地雷で片足を失くし自殺を図ったアフガン少年の舞台

20年前、私はパキスタンのイスラマバードで連邦政府で、JICAの識字教育アドバイザーをしていましたが、その頃親しくしていたアフガン難民の家族から、なんとフェースブックを通じて連絡があり、早速映像を見ながらお互い積もる話をしました。なんと感激したことか。彼ら一家が、パキスタンからアフガニスタンへ帰国してから連絡が取れなかったので、大変心配していたのでした。 そのアフガン難民の家族の父は昔、カブールで薬剤師をしていましたー内戦の激化を避けるため、妻1人、娘3人と息子1人を連れて、カブールからイスラマバードへと避難していたのです。一般的にアフガン難民の人たちは、適当な職業も得られず、収入もほとんどないので、生活自体はとても厳しいものです。その頃、パキスタンには数百万人の難民が方々のキャンプで暮らしていました、 その頃、私はユネスコを通じて、アフガニスタンの雑誌編集長と知り合いましたが、彼はタリバン体制を批判する雑誌をパキスタンのペシャワールで刊行していました。ある晩、彼がイスラマバードの家にやってきた時、夕食後、「これまで編集した記事で、一番読者が感激したのはどのような記事でしたか」と尋ねると、彼はすぐに「それは、将来サッカーの選手になるんだと夢見ていた少年が、校庭に埋められた地雷の爆発で、足を切断、それを悲観して2階から飛び降り自殺を図った記事でした」と答えました。夢見る子どもたちの未来を、すべて壊していく戦争程、怖ろしく悲しいものはありません。 そこで私は早速「青い空の下で…

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