21世紀のヒューマン・リテラシー

アクセスカウンタ

zoom RSS 雲の語った物語「親を捨てる物語」

<<   作成日時 : 2017/11/05 07:04   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

雲の語った物語「親を捨てる物語」 “Doko” and Palaing” The Abandoned Elders


「いつの頃だったか、私はヒマラヤの上空に浮かんでいました。ヒマラヤは世界の屋根と呼ばれ、天をつくような高い山々が雪を冠ってそそり立っていました。その美しい風景ときたら、雲の私だってその美しさに息が止まるほどでした。でも天井のその美しさに比べ、ネパールの地上の貧しさときたら・・・・・・」
と雲は話し始めました。

「山の裾野にある村から、口やかましい夫婦喧嘩の声を耳にしたのです。夫婦喧嘩の声というのは、いつ聞いても、どこで聞いても、余りいい声ではありません。」 と雲は苦笑しながら言った後、
「今日聞いたのは貧しい農家の女房が、しわくちゃだらけの手をした痩せた亭主をにらみつけている風景でした。」
「ネエ、あなた・・・・少しはうちの子どもたちのことを考えて下さいな!あの子たちは、いつもお腹いっぱい食べられないから、まあ、見てごらん!あんなにやせ細って・・・いいですか。うちには食べるものが十分ないんですから。あなた!決心してくださいな。口減らしのためには、お父さんに山に行ってもらうしかないでしょ!そうでしょ!わからないの?」

「余り、ガミガミ言うなよ。・・・・・・」と亭主が弱々しい声で答えていました。
「たった一人のお父さんだから、山に置いてくるのは忍びないんだよ。お父さんの表情を見ていたらなんだか哀れになってきてね。年をとって体は弱っているし、息子にいつ捨てられるかと心配している、あのびくびくした目つきをみたらね。なにも言えないんだよ。」

「・・・・・だから、あなたは駄目なんです!だから、だから、うちはいつも貧乏で、どうしようもないんだわ!よその家なんか見てごらん!・・・ああ!なんとかしてくれないと!私もうやっていけない!」
 女房は大声で亭主に迫りました。そうです。確かにその家はとても貧乏人の子たくさん、毎日、9人の子どもと女房で分け合ったら、もう口に入れるものはほとんどないので、亭主は小麦の粉で焼いたチャパティをほんの一切れ口に入れては、たくさんの水を飲むのが日課でした。しかし息子は病気がちの父には何枚かのチャパティを渡していました。それから急いで小さなタマネギも。

それを女房はきちんと見ていたのです。
「ああ、しかし・・・・もうどうしようもない!これ以上はどうしようもない!」
亭主は自分に言い聞かせるように言うと、女房に言いました。
「わかったよ!明日の朝、なんとかするから・・・・」
女房は何も言いませんでした。

あくる朝、農夫はドコという大きな背負いかごを納屋から取り出してきました。ドコとは竹で組んだ大きな背負いかごで、野良作業に行くときは村のみんなが背負ってでかけます。農夫は自分の父に向かって、
「父さん、今日は向こうの山まで行ってみようよ!」
と言いました。これを聞いた父は一瞬目をつぶって静かに考えていましたが、
「・・・・うん、いいよ。お前が背負ってくれるなら。」と答えました。
それを聞いて息子はホットしました。もし父からいろいろ聞かれると困ることになると思ったのですが、父はなにも尋ねませんでした。しかしなにもかもわかっているようです。息子はそれを考えると悲しい気持ちになりましたが、父をドコに入れると、
「じゃあ、行ってくるから」
と女房に言って家を出ようとしました。


すると家の中から孫の男の子が飛び出して来て言いました。
「おとうちゃん、おじいちゃんをどこへ連れていくの?」
農夫はその言葉を聞いて心臓が止まるほど驚きました。しかしすぐに
「なあに、あの向かいの山だよ。すぐに帰ってくるから、待っておいで!」
と言うと、男の子はすぐに、
「うん、いいよ。」と答えたあと、
「じゃあ、ドコは持って帰ってきてね。」と言いました。
百姓は、この言葉を聞くと怪訝(けげん)に思いすぐに訊き返しました。
「なんでだね?」
「ぼくも大きくなったら、山に行くから・・・・。」
と答えました。


