期待できない国連安保理の緊急理事会!ミャンマー軍事政権は、必ず血の大弾圧を開始する!

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ミャンマー情勢に対して、国連安保理は緊急理事会を開催せよ!
ミャンマーの軍人は、軍事力をもって、自らの権力や存在を誇示して、大弾圧を始めるだろう!!多くの人々が犠牲とならない前に、
国連安保理は緊急に各国と行動しなければならない!!

数日前、上記の文章を書いたが、事態は急迫している。安保理がフランスの議長の招請で開催されたが、アメリカが提出したミャンマー軍政の武力弾圧に対する非難決議は、中国などが反対したという。おそらくロシアも反対したのであろう。これらのの国々は、ミャンマーの軍事政権を背後より支援しており、中国はミャンマーの天然ガスなど莫大なエネルギー資源や経済利権を狙っており、ロシアは最近、原子力発電所の設置に大きく動いている。ミャンマー軍政はこうした動きを見透かしている。

新聞によると”ミャンマーに対する独自制裁を発表している米国などは、軍事政権を非難する文言を盛り込んだ安保理声明を出すよう主張したが、中国などの反対で見送られた。 安保理筋によると、フランス大使が読み上げた声明は、安保理の対応としては最も重みに欠ける「報道向け声明」より、さらに非公式な扱い”だという。つまりこれらの民族を切り捨てるのである。


・・・・・・・・・ミャンマーの軍政府は、これまで民主化を恐れて、全国各地に警察網を張り巡らし、恐怖支配を行ってきた。1988年には、学生と僧侶と公務員が主役になって民衆化を進めた。そこで軍政は、彼らの台頭を恐れて、大学はヤンゴンの中心部から郊外に移転させ、公務員はヤンゴンから300キロも離れたピンマナ(ネピドー)の新首都に追いやった。こうした隔離策のなかでも最後の人間の砦が僧侶であった。

パコクで始まった僧侶の抗議デモに軍政は、僧侶に縄を投げて捕縛し滅多打ちにしたりした。こうした軍政に怒って、一気に膨れ上がった反政府デモは、わずか1週間にして千人の規模から十万人に膨れ上がっており、これを押さえることはまず不可能になった。国民の大多数が持っていた反軍感情が爆発したのだ。これがミャンマー民衆の怒りなのだ。民主化の実現は秒読みになってきたが、問題は続く・・・・なぜなら銃剣を唯一の頼りにする軍事政権だからだ。

ミャンマーの軍政は、これから必ず軍隊を真正面に置き、秘密警察をフル動員して大弾圧に乗り出してくるだろう。中国政府の秘密裏の助けを借りながら(中国は表面的には、平和や寛容を促すように勧めているが、本音は天安門事件のように、ミャンマーが人権弾圧を繰り返しても黙認するであろう。暗黙の了解になっているわけだ。今月の中旬、ミャンマーの軍政は、ニャン・ウィン外相を北京に派遣して一連のことを協議している。オリンピックを控えている中国は、軍政に下手な協力はできない。しかしミャンマーの最強硬派の軍部は平和策を頑として承諾しないであろう。)・・・・つまりこれから必ずや血の弾圧を始めていくのだ。強硬になればなるほど権力の掌握が容易だと思われているからだ。

ミャンマーの軍人の頭には柔軟性は存在しない。世界の民主化の状況も全く理解していないから、武器の使用は躊躇しないであろう。彼らはなんどでも同じことを繰り返す。ラングーン大学でかって行ったように、殺人のための特別部隊を組織して弾圧するのだ。彼らの頭は1988年の血の弾圧のときから全く変化していない。国際派で穏健派として知られていたキン・ニュン首相が失脚したときも同じように強硬派によって行われた。彼は現在、刑務所で薬物投下によって植物人間になっていると噂されている。

しかし、ミャンマーの民衆の頭の中は完全に変わってきた。この十数年でミャンマーの人々の体質が完全に変化したのだ。市民は今日、実に多くの知識や情報を得ている。そして基本的にアウンサン・スーチーさんの持続的な闘いが、ミャンマーの人々の内面を作り出してきたのだ。僧侶たちは、無言ではあっても、彼女の苦闘を感じ続けてきていたのだ。

おそらく今回もおびただしい血が流れるであろうが、しかしこの流れは、民主化が成功するまで変わらない。私が怖れるのは、アウンサン・スーチーさんが混乱に乗じて、これらの軍部の武装勢力によって拉致されてしまうことだ。一刻も早く救出しなければならない!ネピドーの軍人の幹部たちはなにをするかわからない。権力と財力を保持するために!!!
 デモ隊の中に、警察要員を剃髪させ多数忍び込ませ、かれらが展開する暴力によって、軍隊の弾圧を引き出す作戦などを、現在、周到に考え出していることであろうし、若い僧侶たちを闇にまぎれては多数捕縛していることなどは容易に想像できる。軍政の汚さややり方は、ミャンマー市民は体の髄まで知り抜いている。しかし、今回いかなる代償を払ってでも、この運動が前に進み、必ずや民主化が実を結んでいくことは、歴史が証明するところである。

銃口の前で、今、ミャンマーの”仏教”と”人間”が試されている。
http://www.burmainfo.org/religion/abymu200709.html

彼らを助けるためには、9月25日から始まる国連総会において、全世界がミャンマー軍政へ強い圧力をかけることはもちろんだが、ASEAN各国も緊急に共同で軍政に経済と政治の影響力を行使することが必要である。ミャンマーがなによりも恐れているのは、ASEAN諸国からの孤立であるから。「そしてなによりもこれに対して、重要なのは、日本がミャンマーの軍政に対して、特に大きな権益を有している関係諸国(特に中国とインド)に働きかけ、絶対に軍政が血の弾圧を絶対に行わないように働きかけることが急務である。しかし軍政は聞く耳を持たないであろう。そしてゆくところまでいくのだ。しかしなにがあれ、ミャンマーの軍政は土壇場にいる。そして必ず変革されていく。

このような切実な状況の中で、毎日新聞のアジア総局の藤田悟氏が書いている。
「国際社会のばらばらな対応を調整する役割が必要とされている。その役割に最も適した立場にいるのが日本ではないか。歴史的関係や政府開発援助(ODA)などを通じて軍事政権とのパイプを持つ一方、民主化勢力からも一定の信用を得ている。中国の進境で相対的地位は低下したとはいえ、日本がアジアで最も安定した民主国家であることに変わりはない。この危機的状況に際し、積極外交に乗り出して国際社会の調整役を務め、最悪事態の回避にできる限りの努力をする国際的責務が日本にはあるのではないか。88年の悲劇が繰り返されることがあってはならないのだ。スーチーさんの涙。その重さを我々はしっかりと受け止め、その意味を自らの胸に問い直さなければならない。」と。

つまり日本の人権外交が問われている。しかし日本政府はなにもやらない。他の国々に対する人権感覚やビジョンというものが全くないからだ。それは中国や韓国との歴史問題の軋轢の中での人権意識を見てもわかるように・・・人権がなぜ重要なのか、こうした空気や状況が読めない官僚や政治家によって政府が構成されているから、むなしいことだ。日本政府に期待できるものはなにもない。

こうした日本政府を変革していかない限り日本にも未来はない。

国連安保理は緊急に行動を開始せよ!!!



(TA)9月25日




(読売新聞ー9月26日)

デモに発砲、僧侶3人死亡・200人拘束…ミャンマー軍政

ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダに向かう途中、警官隊に制止され、抗議の座り込みをする僧侶=ロイター 【バンコク=田原徳容】ミャンマー軍事政権は26日、最大都市ヤンゴンで反政府デモを続ける僧侶や市民に対する初の武力行使に踏み切り、僧侶ら約200人を拘束した。

 ミャンマーの病院関係者によると、僧侶3人が発砲で死亡、80人以上が負傷した。死亡者は5人との情報もある。燃料費の大幅値上げに端を発し、僧侶や市民を巻き込んだ形で大規模化した今回のデモは、軍政の武力弾圧を招く事態となり、同国情勢は重大な局面を迎えた。在ヤンゴンの消息筋によると、大仏塔シュエダゴン・パゴダ前で、治安部隊と警察がデモを始めようとした僧侶と市民ら約700人を棒で殴り、銃弾を受けた僧侶3人が亡くなったという。デモ隊側も投石などで応戦したが、治安部隊は僧侶らを拘束して部隊車両数台で連行、仏塔も封鎖した。別の仏塔前では10発の威嚇発砲があった。

 拘束を逃れた僧侶と市民らはデモを続け、2万~3万人規模に拡大。小規模集会を開くなどして抵抗を続けた。軍政側は25日、ヤンゴンと第2の都市マンダレーに夜間外出禁止令を発令しており、デモは26日夜、いったん終了した。デモの拠点となった仏塔や僧院などは治安部隊にほぼ制圧された状態だが、僧侶らは27日以降もデモを行う構えで、デモ隊側と軍政側とが再び衝突する懸念が強まっている。

