21世紀の ヒューマン・リテラシー

アクセスカウンタ

zoom RSS 「共謀罪」について、私の決心したこと

<<   作成日時 : 2017/06/19 09:51   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

「今日、私はこう決心した」「そうか、なるほど、ケストナーの言うように「四角に丸い円になれ」と言っても意味は通じないのだ。「円の方がより大切でより完全に近い形だと、四角にどんなに呼びかけても無駄というもの。」安倍首相には全く意味が通じない。わからないのだ。要するに彼は、「戦争法案」や「共謀罪」法案を作って、国民を犯罪者扱いしたり監視社会を作ることなどなんとも思ってはいない。「戦争で人を殺すことも」そして四六時中、大嘘をつくことや国民を裏切ることなどなんの痛みも感じていない。彼はおそらくそのような無感覚の政治人間を生み出す家庭で育ってきたのだろう。

われわれ「こころ」や「精神」を大事にして生きる家族とは人間が異なるのだ。そうでないとこれまで国会でやってきたことは、全く理解できない。彼らは、要するに四角四面の世界から抜け出せない!それならそれ、これならこれ。われわれは四角四面を早く丸めて、みんなの力で思い切り遠くへ、投げ捨ててしまおう!」


<全体主義者の歴史>


歴史の中では、民主主義は血を流してでも勝ち取る価値がありますが、それを守るためには多大の汗を流さなければなりません。しかし10人の意見を聞くよりも1人の意見で決する方が、すべてははるかに簡単明瞭ですので、人々はいつも、複雑で,多大の汗を流させる民主主義よりも<全体主義>を選択してしまう傾向があるのです。

そうです。苦心して手に入れた民主主義もその価値をよく知らないと、人々は簡単に民主主義を手放してしまいます。日本が現在、直面している最大の危機(共謀罪)のことです。戦後民主主義が進化を目指さずに、グーグーと安穏に眠っていたために日本では最大の危機が訪れたのです。お隣の韓国では、日本と違って眠る暇もなく、血と汗を流して民主主義の確立のために闘ってきており、終には歪な大統領を倒してしまいました。


民主主義の価値とは、「流した血と涙と汗」の総量で決まります。私たちは日本の民主主義の進化のためにどれだけ「涙や汗」を流してきたでしょうか。涙や汗が流れていないとみるや、安倍晋三のような歪な「全体主義者」がほくそ笑んでかけ足でやってくるのです。議会制民主主義とは、民主主義のある意味では形骸化した形式ですから、いつでも大衆を裏切ってしまうのです。


これから日本でなにが起きるか、想像できないような悲劇が襲ってくるかも知れません。そうならないようするためには<何ができるか、何をしなければならないのか>それはすべて過去の歴史の中に書いてあることです。人間の歴史は、形を少し変えて、すべて同じことを繰り返しているのですから・・・・・



画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「共謀罪」について、私の決心したこと 21世紀の ヒューマン・リテラシー/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる