インドのデリーから、ガンジス川の流れている古都ベナレスまで寝台車に乗って旅をした日

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2014年3月5日 、インドのデリーから、ガンジス川の流れている古都ベナレスまで寝台車に乗って旅をした時、首都のデリーの喧騒を離れて、さぞ寝台車の旅は静かだろうと思ったら大間違い、なんと寝台車に乗ってきたインドの乗客たちは、いっせいにアイホーンなど携帯電話をとりだして、賑やかに会話を始めたり、メールを送ったり、情報の調べものを始めたのでした。それは今の東京の山手線の車内と余り変わらないようにも見えましたが、その車内の賑やかなこと、それは大違い。インドでは、車内での電話使用にまだ制限がないよ.うに見えました。おそらく注意はしているのだと思いますが、だれも耳を傾けないようです。

もっともインドの寝台列車というと、二人用、四人用、六人用などの値段に応じたコンパートメントになっていて、私はデリーの旅行会社で二人用の最上の寝台車を予約したのに、どういうわけか六人用の寝台車になっていたのです。高い料金を支払って、騙される。これは初めての体験です。特に日本語を話す旅行会社はとても信用ができませんね。6人用の寝台車は、3段のベッドが向かい合いますから、なんとそのスペースの窮屈なこと、最下位の寝台車に座ろうとしても、首が伸ばせません。列車のベッドは上段よりも下段の方が揺れないので「まあ、いいか」とは思ったものの、アイホーン族の話し声は深夜まで続いたのでした。

その昔学生時代、私は、ドイツからインドまで陸路で旅をした経験がありますから、こんなことってどうということはありませんが、やはり昔と今は車内の状況は一変していますね。車内のみんなが夢中でアイホーンなどの世界に入っているのを果たして、昔、想像できたでしょうか?翌朝、列車の窓から鮮やかな菜の花畑が拡がっているのが目に入ってきましたが、やはりアイホーン族は、無我夢中でデジタルの世界と外界とのコミュニケーションに行ったり来たりです。これまでの旅の会話ではよくあった「あなたどちらから?家族のこと、子どものこと、結婚のこと、将来の夢」などといった日常の話題から、「物騒な世の中になりました。あっちでもこっちでも戦いばかり、果たして第三次世界大戦は起きるのでしょうか?」」といった深刻な話題まで、実にさまざまな会話が、見知らぬ同士で車内では繰り広げられていましたが、しかし、今はすべてアイホーン族が一人占めなのですから。

アイホーン族は、今目前に広がっていく世界での新しい体験に入っていくよりも、これまでの友人やデジタルの世界の中に閉じこもって、外にでていこうとしないのです。これを見ていると、これからの人間の未来はおそろしく画一的でおもしろくなくなるーなんて考えてみましたね。アイホーンは、自由にいろいろの世界とコミュニケーションでき、いつでもこちらから通信を開始することも切断することもできるのです。現実の会話のようにめんどうなことは一切ない世界ですね。こうしたことを考えると、これからの世界は、すべてデジタルを通して体験するようになっていきますね。しかし、これは一見豊そうに見えて、実は非常に貧しい精神世界になっていくのではないかと思いました。つまり生の感性を育てないのですから。。。。デジタルを通じて感じる、話す、読む、表現するということが主流になることの意味は何か・・これまでのようにアナログ世界や自然の中で、全く生に試行錯誤することなく文明が進んでいくことは、とんでもない大陥没が人類の前に待ち受けているような気もしてきますね。そういうFBだってデジタルの最たる世界ですが・・・・(笑)

インドで見た車内からいろいろのことを想像しました。生の体験やコミュニケーションを徹底的に避けていく世界ー例えばこれからの戦争行為も、すべて遠距離から操作、画面の上で激しい戦闘を行うようになる、しかもその戦闘は最新型の知能ロボットや染色体の実験で人間に似せた兵隊によって行われる、そのような近未来が急速に近づいている。現にアフガンやパキスタンではそのような戦闘が行われている。デジタルの世界の拡大によって、人間の感情を果たして豊かに育てていくことができるか?傷みや苦しみを感じさせない世界・・人間にとっては生の体験こそが重要なのではないのか?しかし現代とは、右を向いても左を向いてもすべては、デジタルのなせる世界です。自然の感受性が死滅していくのでは・・・・
関係性も新しいものを求めるのではなく、これまでの友人を中心にしながら、デジタルの世界に閉じこもって、外にでていこうとしないのでは、というような心配もでてきます。。これを見ていると、これからの人間の未来はおそろしく画一的でおもしろくなくなるーなんて考えてみましたね。杞憂であってほしいものです。アイホーンは、自由にいろいろの世界とコミュニケーションでき、いつでもこちらから通信を開始することも切断することもできるのです。現実の会話のようにめんどうなことは一切ない世界ですね。こうしたことを考えると、これからの世界は、多くのことがデジタルを通して体験するようになっていきますね。これは一見豊そうに見えて、実は非常に貧しい精神世界になっていくのではないかとも思いました。デジタルを通じて話す、読む、表現するということが主流になることの意味とは何か・・これまでのようにアナログ世界や自然の中で、全く生に試行錯誤することなく文明が進んでいくことは、とんでもない大陥没が人類の前に待ち受けているような気もしてきますね。そういうFBだってデジタルの最たる世界ですが(笑)

インドで見た車内からいろいろのことを想像しました。生の体験やコミュニケーションを徹底的に避けていく世界ー例えばこれからの戦争行為も、すべて遠距離から操作、画面の上で激しい戦闘を行うようになる、しかもその戦闘は最新型の知能ロボットや染色体の実験で人間に似せた兵隊によって行われる、そのような近未来が急速に近づいている。現にアフガンやパキスタンではそのような戦闘が行われている。デジタルの世界の拡大によって、人間の感情を果たして豊かに育てていくことができるか?傷みや苦しみを感じさせない世界・・人間にとっては生の体験こそが重要なのではないのかと?しかし現代とは、右を向いても左を向いてもすべては、デジタルのなせる世界です。

しかし自然のさまざまなことー大地震も大津波も宇宙の大爆発も、実はデジタルに全く関係なく起きているのですが・・・それはガンジス川の河畔で毎日荼毘に付されていた4-5百名からの死者の風景と全く同じ・・すべての死者は白装束に包まれ、薪の上でじりじと燃やされ灰になり、やがてガンジス河の流れに散っていくー実に人はこの現実に生きているのですが、忙しさに感(かま)けて、ついつい人は大事な事を忘れてしまうのです。

「広い宇宙と言えども、人間ほど忙しく宇宙を走り去っていく存在はいないでしょうね。しかも宇宙をさんざん汚しまくって・・・・人間文明の終焉のときには、すべてを灰にして、自然だけは汚さないようにして静かに去っていきたいものですね。」

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