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zoom RSS 「非識字者」から、「未識字者」へと呼称を変更したい

<<   作成日時 : 2018/03/26 03:42   >>

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文字の読み書きの出来ぬ人を「非識字者」から、「未識字者」へと呼称を変更したいと思います!学会にも呼びかけます。

従来から、日本では文字の読み書きのできない人々を「非識字者」と呼んでいますが、私はこの呼称は余り適切な呼称ではないと思っています。「非」という特に欧米社会の歴史や文化が生み出した否定的で差別的なことばがもたらす冷たさを感じるのです。「識字者」に非とつけることは、人と人とを冷たく区別させ全く別な世界に住んでいる人のように冷たく感じさせるからです。だれだって、読み書きの努力をすれば、すぐに読めるようになるのですから・・・・日本では、昔は文字の読み書きのできぬ人々を「文盲」(もんもう)と呼んで差別してきました。私は文字の読み書きのできぬ人々は、<未(いまだ識字者ではない”という意味で「未識字者」と呼ぶのが最もふさわしいと思っています。これから文字を学ぼうとする人々たちのことです。みんな努力したら「識字者」になれる存在なのです。かれらを心から激励しましょう。

 あなただって、日本語の他にどれだけ他の言語の読み書きができますか?はい。そうです。あなたも他の言語では、未識字者ですね。非識字者ではありません。ふさわしくない日本の学問用語は、勇気をもってどんどん変えていきたいものです。日本には時代や目的にふさわしくない用語が余りにもたくさん残存しています。日本の歴史では、同和問題において、差別された人々のことを非人(ひにん)といって階級差別してきた用語もありましたが、現在はこのようなことばは、使用が禁じられており、全く使われてはおりません。当然のことです。非識字者という呼称も、同じような感じがするのです。

同じ人間としての存在を、このような言葉「非」の言葉によって厳しく区別する誤りを、こともあろうに識字教育の中で、深刻に認識したからでしょうか。未就学とは言いますが、非就学とは言いませんね。未就学の子どもでも大人でもやがて就学することを意識すると非という文字よりも未の方がはるかにふさわしいのです。

しかし人間性を余り感じていない学識経験者は、今後もこうした用語を容赦なしに使うことだろうと思います。無知丸出しで・・・そのような人々やそのような言葉を見つけたら、どんどん議論を吹っかけて用語を変化させるべく努力してくださるようお願いします。

言葉は、人々の気持ちと環境にそって、時代に相応しく変化していく生き物ですから・・・

以上のように呼びかけましたら、多くの賛同がありました。

ーYuichi Tsurugaoka 一人親家庭のことを、以前は、欠損家庭と呼んでいた時代もありました。〜非(識字者)ではなく、未(識字者)がふさわしいと同感します。
ー田中真弓 ー未だ、今はまだ、という表現の方が、未来の希望を感じます。

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