パキスタンで演劇化された“さびしい狐”の「コンキチ」

20090218233956.jpg(第2部)

コンキチの晴れの舞台の日です。夢にまでみた舞台!それは私の夢で もあったのですが、それ以上にアッサラオ君にとってはそうでした。 私は、1997 年より 2000 年まで、識字教育の専門家として 3 年半の任期を勤め 終え、12 月の帰国準備をしていた時期で、こうした舞台に力を注げる 余裕はなかったのですが、当日だけは、なにかしらわくわくとした高 揚感を感じて、イスラマバードから約20キロ離れたラワルピンディ のリヤカットホールにでかけたのです。

到着してみてなんと驚いたこと。ホールの門前には、今日の舞台が大 きなキツネの絵で看板に描かれて掲げてあるのです。本の表紙のコン キチの絵が拡大されたものでしたが、他の看板と競合するようにいか にも上手に描かれてあります。国立芸術カウンシルの主催だからでしょうが、今日はどれだけの人が見に来てくれるか気になりました。リアカットホールとは、パキスタン初代の大統領リアカット・アリカー ンの名前から由来しています。この大統領はこの地で暗殺されたため、 この地を記念して大きな劇場が建設されたのだそうです。会場には、 これまで私が行ってきたパキスタンでの識字教育の仕事や紙漉きで製 作した製作物など多数が展示されていました。日本大使夫妻や文化庁長官 のゴーラム・ラスール氏など次々と来賓が到着しました。これはパキ スタン国立文化評議会の主催なので、会場には次々と多数の観客が訪 れてきました。

大ホールの舞台の背後を見て驚きました。「貢献に感謝」として銘打っ て、私の名前が舞台の上に大写しで 4 つの肩書きと共に張り出されて いるのです。4つの肩書きとは芸術家、教育家、作家、職人というも ので、これほどたくさんの肩書きをつけて頂いたのは初めてでした。どれひとつの肩書きも十分にできていないのにと苦笑いです。これは きっとファキ事務局長の考えに違いないと思いましたが、なんともは や、彼らが私のパキスタンでの貢献をどのように表現しようかと苦心 惨憺した結果に違いありません。観客に私の存在をどうやって伝える かという態度を感じて苦笑せざるを得ませんでした。クラフトマンと は、私は紙漉きをやっていたので「職人」の存在としても私を捉えてい たのでしょう。それにしても4つの肩書きとは実に重たいものです(笑)

どうして文化庁がこんなに丁寧にやってくれるのか、それはおそらく 私が紙漉き研修ワークショップを PNCA の要請に応じてイスラマバード とラホール行って協力してきたことや妻が PNCA の 要請でイスラマバードとラホールで 2 回、彼女の絵画の個展を開催した ことも背景にあると思われました。そしてなによりも大きいと感 じたのは、今回の「コンキチ」上演のハイジャック騒動など、ドタバタ劇の存在も背後にあったのではないか思われましたが、気分は悪くは ありません。たった一人のために、パキスタン政府が、パキスタンでの私の3年半の貢献をこ のように高く評価してくれるのですから、帰国を 前にして大いに喜んだものです。幸福になるためには、片目は閉じて、 片目だけを開いておけばいいと思ったものです。

それから、その日の演劇のプログラムついて、関係者との最終的な打ち合わ せが行われました。まず最初の出し物は、以前4カ国の友人と共同製 作した「大亀ガウディの海」20 分のアニメーションのフイルム上映で す。これは以前私が書いた物語のアニメ作品でインドのラマチャン ドランのイラスト、中国の劉宏軍の音楽、韓国のカン・ウーヒョンが 共同制作したものです。物語では大亀ガウディが、水族館から逃げ出し、 太平洋でロッティという海亀に出会って、満月の下でロマンチックに結 ばれるシーンが入っています。

特に亀のガウディとロッティが愛し合うシーンが入っていたために、 事前の試写会でその上映が大問題になったのです。インドのラマチャ ンドランのヒンドゥー文化では、男女が愛し合う場面は、ミトゥーナ像(男女 交合図)など伝統的に文化の中で多様に表現されていますが、イスラ ム社会では、こうした性文化表現などは一切出さない、というより も厳禁されているのが現実です。 イスラムの法律に触れるからです。パンジャブ州では、舞踏や歌謡でも、 女性の風俗が乱れるという理由で禁止通達を学校に出していた昨今で したからね。しかし前座として、是非このアニメを映写したかったので す。物語の内容が、環境問題を考えさせると同時に動物愛護、原爆実 験までが描かれているので、パキスタンの実情にぴったり重なってい ると思えたのです。しかしガウディとロッテイがのアニメによる抱擁シーン自 体が問題になったのです。もちろん、他国の文化表現には、繊細な配慮 をしなければならないのは当然のことです。

みんな深刻な顔をして「大亀ガウディの海」のアニメーションを見て いました。「今日の催しは文化庁の主催で、お偉いさんも多数やってきますね。そこでこういう表現の作品を上映するのは非常に問題ではありません か?観客の中には過激派だっているかも知れぬ。観客からなにを言わ れるかわからない。」
すると誰かが「でもこれは人間ではなく、海亀だからね。自然の姿だ からね。これは動物の世界ですよ」するとみんな、「そうだ。そうだ。 海亀だからね。人間ではなくて海亀だからね、そうだよ。そうだ。問題ない・・・ 問題ない」、すると誰かが「いや亀だとしても、この場面はちょっと刺 激が強すぎるのでは」、「なるほど、亀にしてもね・・・・亀にしても・・・」

と亀のアニメを見ながら議論は続きました。どんどん時間が過ぎてい くのです。そこで私は、「それでは、このアニメを上映するとき、その 場面だけパソコンで早送りしたらどうでしょう?早送りするとそうす ると誰だって気がつきませんからね」、 その提案に、 「それはいい。それはいい。では上映のときに、早送りをすることに しましよう」ということに決まりました。時間も残されていないため、私 がパソコンを操作してコマを早めることになりました。社会にとって 危険なものは早送りしたらいい。みんなそれで安堵したのです。今日は、「コ ンキチ」が主役なのに、こんなことで問題になっても困るし・・私も含めてだれもかれもほっとしたわけです。

初日にふさわしく、たくさんのスピーカーによる演説が始まりました。 だれも「演劇の日」とは思わなかったようです。しかも日本大使以外は、み んな絶叫調でした。特に同じ職場のシャヒードによる絶叫は、通常の スピーチというよりも「大統領の選挙応援演説」のようでした。私は、 次の大統領選に出馬を要請されているのかと思ったほどです。日本大 使も流暢なウルドゥー語に加えて見事なスピーチを行い満員の観客は大満足、 文化庁長官もハイジャック劇などのことはおくびにも出さず私のパキ スタン社会への貢献をただ長々としゃべりまくっていました。みんないくら でもしゃべれるのです。これでは、まるで表彰式です。果たし てコンキチが出場できる時間があるかどうかと危惧したのです。

それからやっと前座として「大亀のガウディ」のアニメが上映されま した。しかしなんということ。会場が暗くなって手元が見えず、パソコンの操作が うまくできなかったので、コマの早送りがどうしてもうまくできない のです。焦りました。止めるわけにもいかないし、「ああ、ガウディの場 面がでてきた。ああ、みんな見ている。ああ、しかし、コマ送りがど うしても早められない。カットできない」

会場では700名以上の観客が熱心に見ていました。結局、私は、事 前の打ち合わせしたようには何もできぬまま、20秒以上の濃厚なシ ーンを全部上映してしまいました。しかし誰もなにも文句を言わずた だ熱心に見てくれたのです。まあ、「亀」のことだから、どうというこ とはないとみんな思ってくれたのでしょう。

それが終わると、いよいよ待ちに待った「狐のコンキチ」の舞台が始まりまし た。国立演劇学校の代表バカール自身が主役のコンキチとなって登場 しました。しかし彼の舞台は、私が頭に思い描いていたのとは、かな りイメージが異なっていたことです。特に出だしの、山に住む狐のシ ーンはすべて人形劇で行っていました。コンキチが、ケンポンタン の魔術を使って、会社員に化け、山から町に下山して行くところから、 初めて演劇となったのです。しかし会社の社長に昇格したかっての部長役は、 いかにもおもしろく会場を沸かせに沸かせていました。これは配役を 変えたことが的中したのです。私は今回の演劇で、演出に妙に興味がわいていました。しかし鉄砲をも って山へ、コンキチがキツネ狩にいくところは、まるで人間の戦争の ような戦いかたをするので、驚きました。かれらは、これまでキツネ 狩りなどをイメージしたことなどもないようでした。とにかく、こう やって初日の公演が終わりました。

そして二日目も無事に終わりした が、二日目の上演後にアッサラムがいかにも元気のない顔でやってき ました。 「いよいよ明日は、あなたの舞台だね。がんばって。アッサラム君」 と励ますと、彼は元気のない声で、「初日は、オープニングだったから 700名もやってきたが、二日目の今日は、もう200名ぐらい、観 客はぐんと減ってきた。これは初めから恐れていたこと。三日目の明 日は、おそらく観客数はもっと減って50名ぐらいになるではないか。」 と言い出したのです。私は慌てました。本来、彼の舞台こそが主役に ならなければならなかったのですから。初日に決まっていた彼を説得 するため、日本の酉(とり)の話を持ち出して、ようやく3日目の上 演で納得してもらったので、これはなんとかしなければならないと慌 てふためいたのです。