 一方、軍事政権は26日の国営放送で、武力行使の理由について、「デモ隊が治安部隊のバイクを奪い放火したため、威嚇発砲などで対処した」と説明した。軍政の武力行使に先立ち、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん(62)が刑務所に移送されたとの情報が流れたが、消息筋は「デモとの接触を避けるため、一時的に別の場所に移動させたようだ」としている。デモは、5日の僧侶に対する軍政の暴行をきっかけに活発化し、22日のスー・チーさんとの対面を機に軍政打倒を主張するなどエスカレート。24日にはヤンゴンで10万人規模に拡大、軍政の警告を無視する形でデモが続けられていた。

 日本の外務省によると、ミャンマー国内の在留邦人は615人で、在ミャンマー日本大使館は、デモが行われている場所に近づかないよう呼びかけている。

(2007年9月27日1時50分 読売新聞)



(9月26日ー毎日新聞)
記者の目:
緊迫するミャンマー情勢
藤田悟(アジア総局)

 ミャンマー情勢が緊迫している。民主化勢力を弾圧し国民生活を困窮に追い込んでいる軍事政権に対し、国民の倫理的支柱である僧侶たちが抗議に立ち上がった。これに対し、軍事政権は武力行使をちらつかせる。民主化要求デモへの軍の無差別発砲で1000人以上の死者を出した88年の流血事件が繰り返されかねない事態だ。

 軍事政権は外国メディアが嫌いだ。取材ビザを申請しても許可されることはごくまれでしかない。国民がいかに抑圧され苦しんでいるか、取材され報道されることがいやだからだ。それでも、自分たちに都合の良い機会には快くビザを発給することがある。政権が策定作業を進める新憲法について審議する「御用会議」の国民会議開催や、国軍記念パレードの時などである。

 昨年10月、その国民会議の再開式があり、私も他の外国人記者とともに取材に行くことができた。約9年ぶりのヤンゴン入りだったが、驚いたのは街がほとんど発展していないことだった。道路を走る車は以前にも増してボロボロだし、かつては目立たなかった物ごいの数も増えた。私が住むタイの首都バンコクが日々発展を遂げて巨大都市に成長していくのとは対照的で、タイムマシンに乗せられているような気さえした。

 ヤンゴンに住む知人は「物価上昇で庶民の生活はますます苦しくなっている」と嘆き、「走っている車を見れば分かる。新車に乗っているのは軍事政権幹部だけだ」と顔をしかめた。どうして国民は立ち上がらないのかと私が問うと、彼は「国民の頭にはまだ88年の恐怖がしみついている」と悲しげに言った。軍事政権は国内に監視網を張り巡らせ、反政府的な言動を見せた活動家らを長期投獄して、見せしめとしている。国民の恐怖心を強権支配の手段として最大限に使っているのだ。それでも今回、軍事クーデター以来19年間の圧政に耐えかねた国民が立ち上がった。国民倫理を実践する仏教の僧侶たちが数万人規模で先頭に立った。

 僧侶たちのデモ隊が22日、自宅軟禁の続く民主化運動指導者アウンサンスーチーさんの自宅前を通り、この時、スーチーさんが約4年ぶりに市民の前に姿を見せた。目撃者の話では、僧侶たちに向かって合掌したスーチーさんは涙を流していたという。

 かつてマニラに赴任中、私は数回、ヤンゴンを取材で訪れ、スーチーさんに単独インタビューする機会があった。彼女が部屋に入って来ると、室内の空気がピーンと張りつめる。圧倒されるような気丈さと清廉さを併せ持つ人だという印象が強く残っている。人前ではめったに涙を見せることのない彼女が泣いたことに、私は胸を打たれた。軍事政権は、国民の間で絶大な人気があるスーチーさんの軟禁を続け、その影響力をそぐ戦略を続けている。拘束・軟禁の期間は通算12年に及び、スーチーさんは外部との接触をほぼ完全に断たれている。孤独の中で、いつの日にか訪れるであろう祖国の民主化を願って日々の生活を送っている彼女が、軍事政権の圧政に対して立ち上がった僧侶たちの姿を目の当たりにして、思わず涙がこぼれ出たのだろう。

 ミャンマーを取り巻く国際情勢は、決して「一枚岩」ではない。欧米諸国は、軍事政権の人権抑圧を批判して経済制裁を科し、声高に民主化を要求する。一方、アジアでの影響力強化を目指す中国は、ミャンマーへの経済援助を活発化させ、軍事政権の後ろ盾的存在となっている。ミャンマーを一員として抱える東南アジア諸国連合(ASEAN)は、民主化圧力をかければさらに中国に接近してしまうだろうと、関与には及び腰だ。こうした国際社会の対応のばらつきが、これまでミャンマー軍事政権の圧政を許してきた大きな要因としてある。

 国際社会のばらばらな対応を調整する役割が必要とされている。その役割に最も適した立場にいるのが日本ではないか。歴史的関係や政府開発援助(ODA)などを通じて軍事政権とのパイプを持つ一方、民主化勢力からも一定の信用を得ている。中国の進境で相対的地位は低下したとはいえ、日本がアジアで最も安定した民主国家であることに変わりはない。この危機的状況に際し、積極外交に乗り出して国際社会の調整役を務め、最悪事態の回避にできる限りの努力をする国際的責務が日本にはあるのではないか。88年の悲劇が繰り返されることがあってはならないのだ。スーチーさんの涙。その重さを我々はしっかりと受け止め、その意味を自らの胸に問い直さなければならない。

毎日新聞 2007年9月26日 0時07分












2007年9月25日(毎日新聞)

ミャンマー:軍事政権、実力でデモを封じ込める方針
 【バンコク藤田悟】ミャンマーで拡大する僧侶らの反軍事政権デモに対して軍事政権は25日夜、ヤンゴン中心部に治安部隊を配備し、26日からのデモ再発を阻止する構えを見せている。軍事政権は僧侶らの対話要求には応じずに、実力でデモを封じ込める方針とみられ、ミャンマー情勢は極めて危険な局面を迎えた。

 軍事政権がデモを24日まで黙認してきたのは、今月5日に中部パコックで起きた僧侶暴行事件の記憶があるからだ。燃料費高騰に抗議する僧侶のデモがパコックであった際、現場の治安当局者が威嚇発砲したうえ僧侶に暴行を働き、僧侶たちの怒りを買ってデモの拡大につながった経緯がある。

 このため、軍事政権は18日からのデモに対しては強硬措置を手控え、事態の沈静化を待とうとした。しかし、こうした姿勢が逆に多数の市民のデモ参加を招き、デモは10万人規模に膨らんだ。軍事政権はこれ以上放置すると収拾が困難になると判断した模様だ。しかし、長年の圧政に反発する僧侶や市民たちが勢いづき、デモ隊が掲げる要求は当初の「生活改善」から、「民主化」「対話」などへと政治色を強めている。

 88年に全国規模の民主化要求デモ・ゼネストが発生した際、当時の最高権力者ネウィン将軍は「今後、国軍は(デモ隊に)命中するように撃つ」と警告した。国軍はデモ隊への無差別発砲に踏み切り、1000人以上の死者が出たとされる。ミャンマー国軍は今も東部の反政府武装勢力「カレン民族同盟」(KNU)など少数民族組織と戦闘状態にあり、命令があれば銃を撃つことをためらわない集団だ。そうした軍人によって構成される軍事政権は「権力維持のためなら一般市民の命を奪うことをいとわない」(ミャンマー人活動家)と言われる。

 最高権力者であるタンシュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長が民主化勢力との対話に応じたのは02年が最後で、03年5月に民主化運動指導者のアウンサンスーチーさんを拘束して以降は、民主化勢力を完全に封じ込める強硬姿勢を取り続けている。軍事政権は治安部隊の動員によって26日のデモを封じ、それでもデモが沈静化しない場合は武力鎮圧に踏み切る可能性が強いとみられ、事態は一段と緊迫の度を増している。

 【ことば】ミャンマーの民主化運動 88年9月、軍がクーデターで全権を掌握し、民主化デモを鎮圧。この際1000人以上の死者が出たと言われる。軍事政権は民主化運動指導者のアウンサンスーチーさんを自宅軟禁下に置き、96年の学生デモでは大学を封鎖した。今月、「民政移管」に向けた新憲法の基本原則を審議する国民会議を終了させたが、スーチーさんが正副大統領に就任する可能性を事実上、排除するなど軍主導姿勢に変化はない。今回のデモは軍事政権発足後、最大規模。

