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zoom RSS ミャンマーでの「教授法の大転換」ワークショップに参加して

<<   作成日時 : 2017/04/12 23:23   >>

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2001年から2007年まで行ったミャンマーでの教師の教授方法の改善では大変楽しかったのですが、大変苦労しました。それは教師による伝統的な暗記主義や鞭をもった教授法(TCA)を、CCA(子どもの感性や体験を中心とした教授方法)など参加型や体験的な教授方法へと切り替えていくのは、大変難しい課題だったからです。

2001年から2006年に向けてさまざまな教師の教授法についての実践的な研修を行い、私も専門家の一人として参加しましたが、これはJICAが、ミャンマー政府の教育省の要請で行った基礎教育改善計画の一環でした。私は教師研修でも、特に小学校の幼稚園クラスから。小学校の1年2年の総合学習という科目を担当しました。これは実に刺激的でおもしろい体験でした。


ミャンマーでの授業の行われかたは、基本的には暗記、教師もそれに向けて授業を構成しています。生徒たちは、薄っぺらの白黒の絵が入った教科書を、すべて大声をだして暗記するという方法でしたから、教科書の内容に書かれてある内容を、自分で実感したり体験するというような授業はほとんどありません。そこで私は、研修の教師たちをまず自然の中で、草、木、花、昆虫、土、水などすべてを自分の感覚で体験していくという演習を数多く行いましたが、やはりこれは彼らには新鮮に見えて、多くの教師が多くのことを発見し夢中になってきました。


しかし月や星の観察授業を行おうとしたところ、教師たちはいっせいに、「月や星は夜出るので、教師には観察は出来ない」と主張するのには困りました。その理由は、彼らは昼間は教師で働くが、しかし夕方からはほとんどの教師が、塾の教師や学校進学講師をして生計を助けているのでした。教師の家計は非常に貧しかったのです。


またおもしろい授業を作るために、日本の紙芝居を大幅に取り入れて、彼らが伝統的にもっている「語りの世界」をうまく生かしたところ、これは非常に効果的な授業を行うことができました。低学年ではミャンマー民族以外の少数民族がいろいろ混成になっている学校も多く、言葉のコミュニケーションがうまくいっていないので、視覚的な表現は子どもたちの心を強く捕らえました。そして紙芝居を語り終わった後、全部の紙芝居を教壇に並べて、「さあ、どの場面が一番面白かったかな?」そしてそれは「どうして?」と聞くことにしました。これは、紙芝居をただ一方的に見せるのではなくて、「なぜ、それが面白かったのか」こどもたちにその理由を説明してもらったのです。こうすると彼らは、感じた世界や感動した世界を自由に表現できるようになってくるからです。


それから教師たちが、<自分たちの授業について客観的に討議し、批判ができる>ようにするために軍政下という困難な時期ではあったのですが、絵地図ワークショップという私の考案した「言葉と、文章と、絵とデザイン」によって「教授法では、何が問題点か」絵地図として作り上げるワークショップを行いました。グループでの真剣な議論のあと、各自に小さな紙片に約10の問題や解決方法を書いてもらい、それからそれぞれのグループが問題点や解決法を、文章と絵とデザインでまとめていきました。すると通常ではほとんど議論や批判が出てこないのに、この方法を使うとありとあらゆる問題点や解決法が楽しく表現されていきました。つまり、どこの国の教師も、<どのような教授法を行ったら、子どもたちが一番喜ぶか>は体験的によく知っているものです。まるで教師の心のなかに鬱積されていた問題点が、全部でそろった感じでした。


こうしたワークショップの開催によって、多くの教師たちの心を、自由に開くことに成功したように思えました。要するに教師たちには、わずかの外からの刺激と、自由に表現できる空間や表現方法を最も必要していたのです。それさえあれば、どこでも感動を生み出す教師が生まれるのです。
ミャンマーの民主化の夜明けは、まだ想像もできない2002年頃でしたが、特に自分の考えを自由に表現するエッセイ(作文演習)などを多く取り入れてみました。「自分が体験した最もおもしろい話」や「自分の遭遇した災害の話」などを課題に出したところ、教室の雰囲気が見る見る間に変わっていき、教師たちの態度が大変緊迫し、ものすごい熱を帯びてきたのです。そしてみんなが書き終えて全体で発表を始めた時には、その雰囲気は最高潮に達したのです。それは自分のエッセイを読むだけではなくて、エッセイを越えて語りとしても熱を帯びて発表し始めたのです。


かれらには「語りたいこと、表現したいこと、訴えたこと」が山ほどあったに違いありません。自分が遭遇した最も苦しかったこと、悲しかった思い出が次々と披露されていきました。語る教師も涙を流し、エッセイを聞いている教師たちも涙を流しているのでした。こうした授業の構成などで教師たちの「教授方法」の改善は、大きな課題を次々と乗り越えていったのでした。もっともそれは担当していた総合学習の分野での出来事です。ミャンマーの基礎教育の学校現場には、生きた感動体験が最も必要とされていたのでした。


こうした体験は、3冊のぶ厚い教授法の指導書として完成され、英語版とミャンマー語版が広く学校関係者へと配られたのでした。こうしたCCAの指導書を、日本の学校現場へも配って欲しいと、日本人の教育関係者からは強い要請として聞きました。しかしJICAに耳が付いているとは思えませんね。そうなればミャンマーでの体験がさらに役立つとは思うのですが・・・日本でも全く同じ課題に直面して苦しんでいると思うので・・・・。



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