「これは困った。なんとかしないと。これでは明日の観客は50名ぐ らいになってしまう。国立劇団には集客能力もあるが、零細集団では こうはいかぬ。困った、困った。どうしよう」 そこで、この会場が位置するラワルピンディ市に住んでいる絶叫調の スピーチを行った友人に相談したところ、彼はすぐに状況を飲み込み、「それは 実に簡単なこと。私を誰だと思っていますか。私はこの町の出身ですよ。親族郎党はいくらでもいるのです。」と言うのです。「それで観 客を何人ぐらい集めればいいのか」と言うので、 「会場を一杯にするためには、まず最低500名ぐらい必要」と答え ると、彼はすぐに、電話をかけ始めたのです。

「私の8人兄弟のほとんどは、学校の教師や新聞記者をやっているか ら、まず学校に動員をかけると、みんな喜んでやってきます、新聞社も 応援してくれる」というのです。 そして中古のバスを借り上げると、それを使って、なんと3日目には、 初日を上回る人数で観客を集め始めたのです。なんと、集まる、集ま る、みんな大劇場に無料招待されるので大喜び、学校の教師や子ども たち、父兄たち、そして彼の一族郎党がほとんど勢ぞろいするぐらい 集まってきました。大成功です。これでようやく酉(とり)の話も本 物となる。「なるほど血縁社会の結束とは固いものだ。」と感心したも のです。

その様子を見て、今日の主役であるアッサラム君も大喜び、これでよ うやく本格的な舞台に立てるという顔つきになってきました。「なるほ ど、観客の人数によって主役の顔が作られるんだね」と冗談を言いな がら幕開けを見守ったのです。 舞台が開くと、なるほど、我らのコンキチ君はさすが、長い間マルガ ラ山に向けて必死に鳴いて練習してきた成果がありました。彼は必死 に演じました。必死になって泣き叫んだというのが事実でしょう。彼 のキツネ役は、西欧的なオペラのように大げさな身振り手振りの演劇 ではありませんでしたが、なにか人の心を感動させ、気持ちを大きく 揺さぶるようなものを持っていたのです。彼自身の生き方をそのまま 見せたからかもしれません。彼が今、絶対絶命にあることを・・・・ イスラマバードの首都県庁では役職を追われ、今は無職で希望のない 生活を過ごしている彼の現在そのままの表情が、コンキチの舞台にな っていったからです。余りにもぴったりだったのです。彼以外には 「コンキチ」役はもうないように見えました。こうやって3日目のア ッサラムによる舞台が無事に終了しました。私は、初日と二日目の舞 台を比較してみようと思い、そのとき読売新聞のデリー支社から、日 本人の新聞記者も駆けつけていたので、彼に感想など批評してもらう ことにしました。 「うーん、私はアッサラム君のキツネの舞台の方が好きだね。」と彼はまず 一言言った後、「物語の内容とアッサラム君はぴったり合っている感じ だね。三日目がはるかにおもしろかった」と彼が誉めたので、アッサラム君の嬉しさは頂点に達したのです。

その日本人の新聞記者は、そんなに誉めたわけでもなかったのですが、彼が 記事にするという約束したこともあって、アッサラム君は有頂天で、いつ までもその記事を待っていたのです。世界の一流紙に、彼の演劇評が 載るものと思いこんで、しかしとうとう演劇評は掲載されませんでし た。おそらく彼は、今でも掲載を夢見て待っているのではないでしょ うか。 初日の主役をやったバカール氏が、こんなことを言っていたのが気に なりました。「私の考えでは、コンキチの母とは、まるで母国のパキス タンそのもののような感じがするのです」と言ったことです。「母を撃 ち殺すというテーマは、パキスタンの人々が、鉄砲を母国に向けてい るような気がしてならないのです。」と。 彼のしゃべった意味深い言葉は、現在のパキスタンという国と人々と のありかたについて、一抹の不安を去来させるものでした。当時、パキス タンは、インドに対抗して核実験を6回も行うなど、経済不安や社会 不安も頂点に達していた 2000 年の11月のことでしたから。

3日目の演劇を終えたアッサラム君は、いかにも大きな山場を乗り切 ったという感じで、それからは体全体も軽やかな表情になってきまし た。目つきもしっとりと落ち着いているのです。自信を取り戻したの でしょう。そして「これからは何度も「コンキチ」の舞台をやるのだ と、そして国際舞台にもするから是非日本へも呼んでくれ」と張り切 っていましたが、果たしてその後は彼からはなんの連絡もありません。 舞台を再上演したという話も聞いていません。



しかし私には彼が、今でもマルガラ山に向かって、キツネの声で泣き 叫んでいるのが、脳裏に深く残っているのです。「コーンコーン・・・ コーーーーン、コーン・・コンコン・・・コーーーーーーーン」




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