の福島原発で、原子炉が3基も炉心溶融し、おびただしい放射性廃棄物が空に陸に海に放出された。これは人類史上でおよそ考えられなかったような原発事故となって多数の子どもや大人たちが被ばくした。津波で電源が失われたことがその主たる要因とされたが、実は地震そのものの打撃によって配管が損傷を受けたことが指摘されている。

なんのためにこのような危険な文明を作り出したのか、その反省はまだ人間は自覚するところまで至っていない。


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