毎日新聞 2007年9月25日 19時10分 (最終更新時間 9月25日 21時25分)






http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/7009825.stm

I joined the monks this morning in Rangoon. I am sure same things are happening in my hometown, Mandalay. It was very exciting and it felt pretty good walking with them. There were many civilians too and even some foreigners. Where are we going now? I am still worried that the government will do some nasty tricks sooner or later. We have to be patient, united and brave now or else we will lose one more time and it can cost lots of lives. I am in this revolution now and I hope many young and old will join this nation-wide movement. One more thing is that we need international attention and pressure but we can not depend on them. We have to be ourselves and we have to try our best for ourselves. Soe, Mandalay, Burma I saw the scene from above a shopping centre in Rangoon. The amount of people was not less than 10,000. The length of the march was nearly half a mile! They were walking in peace hoping that the people in Myanmar will get their wishes fulfilled. There were two human barriers to protect the monks and nuns on each side of the road. People were walking together with the monks locking their hands like a chain. It is the strongest chain on this earth made up of human hearts. I was really pleased to see that people are there to protect the monks and nuns. Phyu, Rangoon I have my whole family in burma and I am calling them every day. They told me that everyone who could afford it is buying rice, oil and condiments to store at home. My cousins and sisters are not attending school. Everybody is living in fear. Dee, Boston, US I witnessed the big protests in Rangoon today. I am really sorry for our country and our people because we are under the control of the wicked junta. We haven't got arms, we wish for peace, a better future and democracy. We are hoping that the UN security council will put a pressure on the junta. Kyi Kyi, Rangoon I saw about 40,000 to 50,000 people, including monks, nuns and ordinary people, marching along Prome road. That was at around 3:30pm. The protests will grow bigger day by day and I hope that they are not going to start killing people. We need help to save our people. Mr Tun, Rangoon It is astounding to see such a great mass of people on both sides of the roads, some clapping and some crying, but all demonstrating their support for the monks and those chanting prayers. It's for sure that all these people showing their support are willing to be part of the mass protest. They do not trust the government though and think that they could be crushed, just like it happened in 1988. But if we are just bystanders, today's rare and momentous events might not lead to the fall of the regime. Kyaw, Rangoon I am not sure where these protests are going to lead to, but I am sure that it's not at all a good sign. Many people are expecting that there will be a great change coming soon. I am not sure if the monks will be joined by students, workers, or even soldiers. We are very insecure because we don't know what the government is planning to do. There are some news in the government - controlled newspapers that the monks are trying to agitate the public. This can be a big excuse for them to start attacking the monks. I really want some changes in Burma but I am not sure where the change is going to lead us to. I hope there won't be any blood-bath this time like there was in 1988. Soe Soe, Mandalay We need a little reason to combine all opposition resources into one mass movement. This reason must be a political issue. The current situation can lead to a civil war because hardline junta still holds the power and the opposition might use this opportunity to form an armed struggle. After 1988, many activists, including students, ran to the border and took up the arms against the government. This time we want things to change peacefully, not through a civil war. But if there's no way to avoid the arms struggle, the people will choose it and the conditions in our poor country may become worse. The international pressure, including from China and Russia, is very important for the future of Burma at this moment. Mg Khar, Rangoon One of the monks who took part in the protests came to us and told us about his experiences. He said: "We are not afraid, we haven't committed a crime, we just say prayers and take part in the protests. We haven't accepted money from onlookers although they offered us a lot. We just accept water. People clapped, smiled and cheered us." The monk seemed very happy, excited and proud. But I'm worried for them. They care for us and we pray for them not to get harmed. Mya, Rangoon


ミャンマー:民衆デモ拡大 軍事政権の「裏切り」に怒り
(毎日新聞)
 【バンコク藤田悟】ミャンマーでの反軍事政権デモが急激に拡大した背景には、アウンサンスーチー書記長率いる最大野党「国民民主連盟」(NLD)が圧勝した90年の総選挙結果を軍事政権が無視し、権力の座に居座り続けて国民を抑圧してきたことへの怒りが根底にある。軍事政権幹部は急激な反政府運動の高揚に動揺し、対応を打ち出しあぐねている模様だ。

 最大都市ヤンゴンでのデモには、これまで様子を見ていた多くの市民たちも続々と参加し、88年の民主化要求デモ以来前例のない10万人規模となった。軍事政権側が直接介入に出ないことが市民らの結集を招いた。急速にデモ参加者が拡大した最大の理由としては、積年にわたって国民が抱いてきた軍事政権への嫌悪感がある。

