”いじめ”と言葉について

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子どもはたった一言で容易に傷つく。それは大人も同様かもしれないが、特に子どもの場合は、人生経験が少ないだけに言葉による損傷は大変甚大である。現在の子どもは、いかにも平気な顔をしているように見えるが、実は満身創痍。体には、無数の大人の汚い言葉、恐ろしい友人の言葉、人をがっかりさせるような両親の言葉などが、まるで鉄砲の弾や矢のようにつき刺さっている。そして子どもはとくに自分がどのように他人に見られているか、どのように他人によって表現されているか非常に気にしている存在である。もし自分の欠点や問題点をネットに書き込まれ勝手に流布されたり、肉体的精神的に侮辱されたときには、子どもの思考や精神はだれであっても崩壊の危機に直面する。大人だって、多くの場合精神的な危機に追い込まれることもあるが、特に子どもの場合、敏感な感覚が異常に損傷する。そして生涯にわたって心の深層に痛みを形成する。人間はだれだって、いつも自分のことを考えているが、子どもほど、いつも自分自身のことを一生懸命に考えている存在はいない。しかし大人はまるでガリバーのように、社会的な多くの縄で縛られている。

言葉は、平気で人を殺すときもあるが、たくましく人を蘇らせることもある。言葉を生かすとは、現代のような情報化時代に、もっとも大切なコミュニケーションだ。だがどのようにしたら、言葉で人を生かすことができるか? それはただ誉めることではない。ただ激励することでもない。

子どもの対しての生きた言葉とは、それはあたかも植物を育てるように”太陽と土と肥料と水”のような役割と機能を果たす言葉が必要ではないかと思う。ただ暖かい言葉や激励ではなく、生き物にとって多様性をもち、必要性に応じて子どもの存在を、最も生かす言葉がいい。それは、子どもが最も困っているとき、最も危機に瀕したとき時になどに発せられる言葉こそ、子どもには心に身にしみる言葉。それは例えて言えば、成長していく植物のケアをすることに似ている。太陽の光のように、土のように、肥料のように、水のように、剪定(せんてい)するように、病害虫がついたときにかけるような言葉がいい。

子どもはたった一言で傷つくが、しかしたった一言でその傷を癒すことはできない。多様で持続的なケアーがないと”植物”のように枯れてしまう。子どもの成長には決して油断しないことだ。






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