雲の夢想録!

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「雲の夢想録」は1976年から書き始めている私の夢想の物語である。いまのところ1年に1篇という遅筆ではあるが、最終目標としては1000篇の物語の執筆を目指している。しかしこのペースでは1000年もかかるかも知れない。この夢想は大空を漂う雲が見たり考えたりしたという設定で、私が体験したことや想像したことなど人生のさまざまな風景を自由自在に夢想風に綴っているものだが、創作したそれぞれの物語の現場にはほとんどの場合立ち会っている。


みなさん、雲の語った物語に耳を傾けてごらんなさい。
大空を流れる雲は、まぶしい光とさわやかな風を友としながら、人間たちをいつもはるかに見下ろしています。雲はなんでも見ています。そしてなんでも知っています。あるときは、人間のまだ行ったことのないはるか宇宙のかなたアンドロメダ星雲のなかにポッカリとのどかに浮かんでいるかと思えば、またあるときは、わたしたちの悩み苦しむ心の中に浮雲のように漂っていることもあります。雲には時間も国境もありません。ただ大空をどこゆくともなく流れ流れて、あるときはインドのガンジス川の菩提樹の岸辺に浮かび、またあるときは中国の万里の長城の空の上を秋風に吹かれて遊んでいます。地中海の孤島セント・ヘレナに流されたフランスのナポレオンが、彼の人生を考えながら雲を見上げたこともあれば、八方塞の小さな暗い牢獄の中で、「ああ」と、一人のギリシャの哲学者がため息をもらし、雲の流れに彼の人生を託したこともあります。ヒマラヤの山麓にすんでいる少女が、家の貧しさを悩みながらも夕焼け空が美しく変幻するのをいつまでも見つめていたこともあります。雲はいつも私たちの心の中に浮かんでいるのです。
ある晩、私は晴れ上がった星空を振り仰いでいました。すると西の空でひときわ大きく輝いていた星が、目のさめるような輝きを私に送って言いました。「自然の意志に耳を傾けなさい。自然がすべてです。あなたたちは、この世では人間がすべてだと思っておいででしょうが、宇宙では人間はとても小さな存在です。例えば、大空に浮かんでいる雲が語る物語に耳を傾けてごらんなさい。雲は人間のすることをいつもじっと見つめていますからね」それ以来、私は大空に浮かぶ雲に尋ねて、毎日毎日たくさんの喜怒哀楽の物語を聞きました。それは人間の遠い過去や遠い未来、広大な宇宙や限りなく変化する人生や世界―でもそれは雲が語ったうちのほんの断片にしかすぎません。なぜって雲の語りは、余りにもゆっくりとしており、あるときは流れ、あるときは途切れ、絶え間なく永遠に向って流れていく夢想が紡ぎだす時間の大河のようでしたから・・・・。