 88年3月の学生デモを機に全国に広がったゼネストに対し、国軍は9月、クーデターを決行して全権を掌握。デモ隊への無差別発砲で1000人以上の死者が出た。軍事政権は総選挙実施を公約し、90年5月の選挙ではNLDが8割以上の議席を得て圧勝した。だが、軍事政権は「新憲法制定が政権移譲の前提」として選挙結果を拒否した。軍事政権は93年1月に、新憲法の原則を審議するための国民会議を設置したが、たびたび長期休会を繰り返し、会議がようやく終了したのが今月3日だった。

 一連のデモは、国民会議終了と前後するように起きた。軍の権力維持を担保した条項がちりばめられた新憲法の制定手続きに、国民の多くが期待をしていないことが示されている。
一方、国営メディアは今回のデモを一切報じておらず、軍事政権は表面的には平静を装っている。しかし、事態の急展開に何の対応も打ち出せないことが、政権側の動揺をうかがわせる。
 軍事政権は昨年3月にヤンゴンから中部ネピドーに首都を移転したが、その理由は今回のような事態発生を警戒してのことだ。ヤンゴンで混乱を招いても、治安を確保しやすい山間部に首都を移しておけば、権力維持は可能だとの考えだ。最高権力者のタンシュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長ら政権幹部は、ネピドーで事態を注視しながら対応策を検討しているとみられる。


(読売新聞)9月25日

ミャンマー僧侶デモ10万人に、軍政が「強硬措置」警告

ヤンゴンで24日、市民とともにデモ行進する僧侶たち=ロイター 【バンコク=田原徳容】ミャンマーの僧侶による反政府デモは24日、最大都市ヤンゴンで10万人以上が参加し、1988年の民主化要求運動以来最大の規模となった。一方、軍事政権は、同日夜の国営放送で、デモを先導する僧侶に対し強硬措置で臨むことを初めて明らかにし、これ以上のデモ拡大を容認しない姿勢を示した。今後、軍政による僧侶の拘束も予想され、情勢は一層の緊迫局面を迎えた。

 在ヤンゴン消息筋によると、トゥラ・ミン・マウン宗教相が24日、同国仏教界で最も権威のある高僧らと面会。「抗議デモは高僧の教えに背くもので、矯正されないのであれば(軍政が)法に基づいた措置を取る」と説明し、高僧は了承したという。また、「国民は(犠牲者が出た)88年の再来を望んでいない」とも述べ、現段階では、僧侶に対し直接武力を行使する考えがないことも示したという。同筋によると、ヤンゴンではこの日、僧侶と市民らが、NLD(国民民主連盟)本部事務所前や、88年の民主化運動の舞台となり現在は封鎖されている大学付近などを行進、中心部の幹線道路の交通はマヒ状態に陥った。女優ら国内の著名人も駆けつけ、僧侶に食糧や水を寄付。参加した市民の一部は涙を流しながら民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん(62)の解放を訴えた。

 スー・チーさんが書記長を務めるNLDのメンバーの一部もデモに参加。軍事政権の治安当局はデモに対し直接の鎮圧行動を控え、デモも24日夕には平穏に終了したが、ヤンゴン市内では事態緊迫化を受け、警備態勢が着々と強化されている。軍政は近く、新首都ネピドーで会合を開き、デモへの対策を協議する予定だという。

(2007年9月25日1時40分 読売新聞)
毎日新聞 2007年9月24日 21時04分

ミャンマー:反軍政デモ、10万人規模に拡大

24日、ミャンマーの最大都市ヤンゴンでデモ行進する僧侶たち=ロイター 【バンコク藤田悟】ミャンマーの最大都市ヤンゴンで続く反軍事政権デモは24日、AP通信などによると、10万人規模に膨れ上がった。デモは1週間連続で、急激に参加人数が増えている。軍事政権側が対話に応じるなどの対応を取らなければ、事態収拾は不可能な状況になってきた。

デモにはアウンサンスーチー書記長率いる最大野党「国民民主連盟」(NLD)の幹部らも加わり、僧侶と民主化勢力が連携する形となった。「政治犯の釈放を」などとのプラカードを持つ者もいたが、僧侶らは平和的な行進を呼びかけ、夕方には混乱なく終わった。ただ、同日は中部マンダレーや西部シットウェなどでも1万人以上参加のデモがあり、主要都市に拡大しつつある。
 軍事政権側はヤンゴンのスーチーさん宅周辺などの警備を固めるにとどめた。だが、死者1000人以上を出した88年の民主化要求デモと同様、武力鎮圧に乗り出すのではとの観測も出始め、緊張が高まっている。





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