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zoom RSS 尖閣列島(釣魚島)と竹島(独島)の領有問題の解決のための必要な認識とは?

<<   作成日時 : 2012/12/28 11:03   >>

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現在、日中間での最大の懸案である尖閣諸島の領有問題について、1978年10月23日、中国最大の実力者で副首相であったケ小平が日中平和友好条約の批准書交換のため訪日した時、彼は次のように話した。

「・・・・・尖閣諸島を中国では釣魚島と呼ぶ。名前からして違う。確かに尖閣諸島の領有問題については中日間双方に食い違いがある。国交正常化の際、両国はこれに触れないと約束した。今回、平和友好条約交渉でも同じように触れないことで一致した。中国人の知恵からしてこういう方法しか考えられない、というのは、この問題に触れるとはっきり言えなくなる。こういう問題は一時棚上げしても構わない、次の世代は我々より、もっと知恵があるだろう。皆が受け入れられるいい解決方法を見出せるだろう」

こうした意味深な発言も全く考慮せず、いわゆるケ小平後の世代である日本と中国の軽薄な政治家たちが、尖閣列島をめぐって日中間の対立や憎しみを国民にぶっつけて煽っている現状は、なんとも嘆かわしいことである。知恵のない政治家たちによって、かってない不幸や対立感情が作りだされているのだから・・・・・要するに嫌中国の先鋒であった前原前国交相が自分の信念で海保に命じて後先も考えずに中国船長を逮捕させて、あと急きょ釈放を命じたのだが、これが浅はかな日本の政治家の典型であることを如実に示した。もし浅はかでないというなら、衝突した時のビデオを世界に公表したり、船長を釈放せず最後には必ず起訴するのが当然であったが、中国の圧力でそこまでは出来なかった。日本の政治家は、石原慎太郎維新の会の代表のように先が見えないのだ。中国もまた自国の政治力学で、日本に大して植民地主義の一点張りで、力で強硬に対処するしか方法を知らなかった。


日本は、尖閣諸島は日本固有の領土で実効支配してきたと主張しているが、1885年頃は日清戦争で日本が勝利を収めた時期であり、その6年前の1879年には、琉球国を滅ぼして沖縄県を設置している。その当時、尖閣列島は、日本にも台湾にも属しておらず、琉球に属していたと見られる。琉球に属していたことは、これは中国の領有ではない。中国は日本の領有を認めないまでも、日本の占有はまず認めるべきである。海域や空域から艦船などをすべて引き上げるべきである。ましてや新造の空母などをこの海域に派遣すべきではない。しかし日本は、日中の友好関係や経済関係などを考慮して、これらの海洋の共同開発などで積極的な協力関係を推進するのが、日本の正しい道であろう。それが中国人民を納得させ、草葉の陰のケ小平らも安堵させるの道ではないか。日本は中国の面目を考えながら実質的な外交交渉を行うべきである。


また日本が、現在、韓国と係争している竹島(独島)については、これは日韓併合の時期で、日本帝国の侵略的な勃興期であり、植民地として中国や朝鮮半島に拡大していた時期と重なっており、日本が一方的に領有を主張するのはかなり無理があるように思える。つまり植民地であった韓国の人々を絶対に納得させることはできない。日本は1904年に日露戦争に勝利してから、(朝鮮半島を植民地にした1910年という微妙な時期)、1905年に日本帝国が竹島を島根県に組み入れて領有を宣言したのであるから、口も手も縛られた韓国としては、なにも言えず、なにも反発でき状況であったのは確かであろう。ましてや小さな岩礁にすぎない小島の深海を、莫大な海洋資源を持っているとは当時の誰が想像できたであろうか?竹島では韓国の占有を認め、この域の海洋は日韓で共同開発するのが正しい解決ではないか。ましてや島根県に組み入れたのは正しくない。日韓の友情の島としてシンボル化させるべきだ。いずれの場合でも、占有というのは認めても、領有というのは認めるべきではない。そしてそれらの島よりもその海洋や海域の共同開発を行うのが、最も大きな利益を双方にもたらすものと思える。


尖閣列島は、おそらく当時の科学技術では、中国はこうした小島がもつ埋蔵資源の可能性はわからなかったのだろうが、しかしこの海域で 1970年頃にイラクの原油埋蔵量に匹敵する 海洋資源が見つかったことで、日中間で領有問題に火がついたのは明らかである。こうしたデリケートな歴史的背景があるだけに、韓国、中国とも歴史的な国民感情としても日本の領有をすんなり彼らが受け入れる余地はないように思える。


日本がこれにこだわると両国関係は完全に破綻するだろう。それは民族の歴史と主権に関する国民の歴史感情というデリケートな事柄だからである。そして日本はそこでは完全に侵略者であったからだ。こうしたことも十分考慮に入れながらも、日本は平和裏にしかも外交的な話し合いによってこれらの課題を解決するためには、ベトナムやフィりピンや中国も交えての海洋を賢明に共同利用する方法を模索することが最も重要ではないだろうか・・・

そういう意味では、中国最大の実力者であるケ小平は、その当時、領土問題の深刻さを理解しており、これは将来の世代によって、より賢明な知恵によって解決するようにと遺言したのは正しい判断であったが、日本・中国ともに知恵が十分育っていない世代であったことが最大の問題ではなかろうか?






中国、「尖閣は琉球の一部」と認識 50年の外交文書で[PR]

 沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐり中国政府が1950年、「尖閣諸島」という日本名を明記した上で、琉球(沖縄)に含まれるとの認識を示す外交文書を作成していたことが27日分かった。時事通信が文書原文のコピーを入手した。 中国共産党・政府が当時、尖閣諸島を中国の領土と主張せず、「琉球の一部」と認識していたことを示す中国政府の文書が発見されたのは初めて。

 尖閣諸島を「台湾の一部」と一貫して主張してきたとする中国政府の立場と矛盾することになる。日本政府の尖閣国有化で緊張が高まる日中間の対立に一石を投じるのは確実だ。

 この外交文書は「対日和約(対日講和条約)における領土部分の問題と主張に関する要綱草案」(領土草案、計10ページ)。中華人民共和国成立の翌年に当たる50年5月15日に作成され、北京の中国外務省●案館(●は木へんに當、外交史料館)に収蔵されている。 領土草案の「琉球の返還問題」の項目には、戦前から日本側の文書で尖閣諸島とほぼ同義に使われてきた「尖頭諸嶼(しょしょ)」という日本名が登場。「琉球は北中南の三つに分かれ、中部は沖縄諸島、南部は宮古諸島と八重山諸島(尖頭諸嶼)」と説明し、尖閣諸島を琉球の一部として論じている。中国が尖閣諸島を呼ぶ際に古くから用いてきたとする「釣魚島」の名称は一切使われていなかった。

 続いて「琉球の境界画定問題」の項目で「尖閣諸島」という言葉を明記し、「尖閣諸島を台湾に組み込むべきかどうか検討の必要がある」と記している。これは中国政府が、尖閣は「台湾の一部」という主張をまだ展開せず、少なくとも50年の段階で琉球の一部と考えていた証拠と言える。 東京大学大学院の松田康博教授(東アジア国際政治)は「当時の中華人民共和国政府が『尖閣諸島は琉球の一部である』と当然のように認識していたことを証明している。『釣魚島』が台湾の一部であるという中華人民共和国の長年の主張の論理は完全に崩れた」と解説している。

 中国政府は当時、第2次世界大戦後の対日講和条約に関する国際会議参加を検討しており、中国外務省は50年5月、対日問題での立場・主張を議論する内部討論会を開催した。領土草案はそのたたき台として提示されたとみられる。 中国政府が初めて尖閣諸島の領有権を公式に主張したのは71年12月。それ以降、中国政府は尖閣諸島が「古来より台湾の付属島しょ」であり、日本の敗戦を受けて中国に返還すべき領土に含まれるとの主張を繰り返している。 領土草案の文書は現在非公開扱い。中国側の主張と矛盾しているためとの見方が強い。時事)

2012年12月28日ー 朝日コム



ビゴーによる当時の風刺画-1887年日本と中国(清)が互いに釣って捕らえようとしている魚(朝鮮)をロシアも狙っている。
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