一本の木

雲はあるときカラコルム山脈をはるかに越えて、パキスタンの大平原に広がるパンジャブ地方の上空を流れていました。すると一軒の豪華な家の広い庭で恰幅(かっぷく)のいい主人と一人の年老いた庭師が大きな声で議論をしているのを耳にしました。広い庭にはハスの葉に似た大きなエレファントイヤーの葉が美しく開いていました。色とりどりのブーゲンビリヤの花は、美しい花びらを風の中に散らせていました。
主人は大変、腹をたてているようでした。
「なんだ、お前の態度は!けしからん!お前は庭師の分際に過ぎないんじゃあないか。俺が雇ってやったから、お前もお前の家族も生きてゆけるというのに。いいか俺は去年から政治家になったんだぞ。だいたい政治家の言葉を素直に聞けないような奴はろくな人間じゃあない!」と大声を出して庭師を叱りました。
「すみません!わかっています。旦那(だんな)さま!私はただの庭師ですが、わたしも人間です。私は庭師の仕事に誇りを持って働いてきましたから、今日は言わせていただきます。」ときっぱりとした口調で答えました。
「庭師の誇りだと!なにを抜かす!そんなものは今までに見たことも聞いたこともないぞ。だいたい誇りというものは、お前みたいな庭師がもつもんじゃあない!国で一番重要な仕事をする俺みたいな政治家が持っているもんだ。いいか、お前は、俺の言ったように門のところに生えているあのバカでかいバニヤンの木を切るんだ。いいから、言われたようにやれ!バカ木を早く切り倒すんだ。」
「・・・いえ、お願いですから、旦那さま、あの木を切らせないで下さい。あのバニヤンの大木は長い間、多くの人々に親しまれてきました。夏には青い葉を茂らせて旅人の日陰を作ったり、雨よけになったり、大きな枝を空に広げてまるで生き物のように人々を楽しませ喜ばせてきました。人間だけでなくたくさんの動物たちも。あの木は1000年以上たっています。私がお仕えしたご主人さまはずいぶん入れ替わられましたが、どなたもこの木を大切にされました。自然と歴史の霊気がこもっているようだとおっしゃって。」
「なにを言ってやがる。庭師の分際で生意気なことを言うな!いいから言われた通りにお前は、すぐにあのバカ木を切るんだ!家全体が暗くなっていかん。俺の新車だっていつもあの木の根にぶつかりそうになる。政治家の家はいつも明るく輝いていなければならんのだ。そうでないとみんなから尊敬もされない。」
 政治家はますます怒り始め、禿げ上がった頭はいらいらしてぶるぶると震えていました。
しかし今日の庭師は、ひるみません。
「旦那さま、私は首を切られるのを覚悟の上で申しているのです。首を切られても私は私、どこかで拾ってもらえますが、いったん切られてしまったバニヤンの大木はもうもとには戻りません。なん百年もかかるのです。お願いです。後生ですから、これまでみんなが大切に育ててきたバニヤンの大木だけは残しておきたいのです。そして次の世代のこどもたちへも伝えてやりたいのです。」
「・・・・なにを抜かす!だいたい俺がこの家の主人なんだから、主人の土地に生えている気にいらない木を切るのは当然だろう!知っているか?この国では、たくさんの土地をもっているものが、一番強い力を持っているんだ。尊敬されるんだ。学校を出ていないお前にはわからんだろう!よくみろ!この国の現状を!政治家にしても政府の役人にしても、有力な人間はみんな広い土地持ちだ。だいたい考えてもみろ。お前なんか、猫の額ほどの土地も持っていないだろう!」
「はい。私は土地はもっておりません。曽祖父の代からずっと小作人として働いてきましたから。でもだれかが言っていました。もともと土地はだれのものでもなかったと・・・それにしてもあなた様のご先祖は、どうやってそんなたくさんの土地を手に入れられたのか?
「おい、お前、やかましい。お前は俺の先祖が手に入れた土地に文句をつける気か?」
「いえ、文句ではありません。私たちはこんなに毎日一生懸命に働いているのに、土地の一坪も持てません。旦那さまは、イギリスからでもお貰いになったのですか?」
「なんという不謹慎なことを、お前は俺に向って言っているんだ。お前は知識というものをまるで知らん奴だ。無理もない。無理もない。学校に行ったことがないからな。いいか、言葉というものはもっと慎重に使うものだ。この馬鹿!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・たくさんの土地を持つというのは実は大変世話がかかることなんだ。庭師の分際にわかってたまるか。たくさんの土地を手に入れたら、これをどうやって管理するか、どうやって減らさないようにしていくか、土地はすべての富を作り出すからな。パキスタンの大地主はいつも大変な苦労をしている。」
「どんな苦労ですか?」
「いいか、俺たち地主は、代々親戚(しんせき)一同で親戚の中に、中央や地方の政治家や役人や銀行家たちをたくさん製造するんだよ。そして我らに有利になる法律を作っては、財産を盗られないように日夜守っているんだ。邪魔をする奴がいれば、消えてもらうしかない。そうやってこの土地を代々守ってきたのだ。なにしろ土地がすべてだからな。」
「はい。それはよくわかります。みんなよく知っていることです。」
「・・・・それにこの土地に住む者は文字の読み書きなんてだれもできやしない。知識なんて彼らには必要ないんだ。文字の読み書きができるようになると、ああだこうだと抜かして、いろいろなことを並べて反抗しゃがるからな。人間は、本や新聞などが読めないほうが率直で言いのだ。小作人には文字は必要ない。」
「そうですか!だからあなた様の広大な土地の村々には、学校もないんですね?」
「そのとおり、学校を建てるとしてもいい敷地はやれない。だれも通えないような淋しい場所に学校を建てるに限る」
「それは、つまり子どもたちが学校へ通えなくなるから?」
「そのとおり、いいか、お前はつべこべいわずにさっさと木を切れ。」
「いえ、私は切りません。あなたのような政治家が、この社会で威張っている限り、どうしてもこの大木は切れません。ますますこの国が希望を失くしていくからです。もしもどうしてもというのならば、私を最初に切ってください。」
庭師はそういうと、持っていた大きな鋸(のこぎり)を主人に手渡しました。

雲はいいました。
「それから・・・その庭師がどうなったのか、よくわかりません。二度と彼の姿を見ることはありませんでした。しかしあの大きなバニヤンの木はそのままで残っていました」
そして雲は続けて言いました。
「でも今日の私はとても悲しいのです。5年前にはあの大きなバニヤンの大木は、相変わらずマルガラ山の麓で青々とした葉を茂らせていましたが、2005年に入るとあの木の影も形も見えなくなってしまいましたから。・・・いったいどういうことが起きたのか・・・・とても心配です」

と雲はそう言うといかにも淋しそうに、古代遺跡で有名なタキシラの方へとゆっくりと流れ去っていったのでした。















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