中国での絵地図分析ワークショップで、子どもたちが熱心に参加した理由?!

  中国でのワークショップで、なぜ子どもたちが活発に大人に向けて発言したのか?それは大人が絵地図という同じ真剣な行為を子どもと一緒にやったからではないか。このワークショップは、従来の参加方式のワークショップと全く違って、評価はしない。そしてそこには子どもたちが、自由に自分の人生や世界を表現する。子どもたちは、1枚の絵の中にすべて自分の気持ちを描き入れようとする。だから1枚の絵を見ながら、まるで物語の曼荼羅のように語り始めたのである。

2009年、中国の南京師範大学で、幼稚園から一般の主婦までを対象とした絵地図ワークショップを開催した。出来上がった絵地図をまず幼稚園の園児たちが、みんなの前で説明し始めた。それはそれぞれのグループで自由に描きあげたもので、天衣無縫ともいうべき線、色、構図であった。おもしろい!私は絵地図の対象者は、10歳以上を考えていたが、津田櫓冬さんの指摘もあって学校教育の鋳型に入る前の園児たちの心理を自由に知りたいこともあって、園児を対象に表現活動をやってもらったのは、的中した。つまり一人っ子政策の中で、中国の子どもたちは自由な世界を生きており、余りにも大事に育てられている。そして問題も出ているのではあろうが・・・・。

もちろん南京師範大学付属の幼稚園だから、優秀な子どもたちが多いのだろうが、実に彼らは、くったくなく、自分の興味や中国の将来などについても思い切り表現するのであった。これら園児の説明が終わったあとに、今度は大人たち(主に園児につきそってやってきた母親たちー30代が主流)のグループと南京師範大学の大学院の学生プループたちも、みずから作った絵地図を発表し始めた。

すると、園児たちがすぐに挙手をして大人に質問するのであった。大人たちの絵地図はさまざまな社会問題も描き出していた。中国における就職活動が難しいこと、男女の差別が厳然として存在すること、一人っ子で育てられた学生たちは、親からの期待を一身に背負っているので重圧がすごいことなどなど文章と絵とデザインで描きだした絵地図について、園児はそれぞれなんの遠慮もなく鋭い質問を投げかけるのであった。質問をするように依頼されているようには思えない。感じるままに考えるままに自由に発言していく。

例えば、女子学生が就職における男女差別について話をすれば、ある園児が「この国では、差別をしてはいけないっていっているのに、どうして?」というような厳しい質問である。そうした質問が出るたびに、会場では苦笑が起きると同時に、発表者はいかにも困惑した。つまり園児たちは、まるで小さな紅衛兵のように鋭い質問を容赦なく投げつけるのであった。私はこれをみて、ここまで自己表現や自己主張する子どもたちとは、実は全体的に熾烈な競争の中に置かれているのではないかと痛感した。これは就職活動だけではなく、これはすべての分野での生き方に通じるのではと思った。韓国よりもさらに激しい自己主張がある。中国とは、自己主張や自己表現をしないと生きていけない熾烈な世界で、これがいい意味で展開する場合には社会の発展をうながすが、極端な競争世界となって表われるときにはある意味では表面的なかたちの追求が優先されていくような気もする。

数年前、日本の小学校で行った絵地図ワークショップでは、みんなそれぞれ生き生きした絵地図を作っていた。特に6年生の女の子はまるで花が咲いたように夢や希望を、色とりどりの模様でお店やさんなどを楽しく描いていた。花や島などはカラフルな色で飾られた。しかしA君は、25名のクラスの中でひとりだけ反抗していた。彼は「俺はなにもしないよ」と言った。そしてワークショップで楽しんでいる他の生徒にいろいろなものを投げつけては邪魔をしていた。その日のテーマは:私の人生マップーそれぞれの人生について、自由に夢でも希望でも、あるいはそれを阻害する問題でも描き出して、それぞれが人生設計をすることであった。 

私はA君に言った。「やりたくなかったらやらなくてもいいからね。でも見てごらん。他の者は、それぞれ一生懸命に自分の人生を考えているでしょう。A君も人生を考えることはあるのかな!なんでもいいから思いつくことを表現してごらん」と言った。すると3時間目から猛烈な勢いでA君は自分の人生マップを書き始めた。そして出来上がった絵地図には、まず「学校を破壊したい!両親の夫婦喧嘩を見たい!担任の教師を追放したい!この世は金!世界征服が夢」などと書き綴った絵地図を完成させた。そしてA君はその絵地図を持って帰って、台所に張ったという。両親に見せようと思っていたのだ。

その全体のデザインをみると彼の現在の学校や家庭での内面がすべて滲み出ているような色調であった。これを見て私は日本の学校や家庭の中で追い込まれているA君や、それをとりまく切実な環境を痛感した。こうした状況に、現場の教師たちはどのように対応しようとしているのだろうか? 実はこれはA君の叫びなのだ。よくよくの思いがあって表現したのだ。これは相当に追い詰められた子どもの心理をよく表している。

また中学1年生の絵地図を行ったときは、120名以上の大世帯だったが、一人だけ行き止まりの路線図で、自分の人生や生活を表現している子どもがいた。学校でみんなから差別をうけている様子が描かれており、担任の教師から聞いたところ、その生徒は、両親がアジア人と国際結婚をしておられるようで、日本語の表現力をよくクラスでからかわれているらしことがわかった。「ぼくの背後で、僕の日本語を笑っている声が聞こえてくる」と。彼はこういう表現で、行き止まりの人生路線図を描いたのだ。その子はやがて、転校していったと聞いた。彼の気持ちをきちんと受け止める環境がなかったのだ。日本の小学校では、教師は余りにも忙しすぎて、それぞれの子どもたちへの配慮や指導などはできていないのだ。

私はこうしたワークショップをしながら、子どもたちの叫びを思いきり文章や絵やデザインを通じて、表現活動を考えている。それを完成したとき、子どもたちはさまざまな発見をするに違いない。そこにはフラストレーションの爆発であると同時に創造の芽生えも感じる。たった一枚の絵地図でも見るものによっては、さまざまに解釈できる。自分の絵地図をどのように解釈するか、そこに人間の生き方の姿勢がでてくるからだ。そしてそこから学ぶものは余りにも多い。学校を破壊したいという子どもは、実はあるべき学校像を真剣に探しているとも言えるのだから。

韓国や、中国や、日本などでこうしたワークショップをやってみて、日本の子どもたちの隠された表現力を思い切り吐き出せながら、自由で創造的な人生や世界を構築するために、今後も活動していきたいが、日本の子どもたちの表現力は平均的には、余りにもシンプルでおとなしいのを感じる。しかし中には、鋭い問題提起をしている子どもたちの存在もある。これからの社会は、平均をそこまでも追求するのではなくて、問題提起力や表現力がますます重要になってくるだけに、そうした子どもたちのエンパワーメントをつけるためにも、絵地図分析という総合型の参加ワークショップを内外で強化していきたいと思っている。









 

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