それを聞いた百姓は、思わず頭がくらくらとしました。自分も父のようにやがてこのドコに入れられて捨てられていくのか・・・と。そのとたん農夫は決断し、女房にも聞こえるような大声で言いました。
「やめた!わしゃあ、やめたぞ。お父さんを山に捨てるのはやめた!食うものが十分なくても分け合えばいい!みんなで分け合うのだ!」


「なるほど、なかなか考えさせられる話だった。」
雲はすっかり満足したように語りました。それから雲は晴れ上がったヒマラヤを越えて、近くの国のミャンマーの農村へと流れていったのですが、突然、
「ああ、驚いた。ミャンマーでも同じような夫婦喧嘩の声を聞ききました。」
と雲は言いました。


「それは、ミャンマーでも貧しい村の同じように若い夫婦が、老母を口減らしのために山に捨てようと話しているところでした。ここでも女房はきつい調子で亭主を責めたてていました。

「あなた!・・・・寝たっきりで動けなくなった母の面倒、いつまで見なくちゃあならないのよ。うちのように子どもがたくさんいると、食べるものがないのはわかっているでしょ。義母さんには山に行ってもらいましょう。あなた!」
するといかにも優しそうな顔をした亭主が小さな声で答えました。
「そう言われても・・・・・・お母さんを山に捨てるのは・・・辛いことだ。」
初めは、女房から何度催促されても断っていましたが、子どもたちの顔を見ると幾晩も幾晩も考え込みました。そして結局、お母さんを山に捨てに行くことに同意しました。
お母さんは、息子の方に振り向いて
「わたしゃあ、わかっているから・・・もういいんだよ。」 と言いました。

「すいません!」
息子はそう言うと背負いかごにお母さんを入れて森に向かって歩き出しました。息子は、お母さんを、なるべく家から遠く離れた森に連れて行こうと懸命に歩きました。近くの森だと未練がのこると思ったのです。そして、まだ誰も入ったことのないような深い森の中にお母さんを連れていくと、息子はやっとの思いで背負いかごからお母さんを降ろしました。しかし深い森を歩きまわったために、息子は帰り道がわからなくなってしまったのです。おろおろしている息子にお母さんは言いました。

「息子や、心配しないで!お前が困らないようにね。実はこれまでの道には、母さんがね。かごの中から小さな布片を目印に次々と落としておいたからね。落とす布片がなくなったとき、背負いかごのなかから手を出して道々の小枝を目印に折っているからね。それをたどっていけば、この森を抜けて無事に帰られるから。だいじょうぶだよ。」
 このお母さんの言葉を聞いて息子は、母の気持ちを知って号泣しました。

「・・・・・子どものときから、母さんはいつも自分のことを心配してくれた。食べるものが無いときにも、自分の食べものを食べずに、子どもたちに食べさせてくれた。今日も同じだ。 お母さんを森に捨てるというのに、私のことを心配して、迷わないようにと帰り道まで作っておいてくれた。ああ、恥ずかしい・・・・・私がしていることは。」
そういうと息子はすぐにお母さんに詫びて、再び背負いかごに入れると一緒に家に帰ることにしました。二人とも帰り道、どんなに喜びあって帰っていったことか、とても言葉では言えません。」 
と雲は話しました。

「昔はどこの国にもこのような姥捨て(うばすて)伝説があったんですってね。本当だよ。今日はネパールとミャンマーの昔話を聞いたけど・・・・・しかし、このような風景は、むかしの物語の中にあるだけじゃあなく、私が21世紀に見た風景−それは現代の姥捨て山・・・山奥ではなく、都会のどこにでもある淋しい人間や家庭の風景・・・・・・わかりますか? ほんとうの姥捨て山が今、どんどん広がっていることを・・・・・・・」
雲はそういうと、黙ったまま、嵐が近づいてくるベンガル湾の方へゆっくりと流れて消えていったのでした。






画像

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
雲の語った物語「親を捨てる物語」   21世紀のヒューマン・リテラシー/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる