21世紀のヒューマン・リテラシー

アクセスカウンタ

zoom RSS 21世紀の ヒューマン・リテラシー

<<   作成日時 : 2017/08/20 13:32   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
2005年、私は軍政下におけるミャンマーで雑誌のインタビューを受けたことがあります。長時間のインタビュー記事が掲載された後、編集者に反応を聞いてみると「読者からはかってないいい反応がありました」と大変喜んでくれたあと、「検閲はたった1か所だけでした」というのです。「それってどこでしょう」」と尋ねると「社会の事実や真実を次世代にきちんと伝えていくことが大切だ」としゃべったところがすべて削除されたとのこと・・・「なるほど」軍事政権とは、いつも事実や真実を伝えていくことを極度に恐れていると痛切に感じたことでした。


原発ゼロ社会を達成したドイツのある専門家が、「日本には世界に誇るものはたくさんあるが、ビジョンがない」と言い切った。ビジョンがないということ、それは「日本人は、刹那の時間内でしか具体的に物事を把握できない民族」だということである。つまり50年後や100年後など未来へ向けての日本人の生き方の時間空間を描けないということである。確かに近年、日本には、ビジョンらしいものは全く生まれていない。その理由は、現在形は余りにも忙しく、過去にも未来にも目を向ける時間的な余裕が全く無かったということもあるが・・・

 
ビジョンとは、過去に経験した厳しく辛くさまざまな経験の中から育まれてくるもの。過去の事実や真実を、これを次世代の子どもたちや若者に伝えていくことは、こうした時代を生きた人間たちの大きな義務であるが、それがきちんと果たされていない日本。まるで放射性物質の垂れ流しのように無責任な日本なのである。


これでは「原発の収束や未来はおろか」、「子どもたちの避難」や「膨大な放射射廃棄物の処理」など深刻な懸案事項などに、全く対応できない頭になっているのは間違いない。これは実に悲しいことであり、恐ろしいことだ。未来への対応ができない民族になってきた中で、「平和憲法」を「戦争憲法」へ変える動きがでてきており、平和という空間が足元から大きな音とともに崩れさっている。子どもや若者たちが、未来へ向けてビジョンを築くためには砂上楼閣のように真実ではない日本社会では、あっという間に小さな波でも崩壊してしまうのである。


陰のない人間存在はどこにもいない。いかなる文明にしても同じ。率直に陰を認めて謝罪しない限り、未来の形は決して生まれては来ない。日本人には、放射性廃棄物と同じく、絶対に水に流してはならない過去があるのだ。その痛みを痛切に感じながら、未来の日本がが作られなければならない。私たち日本人が、今もっている最大のビジョンとは、「憲法九条」の戦争放棄だ。これこそ血と涙で作り出された人類の最大で最高のビジョンではないか?!「人を殺さない!そして殺されないこと」いかなる人間も、国境を越えて、人を人として大事にする「基本的人権」そのものではないか。


戦争への反省も全く行わず、兵器産業を育て上げ、再び戦争を始めようとしている安倍政治から「美しい日本」や「ビジョン」が生まれてくるはずがない。ビジョンとは、痛切な過去からくるものだから!


テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
21世紀の ヒューマン・リテラシー   21世紀のヒューマン・リテラシー/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる