文字の読み書き(識字)とヒューマン・リテラシー

  文字というのは実に不思議なものです。文字を使うと、簡単に紙片に知識や情報を貯蔵できるのですから。例えばパピルスという植物で作った紙に記された古代エジプトの3千年前の出来事だって文字が読めれば簡単に理解できます。人間の社会は、緊密なコミュニケーションによって成り立っていますが、これは文字だけではありません。言葉や文字に加えて、記号、写真、絵図、動作、映像などたくさんの方法があります。 しかし文字が一番複雑で正確に表現したりすることができます。文字の発明は人間の発明の中でも最も素晴らしいものです。もし文字の発明がなかったら、人間の歴史は大きく異なっていたでしょう。文字があれば、何千年前に起きた出来事でも読み解くことができますし、時代を越えて伝えることも、国境を越えてどんな国々の人々にも伝えることができるのです。現代は、コンピューターで写真や映像などさらに印象を具体的に生き生きと瞬時に伝えることができますが、しかし表現の基礎にはすべて文字によるものです。文字は、詳しい事実の表現や複雑な科学知識などを正確に表現することができますが、万能ではありません。文字や言葉(言語)で表現できない世界があることから多様な視聴覚時代が始まっているともいえます。 文字が発明されていなかった時代や文字が使われていなかった時代、人間はすべての出来事を頭の中に記憶しているのでした。紙に記載して記録するということはなかったのです。ですからみんなの記憶力はとても良かったのです。日常のことや歴史の出来事はすべて口承…

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戦争から帰還する兵士を出迎える子どもたち

2004年頃、私はミャンマーの軍政下で、数年間教員養成の仕事をしたことがあります。あるとき、教員師範大学の教員と一緒に地方の学校へでかけて、地方のレストランで昼食を一緒にとっていたとき、下校時間でもないのに、外をおおぜいの子どもたちが歩いているのを目にしました。 「いったいどうしたんだ?なにかあったのか?」と思って、ミャンマー人の教員に尋ねると「兵隊が今、故郷に帰ってきたんですよ。みんなで出迎えに行っているところです」というのです。 「出迎えに?」私は一瞬驚き、さらに詳しく聞いてみると、戦争にでかけた兵隊が故郷に凱旋してくるときには、いつも子どもたちは動員命令を受け、戦場から帰ってくる兵隊を学校から出迎えに行くのだそうです。 「その風景見たい」と言ったらみんなで首を横に振って「外国人のあなたは見られない」というので、諦めていたところ、昼食が終わって車で出発したとき、偶然ながら車は凱旋してきた兵隊たちの隊列にぶつかって、みんな下車しなけれならなくなったのです。それで私は、間近に兵隊たちの凱旋の様子を見ることになったのです。沿道には実にたくさんの子どもたちが動員されていました。 両親たちもかけつけて、いたるところで兵隊たちと手をとりあっているのです。しかし兵隊たちの表情は全身薄汚れ、くたくたに疲れ切っているようです。そして手には、これまで見たことのないような兵器やバズーカ砲などを持参しています。おそらく凱旋どころか、彼らの大変な負け戦だったのでしょう。その時期のミャンマーは…

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大沢敏郎さんの「生きなおす、ことば」ー書くことのちから 横浜寿町から

大沢敏郎さんの「生きなおす、ことば」 書くことのちから 横浜寿町から この本は、大沢敏郎さんの横浜の寿(ことぶき)町というドヤ街での識字の実践の中から生まれた書です。大沢さんは述べているます。 「ぼくは、偶然、寿町で十分な学校教育をうけることの出来なかった人たちと人間の学びをはじめただけだった。三十四歳のときだった。しかし、そこで起こる一つひとつのできごとは、ぼくには衝撃的だった。それまでは視ることも感じることもできなかった人間の生きる大切な世界が、つぎつぎと展開していった。ああ、ここに、ぼくの出会いたかったほんとうの人たちがいるんだと思った。   それらの人たちのことばは、それぞれに精一杯、自分の生きてきた生活や体験のなかからつかみとってきたことばだった。だれにもゆずれない。一人ひとりその人その人だけが日々、何十年とあたためてきたことばだった。  それらの人たちのことばは、ぼくを救ってくれた。精神の荒れ野をさまよいつづけていたぼくを救ってくれた。その揺れをとめてくれた。人間の生きる義(ただ)しいことばだった。それまでもつことのできなかった他人(ひと)にたいする信頼や尊敬を、率直にもつことができるようになった。ぼくの識字学習は、それでもう十分だと今も思い続けている。 世の中に不必要な人間などひとりもいないのに、じぶんをそう思い続けて生きてきたぼくを、必要な人間にしてもらったことも、ありがたいことだった。」 http://www.arsvi.com/b…

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知っていますか?「恩送り」・・・・・

ー 劇作家として有名な井上ひさし(1934-2010)は、不遇な幼時期を過ごした。井上は、幼い頃、父と死別し、義父の虐待を受ける子どもだった。貧しさのため母に手を引かれて児童養護施設に預けられた井上は時々、不良少年と付き合い、中学生になると店で物を盗んだりもした。ある日、彼がある本屋で国語辞典を盗み、本屋のおばあさんに捕まった。おばあさんは「そんなことをすれば私たちはどうやって暮らせるのか」と言って、井上に裏庭にある薪を切らせた。 そのおばあさんは薪をすべて切った井上の手に、国語辞典とともに、辞典代を差し引いた日当を握らせた。「こうして働けば本を買える」。後に作家になった井上は文集で「そのおばあさんが私に誠実な人生を悟らせてくれた。いくら返しても返し切れない大きな恩」と回想した。彼は作家として有名になり、故郷の山形県川西村に自分の蔵書を寄贈して図書館をつくったほか、現地の農民を対象にした農業教室「生活者大学校」を設立した。 またその本屋があった岩手県一関市で生涯、同僚と一緒に無料文章講習を開いた。これを井上は「恩送り」といった。誰かから受けた恩を直接その人に返すのではなく、別の人に送る。そして恩を送られた人はまた別の人に恩を渡す、恩がぐるぐる回る世の中をつくろうという趣旨だった。 私はこの記事を読むたびにいつも感動の余り、涙が流れるのを覚えます。幼い井上ひさしと本屋のおばさんとの出会いー井上ひさしの幸せな人生は、このおばさんとの温かい出会いによって始まったのです。 …

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人間社会と働きアリの面白い割合

アリの社会構成において、2:6:2の割合で、よく働くアリ・普通のアリ・働かないアリがいるという。そこでよく働くアリのみ集めて集団を作ると、なぜかまた働かないアリが出てくる。そうやってよく働くアリだけで集団を何度作っても、時間がたつと自然に2:6:2の比率でアリは仕事を分担するようになるといいます。これが意味するものは実に深いですね。 人間社会でも似たようなところがあり、集団で何かの活動(キャンプなど)をすると・・・・・・ 2割の人が、率先してリーダーシップを発揮し、6割の人が、そのリーダーシップに引っぱられて働き、2割の人が、サボるという。 そこでこの中の2割の率先して働く人のみを集めて集団を構成するとどうなるか、おそらくいつの間にか、2割、6割。2割の比率で、仕事を分担するようになるのでしょうね。(笑) これまで大学で講義したとき、なんと驚くことに、2割の学生は真剣に聞き、6割の学生は普通に聞き、あとの2割の学生はほとんど聞いていない感じでした。大学の学生たちにも、きっとアリ社会社会の面白い割合が適用されたのでしょうか。それとも単純に私の講義が、おもしろくなかったのでしょうか(笑)おそらく、ほとんど講義を聞いていなかった2割の学生は、「お前はもっとおもしろい授業や講義をやれよ」と批判する存在意味だったのでしょう。そういう意味からしたら、みんながみんなよく聞いているように見える授業よりも。この方がずっと正直であるのでしょう。つまり私の講義の向上を励ましてくれるとても貴重な存在で…

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イランで、ペルシャ語で翻訳出版された「さばくのきょうりゅう」の絵本

ああ、なんて嬉しいことでしょう。2016年は、カンボジア、イランなどから4冊の絵本や寓話などが翻訳刊行されました。一昨年から数えると、イラン、インド、パキスタン、台湾、韓国などに大きく広がり、現在中国では「大亀ガウディの海」などの翻訳出版が進行しています。そして今日は、待ちに待ったイランの出版社から「さばくのきょうりゅう」のペルシャ語版が送られてきました。 なんと美しい印刷の絵本、広い砂漠で油の分け前をめぐって、激しい戦争を繰り返す男たちの物語を、韓国のアーティストのカン・ウーヒョンさんが、目の覚めるような鮮やかなインクの色彩で絵本に仕上げたのです。講談社出版文化賞やBIB金杯なども受賞し大きな話題となった絵本でした。この物語はその昔、私がインドの大学へ遊学していたときに作った寓話ですが、かってイランはこの物語は「我々中東の争いに酷似している」と言って、長い間、翻訳出版を中止していたのですが、テヘランの編集関係者の努力で、とうとうイランで最も著名な国立出版社より翻訳刊行されて、子どもたちに配布されることになったのです。 この絵本は、インドでは13言語に翻訳されて大きな評価を得ましたが、現在は、インドの国語の教科書に物語を採用するようにとの動きも起きているそうです。原作者としては、非常に嬉しい限りですが、日本の出版元が絶版にしていて、日本のこどもたちの手に届かないのは、とてもとても悲しいことですね。このような絵本を絶版にするようでは日本の出版社の未来も真っ暗になるのではないでしょ…

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The Masai Chair (Cloud Tales)  マサイの首長の椅子「雲の物語」から。

これはアフリカ・ケニヤで開かれたユネスコ会議に出席したとき、友人と一緒にマサイ族の村に出かけました。その時の実体験に基づいて書いた雲の物語です。 The Masai Chair (Cloud Tales) One day as I was watering the garden outside my house, I heard someone say ‘Africa, ahh...’ and I looked around to see who it could be. Seeing nobody, I then thought, ‘Oh, yes, it must be Cloud!,’ and looked up just as he was beginning to tell another story. ‘I was lazily floating over the wide African savannah, watching my shadow travel across the ground. A cloud, you must have noticed, never completely stops moving, never takes a rest. We have a much different way of looking at and thinking about the world than do you people walking abou…

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風のように、シルクロードを旅して学んだこと

20代のとき、早稲田大学を卒業してからイタリア・ドイツへ遊学、ドイツのミュンヘン駅をオリエンタル急行の夜汽車で出発し、トルコに到着し、それからイラン、アフガニスタン、パキスタンを経てインドまで汽車やバスを乗り継いで陸路を旅したことがある。それはシルクロードルートをヨーロッパから逆にたどったものなのだが、2ヵ月後、インドに無事に到着、私は西ベンガル州のタゴール国際大学のあるシャンティニケタン(平和の地)で2年間暮らした。留学ではなく遊学の気持ちだったが、最高の留学になったように思う。当時は、アルカイダもアイエスの存在もない時代、アメリカがベトナム戦争で負けたことで、珍しく海外での行動には慎重になっていた時代だった。 インドのベンガル州にー詩人ラビンロドナート・タゴールが建てた大学があった。その大学の郊外にあるロトンポリの一軒家に滞在中、この家の窓から見える砂漠状の大地を見ながら書いた物語が「さばくのきょうりゅう」という最初の絵本だった。この物語は絵本としては1988年に講談社から出版されたが、インドでは英語版から15言語で、アジアの国々ではほとんどの国で翻訳出版された。これは「砂漠をいくラクダの隊商の仲間たちが、油の売上をめぐっての無限の権益争い」をする」寓話。この内容は、今日の中東の争いと酷似している。 考えてもみれば、シャンティ二ケタンの砂漠では、タルガーチと呼ばれる高いヤシの木が、いつも風の中で音をたてて揺れていた。あれからいったい何年が風のように過ぎていったことだろう。思い起こす…

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「心の絵地図分析ワークショップ」を全世界で開いている理由

今、世界の子どもや大人たちが深刻に直面しているさまざまな課題について、ICLCは絵地図分析という参加型のワークショップを、これまでさまざまな国や場所で開催してきました。原発で被災した避難者が生活している福島県のいわき市で、3.11後の5月と6月の二回にわたって絵地図ワークショップを行ったことがあります。福島で被災した子どもや大人たちが、どのように原発事故に感じているのか、そして未来に向けての再起の方法など?絵地図とは人生の生の叫びです。 この被災地での詳しい内容については、ICLCワークショップで報告していますが、今回は日本、韓国、中国の子どもと比較してみて気がついた点を報告してみます。これはほんの一部の報告であり、絵地図ワークショップの回数や対象者を変えて、なんども行ったわけではないので、厳密な意味では一般化はできないが、絵地図ワークショップという「自分自身の表現」について、痛感した考えを報告してみたい。 (1)韓国のソウルにある梨花女子大学では、約30名の子どもたち(小学校2年生から中学校1年生まで)を対象に絵地図をワークショップを行ったとき、まず驚いたのが、ワークショップを開会を宣言すると、すぐに子どもの中に「ワークショップには参加したくない」と手をあげて主張した子どもがいた。4-5名もいて、「ワークショップより、家に帰って自分の勉強をしたい」と言うのである。ワークショップについてなにも知らないのである。 みんなに共通のテーマを話し合ってほしいと言ったところ「一緒に話し合い…

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私は学生時代に羽仁五郎(はにごろう)に会ったことがあります。

私は学生時代に羽仁五郎(はにごろう)氏に会ったことがあります。ものすごくおもしろい歴史学者で素晴らしい思想家でもありました。哲学者のクローチェの言葉をよく引用され「あらゆる歴史は現在の歴史である」などと語っておられましたね。その当時、すでにご高齢に見えたので「失礼ですが先生、お生まれはいつですか?」と質問したら、すぐに「1901年」と明快な声で西暦で答えられました。そりゃあそうですよね。彼が元号で答えたらお笑いものです。また羽仁さんは、講演が終わったばかりで、とても重そうな黒い鞄を持っておられたので「先生、鞄、お持ちしましょう」と尋ねたら「いや、いい。鞄は自分で持つものだ」と答えられたのが非常に印象的でした。彼はアメリカの国会図書館から大きな影響を受けて、日本の国立国会図書館設立を主導して初代館長になられましたが、口癖に「政治家は勉強しなければならん」と言っておられました。彼の「ミケルアンヂェロ」や「都市の論理」など学生時代、随分お世話になりました。 1968年のある秋の暮、当時、お茶の水駅のすぐ側にある中央大学の駿河台校舎の中庭で、ベトナム反戦のための「全共闘全国総決起集会」が開かれ、私もノンポリラジカルで、どこのセクトにも属さない自由な立場で集会に参加していた。林立する角材や赤白黒の色とりどりのヘルメットをかぶった全国からの学生に囲まれた壇上に、羽仁五郎という歴史家が招かれスピーチを始めた。全国から集った学生は、約5000名とも思われ、会場はものすごい熱気に包まれていた。そして名…

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「コロナウイルス」とは人類にとって一体何を意味するものでしょうか?

実はこれは人間という生き物に対する自然界のリベンジともいうべきものではないでしょうか。言わば自然の復讐です。人間の歪でアンバランスな文明の発展によって、これまで自然のあらゆる生き物たちが人間によって追い詰められ無残にも殺され環境を破壊されてきたのですが、そのつけともいうべき自然の復讐が始まったと言えるのではないでしょうか?現在、全世界で膨大な人々が倒れています。2020年4月11日現在、米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によると、新型コロナウイルス感染症による死者は4月10日、世界全体で10万人を超えています。4月2日に5万人を上回っており、約1週間で倍増しました。4月9日に9万人超となったばかりで増加の勢いは全く衰えておらず、被害拡大が続いています。(東京新聞)例えようのない苦しみと悲しみの毎日ですが、私たちは、この時間を使って、21世紀に人間が直面した「恐ろしく悲しい文明」を厳しくふり返って反省する必要がありますね。   4月8日の朝日新聞で、社会学者の大澤真幸さんは、「ウイルス自体は文明の外からやってきた脅威だが、それがここまで広がったのは、『グローバル資本主義』という社会システムが抱える負の側面、リスクが顕在化したからです。未知の感染症は野生動物が主な宿主。世界中の原生林が伐採され、都市化された結果、野生動物との接触機会が増え、病原体をうつされるリスクも高まった。英国の環境学者ケイト・ジョーンズは『野生動物から人間への病気の感染は、人類の経済成長の隠れたコストだ』と指摘しています」。そ…

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お母さんの巻寿司(まきずし)

「いつの時代でも、どこの国でも、お母さんという存在はありがたいですね。」とある日、大空に浮かんでいる白い雲が静かな声で言いました。雲はさらに話しを続けて、    「わたしは、ずっとずっと遠い昔から、いろいろな国でいろいろのお母さんを眺めてきました。どこの国でもお母さんたちの表情はみな同じ、みんな心配顔をしています。そしてみんなものすごい働きものなのです。子どもを育てるために、それはそれは朝から晩まで働き通し・・・・朝日の昇らない前から一番星が輝き始めてもまだ働いているお母さん、田んぼから帰ると、食事の準備をしながら子どもたちの着るものや、学校へいく支度(したく)や、宿題の内容まできちんと見ながら心配顔と笑い顔を交錯させ子どもたちの幸せを祈っているお母さん。」と雲は言いました。    「・・・・私はあるとき、日本は中国山脈のやまふところに位置する三次(みよし)という盆地の大空の上に浮かんでいました。そこはどこもかしこも広い田んぼで、黄金色の稲穂が秋風に吹かれて静かに揺れていました。見渡す限りの田んぼで今、稲刈りの真っ最中。ある田んぼで、日焼けしたお母さんが、深くかがみこんで鎌を手にして一生懸命に一株一株稲を刈っていました。お父さんも一生懸命。でもお母さんは、稲を一束刈るごとに、なにか深刻そうな顔をしてぶつぶつとつぶやいているのです。    「どうして?」 雲は不思議に思って静かに田んぼへと舞い降りていきました。    「ああ、そうか。わかった!あのつぶやきは・・・・・半年前…

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核時代と子どもたち

「大亀ガウディの海」の物語を書き始めたのは学生時代の1970年頃のことです。この物語は台風のある日、大海亀との出会いから始まったのです。当時学生だった私は、当時東京の不忍池の湖畔にあった上野水族館に出かけました。台風の日の生き物は、とても自由でワイルドな感じに見えますね。外の自然を感じるからでしょう。水族館の中でその時、私は特別大きな水槽の中で飼われていた一匹の大きな海亀を見たのです。 しかしこれはどう考えても、海亀を見たというより海亀と出会ったと言う方が適切のような気がします。大亀は目に涙を浮かべているようで、しきりにもがき苦しんでいるように見えたのです。チラリと海亀の目と合ったとき、私はつい冗談半分に「大亀さん、いったいどうしました?どうしてそんなに苦しそうにもがいているのです?こんなに設備のいい水族館にいるのにね。私にできることがあったらなにかしてあげますが、どうしたらいいですか?」と呼びかけてみたのです。 私は言葉を発するのではなく、ただ目をまばたきさせながら大亀に尋ねてみたのですが、その瞬間、驚いたことに大亀の目が、電光石火のように輝やくと、すぐに答えたのです。「なにを馬鹿なことをぬかす。お前は自分自身だって助けられないくせに、他の動物を助けてやろうだと!馬鹿をいうな!おれの願いとは、ただもと住んでいた大自然の海へ帰りたいだけだ。早く本当の海へ帰りたい!ここから出してくれ!」と答えたのです。  「えぇー、水族館の外ですか?そうですか、それは困った。どうやって連れ…

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「コロナウイルス」とは何か?

「コロナウイルス」とは何か? 実はこれは人間という生き物に対する自然界のリベンジともいうべきものではないだろうか。言わば自然の復讐です。人間の歪でアンバランスな文明の発展によって、これまで自然のあらゆる生き物たちが人間によって追い詰められ無残にも殺され環境を破壊されてきたのですが、そのつけともいうべき自然の復讐が始まったと言えるのではないでしょうか?  4月8日の朝日新聞で、社会学者・大澤真幸さんは、  「ウイルス自体は文明の外からやってきた脅威ですが、それがここまで広がったのは、『グローバル資本主義』という社会システムが抱える負の側面、リスクが顕在化したからだと考えています」、「未知の感染症は野生動物が主な宿主です。世界中の原生林が伐採され、都市化された結果、野生動物との接触機会が増え、病原体をうつされるリスクも高まった。英国の環境学者ケイト・ジョーンズは『野生動物から人間への病気の感染は、人類の経済成長の隠れたコストだ』と指摘しています」、「新型コロナウイルスの深刻な特徴は、感染の広がるペースがあまりにも速いことです。2002~03年に中国南部から広がった重症急性呼吸器症候群(SARS)とはまるで違う。病原体自体の性質の違いもありますが、中国がグローバル資本主義を牽引(けんいん)し、国内外への人の移動が飛躍的に増えたことが確実に影響しています」と述べています。 その通りです。海を山や地を生き物を覆い尽くしていく人間の自然破壊・・・・。現在の爆発的なコロナウイルスによ…

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人生をたくましく作り出す「絵地図ワークショップ」の子どもたち

2019年3月6日ー3月8日まで、目黒区内の小学校で行った「絵地図ワークショップ」の子どもたちの感想文が70通送られてきました。全員で70名。これを読んで、私は感動の余り一晩中眠れなかったほどです。子どもたちの感性や考え方は素晴らしい!日本全国の崩壊しそうな学校やクラスで、絵地図ワークショップを是非行ってもらいたいですね。子どもたちに、いい環境とテーマをきちんと与えれば、彼らは次世代に向かって、思い切り自由に、創造的人生や社会を築いていくのはごく自然なのです。ああ、嬉しい!以下感想文を数通掲載します。 ー「いつもの授業ではできない、又いつもとはちがった新しい経験を卒業前にしてくださり有難うございます。今日学んだことを中学、高校、大学、大人、老人になってからも活かし続けていきたいなあと思いました。今回は考えたこともないことを考え、自由に楽しくできました。楽しかったのに想像力もまかなえることができるというものすごく最高の授業となりました。」 ー「私たちのグループは、もしドラえもんがいたら」というテーマにそって考えていきました。最初ドラえもんには、あまりデメリットは無いのではと思いましたが、考えてみるといろいろとデメリットはあるなと感じました。そこから一方の見方で見るのではなく、色々な方向で見ることが大切だと分かりました。私は他の人達の発表を聞いているときも、他の人達も色々な方向で見ているんだと感じました。このことが分かったのも絵地図のおかげです。」 ー「僕はグループで…

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正しき怒りと優しさをもて!

仏教ボランティアの現場から ー正しき怒りと優しさをもて シャンティ国際ボランティア会(SVA) 大菅俊幸氏のインタビューより 「在家佛教」2012年10月号 ●絵本学会での出会い  2011年6月12日、東京の大正大学で行われた絵本学会大会に参加した。受付を済ませると懐かしい顔が見える。田島伸二氏であった。かつてニュースレターのインタビューのために会って以来であるから、ほぼ十数年ぶりになるだろうか。お互いに東日本大震災の被災地から帰ってきたばかりで、挨拶もそこそこに田島氏は福島や岩手の話を、私は宮城の話を語ってとどまることがなかった。  田島氏は、現在、自ら立ち上げた「国際識字文化センター(ICLC)」の代表である。識字教育の専門家であり、寓話作家でもある。そして「ケアのための心理絵地図分析(PMA)」を開発した人としても知られている。現職に至る前は、長いこと識字教育の専門家としてユネスコ・JICA・NGOの仕事で、アジア、太平洋諸国、アフリカなどを回っている。  震災後の今読むべき本は何かと、お薦めの本を尋ねると、すかさず「これです」と言って鞄から取り出したのが、作・田島伸二氏、絵・A.ラマチャンドラン氏の『大亀ガウディの海』(ディンディガル・ベル刊)という絵本であった。だいぶ前に書かれた作品であるのに、その時まで存じあげなかったのだが、その後一読して、まさしく今多くの人々に読んでほしい本であると思った。 ●『大亀ガウディの海』  大都市の水族館を脱…

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2019年7月28日、中国西安で開催された出版記念での4冊の作品評価」

「田島伸二の児童文学作品」の新刊発表と西安ブックフェアでの読者会議の様子が、出版雑誌のネットに載っていました。これは中国語からの自動翻訳ですが、ご参考に掲載致します。ー2019/07/29出典:Publisher Magazine 2019年7月28日の午前、日本の作家である田島伸二の児童文学作品「大亀ガウディの海」、「ビックリ星の伝説」、「雲の語った物語」など28篇の新刊発表会が西安ブックフェア国際会議センターで開催されました。元報道、出版、ラジオ、映画、テレビの国家副局長、中国出版協会の副局長、シュ・シュウジ、児童文学の日本人作家である田島伸二、北京語言文化大学の著名な作家兼教授である梁X生、天津外国語大学准教授Haiqi Liuは、「田島伸二作品」の翻訳で、チャン・シャオホンは「子どもの文学開発のテーマ」、「子どもの文学作家の感情の作品」スタイルの特徴などについて話しました。中国と日本の子供たちの文学スタイルの類似点と相違点について議論し、子供たちの文学作品は素晴らしい感情と知恵で提唱されるべきと意見の一致をみました。山東省党委員会の出版管理部長であるZ子文、山東出版グループ委員会のメンバーであり、山東出版メディア株式会社の総支配人、著名な本デザイナーである陳ゼキシン、および山東教育出版社長のDong東傑が出席しました。 中国で最も著名な児童文学作家・北京大学教授の曹文軒氏は序文で次のように述べています。 「田島氏はユネスコ・アジア文化センター(ACCU)で23年間働い…

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知っていますか?「恩送り」・・・・・

知っていますか?「恩送り」・・・・・ 劇作家として有名な井上ひさし(1934-2010)は、不遇な幼時期を過ごした。井上は、幼い頃、父と死別し、義父の虐待を受ける子どもだった。貧しさのため母に手を引かれて児童擁護施設に預けられた井上は時々、不良少年と付き合い、中学生になると店で物を盗んだりもした。ある日、彼がある本屋で国語辞典を盗み、本屋のおばあさんに捕まった。おばあさんは「そんなことをすれば私たちはどうやって暮らせるのか」と言って、井上に裏庭にある薪を切らせた。 そのおばあさんは薪をすべて切った井上の手に、国語辞典とともに、辞典代を差し引いた日当を握らせた。「こうして働けば本を買える」。後に作家になった井上は文集で「そのおばあさんが私に誠実な人生を悟らせてくれた。いくら返しても返し切れない大きな恩」と回想した。彼は作家として有名になり、故郷の山形県川西村に自分の蔵書を寄贈して図書館をつくったほか、現地の農民を対象にした農業教室「生活者大学校」を設立した。 またその本屋があった岩手県一関市で生涯、同僚と一緒に無料文章講習を開いた。これを井上は「恩送り」といった。誰かから受けた恩を直接その人に返すのではなく、別の人に送る。そして恩を送られた人はまた別の人に恩を渡す、恩がぐるぐる回る世の中をつくろうという趣旨だった。 ー私はこの記事を読むたびにいつも感動の余り、涙が流れるのを覚えます。幼い井上ひさしと本屋のおばさんとの出会いー井上ひさしの幸せな人生は、このおばさんとの温…

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「外国人を驚かせた幕末日本人の子供好き」

「外国人を驚かせた幕末日本人の子供好き」 … 幕末維新期の日本に来た外国人が驚いたのは、日本人が子供を大切にすることだった。 現在でも若いカップルが結婚後の生活を思い描いて、「親子三人で『川の字』になって寝る」ことなどが挙げられる。幼い頃から子供が別室で過ごす欧米では、このような発想はあり得ないそうだ。 さて、明治10年に来日し、東京帝国大学で生物学を講じ、大森貝塚の発見で知られるモースは、維新期の日本人について、こう述べている。 「世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供の為に深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい。彼等は朝早く学校へ行くか、家庭にいて両親を、その家の家庭内の仕事で手伝うか、父親と一緒に職業をしたり、店番をしたりする。彼等は満足して幸福そうに働き、私は今迄に、すねている子や、身体的の刑罰は見たことがない。小さな子供を一人家へ置いていくようなことは決してない。彼等は母親か、より大きな子供の背中にくくりつけられて、とても愉快に乗り廻し、新鮮な空気を吸い、そして行われつつあるもののすべてを見物する。日本人は確かに児童問題を解決している。日本の子供ほど行儀がよくて親切な子供はいない。また、日本人の母親程、辛抱強く、愛情に富み、子供につくす母親はいない」 毎週のように陰惨な幼児虐待のニュースが報じられる日本とは、別の日本が当時はあったようだ。 また、英国の有名な旅行家のイザベラ・バードは…

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米国でのコロナウイルスの実態は全く報告されていない!インフルと思いきや米国は新型コロナウイルスであったようだ???

(米国でのコロナウイルスの実態は全く報告されていない!インフルと思いきや米国は新型コロナウイルスであったようだ?) https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000176900.html 米、韓国や伊への渡航中止勧告 米国内で初の死者も 2020年3月1日 06時55分 (東京新聞)  【ワシントン共同】トランプ米政権は2月29日の記者会見で、新型コロナウイルスによる肺炎(COVID19)が流行するイタリアや韓国の一部地域への渡航中止を勧告したと発表した。国務省はこれらの地域への渡航警戒レベルを4段階中最高の「渡航中止」(レベル4)に引き上げた。新型肺炎が急速に広がるイランからの入国拒否も発表。中国本土と同様、過去14日以内に滞在歴のある外国人が禁止対象となる。  トランプ大統領は西部ワシントン州で感染者が死亡したことも明かした。米国内で初の死者で、他にも感染経路が不明な市中感染とみられるケースが見つかった。

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未知のコロナ、政府がサンプル廃棄指示か 中国誌報道

未知のコロナ、政府がサンプル廃棄指示か 中国誌報道 2020年2月28日 20時31分 (朝日新聞)  独自の調査報道で知られる中国メディア「財新」は、昨年末、中国の複数の検査機関が未知のコロナウイルスの存在を確認しながら、中国政府が情報を公開しないよう命じていたと伝えた。感染が始まった当初に情報統制をしていた疑いを指摘するもので、ウイルスのサンプル廃棄も指示していたとしている。対応に当たった医師らへの取材や公開情報の分析に基づく記事は、2月26日にネット上で公開されたが、まもなく削除された。  記事によると、武漢市の病院で受診した患者のサンプルを調べた広東省の検査機関が、12月27日に未知のコロナウイルスの存在を確認。別の広東省の機関も12月30日、重症急性呼吸器症候群(SARS)に似た新しいウイルスの存在を病院側に伝えていたという。しかし、国家衛生健康委員会は1月3日、関係機関に「いかなる機関や個人も検査結果を外部に公開してはいけない」と通知。サンプルを保有する機関には、廃棄するか国が指定した機関に送るよう求めたという。同月1日、湖北省衛生健康委員会から電話で同様の指示を受けたとする検査機関職員の証言も伝えた。  中国では1月9日に新型ウイルスが検出されたことが初めて公表され、中国政府が世界保健機関(WHO)に遺伝子情報を伝えたのもその後だった。中国当局は、昨年末、SNSを通じてウイルス性肺炎の発生を警告した医師らを「デマを流した」として処分している。 https:/…

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これからの日韓の100年を夢見てー2019年の3・1運動100周年記念フォーラムに参加して」

昨年の今日の日記です。2019年2月27日 「さあ、明日から韓国のソウルへ行ってきます。これは記念する韓日中のフォーラムが韓国ソウルで開かれ、それに参加、発表することとなりました。私の題は:「絵本作家の目で見たアジアの中の日本」  現在、日韓関係は、最悪ともいえる状況が進行していますが、事態を表層的にではなく、本質的に真実を見極めたいと思っています。また詳しく報告します。ただいつも気になるのはー日本は歴史の中で、事実や真実を誠実に残していく文化を育てていないことです。政府自らが秘密裏に公文書の書き換えだって平気で行いますから、今回は、日韓関係を見つめ直す旅、そしてこれからの日本の100年のビジョン作りに向けてー韓国からいろいろ学んでこようと思います。 2019年2月28日のソウルの「韓日中市民フォーラム」で発表したイッシュー(討論会に向けて韓国語で翻訳・配布された) 「絵本作家の目から見たアジアの中の日本」 「皆さん、おはようございます。今年は朝鮮半島での三・一独立宣言が発表されてから100周年になる記念的な年です。こうした重要な集会に招請していただきまして、大変光栄に思っております。心から感謝申しあげます。今日のテーマ「 絵本作家の目から見たアジアの中の日本」について語るには、これまでの時代とはいったいなんであったのか?とりわけ日本の現代とはいかなる存在であるのか?そして私自身、アジア地域でこれまでどのように生きてきたのか、そしてこれからの時代、私たち日…

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2020年武漢市の李文亮医師と1951年長崎市の永井隆医師の最後の言葉

今月2020年2月6日、新型コロナウィルスによって34歳で死去した武漢市の李文亮医師の最後の言葉と、1951年に原爆後遺症で43歳で死去した長崎市の永井隆医師の言葉は極めて酷似しています。「私は去る」ー李文亮医師、「この子を残して」ー永井隆医師、というお二人の絶唱は、この世を去っていく無念さと悲しみに溢れています。心から哀悼の意を捧げます。 「私は去る」ー李文亮 医師 私は砂粒となる前に、故郷の黒土白雲のことが、また想い浮かんだ。子供の頃を何度想い返したことか。風は舞い降り、雪は真白だ。 生きられたら本当にいいのに。でも死ななければならない。もう二度と妻の瞼に触れることもできない。子供を連れて東湖の春の日の出を見ることもできない。両親を連れて武漢大学の桜を見ることもできない。白雲の深いところまで凧を揚げることもできない。 たまには、まだ生まれぬ子供の夢を見ることもある。彼もしくは彼女は、生まれるやいなや、大勢の人の中から私を探す。子供よ、ごめんなさい! 私には分かっている。あなたはただ、一人の平凡な父親だけを求めているということを。それなのに私は、いつのまにか平民の英雄になってしまった。  まもなく夜が明ける。私は去らないといけない。一枚の保証書を持って(李医師の病気を公傷にするという武漢市政府の証明書が出された)。これは、私のこの世で唯一の携帯品だ。 私を理解し、愛してくれた世間のあらゆる人々に感謝する。黎明の頃、私が山の丘を乗り越えるのを皆が待っているこ…

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山川異域、風月同天  日本の支援物資に添えられた言葉に中国人が感動

加油中国! 山川異域、風月同天 日本の支援物資に添えられた言葉に中国人が感動 japanese.china.org.cn |12. 02. 2020 ウイルスは無情だが、人には情がある。感染症の流行は一時的なものだが、友情はいつまでも続く。今回の新型肺炎の流行で、日本各界は積極的に中国を支援している。物資の援助に添えられた多くの昔の詩句は注目を集めた。中国人は日本からの迅速な援助に感動し、両国が築いた歴史文化が放つ独特な輝きにもっと感動している。  先日、日本漢語水平考試(HSK)事務局は2万枚のマスクと赤外線体温計を湖北省に寄付した。物資のダンボールのラベルには「山川異域、風月同天」(山川域を異にすれども、風月は天を同じとす)の言葉が記されていた。これを見た無数の中国のネットユーザーが「人類が同じ空気を吸い、運命を共にする温かい言葉」だと感動した。 山川異域、風月同天  1300年前、仏教を崇敬する日本の長屋王は1000枚の袈裟を作り、唐の僧侶に贈った。袈裟には「山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁」(山川域を異にすれども、風月は天を同じとす、 諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ)の4句が刺繍されていた。 その後、鑑真はこの偈に感動し、日本に渡り仏教を広めることを決めた。

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Presentation on ”Literary Literacy” in India

A literacy constructed through literature. In other words, as simply a tool of universal utility, the seed of literacy can through misguided objectives grow into an atomic weapon. Or, through incomplete understanding surrounding intended peaceful applications such as Nuclear Power Plants, it may become the progenitor of radiation capable of continuing to wreck nature in our planet for thousands or tens of thousands of years. I consider the power of literature to be a beacon to guide us back from wayward directions to a position focusing on human values. Literature leads us to experience in mind the possibilities for being more fully inspire…

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2月中旬に小学校のクラス会をやりたい。是非出席して!

突然の電話!それは故郷の広島の友人から・・「2月中旬に小学校のクラス会をやりたい。是非出席して!」。私はずっと故郷を離れて東京にいたのでよく知らなかったが、故郷ではクラス会はこれまでにたびたび開かれたことがあったという。これはよく知らなかったというより余り関心がなかったというべきだろう。ー35年前に行われた最初のクラス会-これには出席したことがあったが、その後はご無沙汰していた。その頃は小学校の恩師もまだご存命で、何人か出席されていた。今はどうだろうか?小学校時代-それは人生の基礎を作ってくれたなつかしい思い出の時間や幼な友だち。外国の友人が言ったことを思い出す。「誕生日が来ても、私は自分の歳は数えない!誕生日には、私の新しい友人がどれだけ増えたかを数える!」そうだな、それはとても大切なことだが、幼な友達や古い友達は、人生のかけがえのない存在。出来うる限り出席しよう!

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25歳のときの不思議な出会いが、私の人生を変えた!

    私は25歳のとき、三島市の竜沢寺という禅寺で、友人とともに実に不思議な1人の修行者に出会いました。初めは私はそのお寺で座禅でも組もうと思って、友人と一緒に行ったのですが、「夕方などにお寺に来るものは誰もいない。出直してこい!」と言われて、どうしようかと困っていたとき突然、寺の中から「おうよしよし、座るのは別に寺でなくてもいい。我が家へ来い」と言われて、60歳過ぎの一人の修行者のあとをついていったのでした。  そしてその人と一緒に朝まで酒をあびるほど飲んでいたとき、ある事件が起きて、明け方に突然「悟り」のような大きな世界を感得したのでした。もちろんお酒は禅寺で飲んだのではありません。禅寺のすぐそばにある彼の質素な農家で、<実は彼は禅の修行者でも僧侶でもありません>。知る人ぞ知る高村幸平さん、ただの修行者・百姓でしたが、私にとっては全く超人的な存在に見えました。また宗教者的な存在でもカルト的な存在でもなく、あえて言えば、彼から感じたのは「自然そのもの」の大きな人間存在を感じたのです。 そして同時に彼と対話しているうちに「人生や世界でわからないものが、なにもなくなったというような不思議な境地を体験し、この世にないような大きな感動を得た瞬間でもありました。不思議な出会いでした。そして同時に自分と社会に深く繋ぐ大きな使命感をも会得したのです。それはおそらく自分自身が、現実の生きざまにおいてぶつかっていた人生の壁をどうしても開けられず四苦八苦し、そして壁を飛び越えたり、地中に穴を掘ってト…

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日本の過去・現在・未来・・・・・・

憤怒!憤怒!憤怒!憤怒の安倍首相の言動! 年金受給開始ー75歳 (日本)        62歳 (フランス)  安倍首相は消費増税の時、「消費増税分は社会保障費にすべて充てる」と確約しましたが、なんという詐欺師の発言ー実際には2割も充てられていません。これはGPIF(年金積立金法人)が運用してきた年金預金を株式市場にぶちこみ過ぎて基金が全く消えてしまったからでしょうか?あるいは、この愚かで危険な首相の就任以来、海外に湯水のようにばら蒔いた30兆円という金額ーそれはすべて得体のしれないポンコツの米国製高額武器の購入や世界各国への経済援助などに-それは歴代ワーストNo.1 からでしょうか? しかも昨日(2020年1月20日)の安倍首相の「施政方針演説」では、「年金受給開始」をなんと「75歳」まで引き上げることを宣言しました!「75歳ですよ!男性の平均寿命が81.25歳という時代、年金を受け取り始めて死ぬまで「わずか6年」という短さーこれは完全に「社会保障制度や福祉国家制度の崩壊」を意味するものです。 さらには世論調査で「憲法改正」が反対多数にもかかわらず、憲法九条の改正を強力に呼びかけた日本会議の戦争主義者ーなぜそこまでして米国の植民地となって日本の若い自衛隊員を海外に派兵したいのか?もはやなにも思考できず・なにも想像できない日本社会の若者たちには、これからは地獄の扉が大きく開いて待っているのみです。 これら重大な視点を、今朝のマスコミはいずれもなぜか明確に記し…

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【招待状】ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。

【招待状】ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。 ここには先生の原点がありますね。涙がこぼれました。作為的だという意見も多々ありますが、先生は実際このような現実によくぶつかりますよね。これは作為的でも無作為的でも、先生というものの本質をよく表していると思います。ああ、今日はとてもいい記事を読みました。 ********************     【招待状】 ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。 その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、遅刻をしたり、居眠りをしたり、皆が手をあげて発表する中でも、一度も手を上げない少年がいた。 先生はどうしてもその少年を好きになれず、いつからかその少年を毛嫌いするようになった。 中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。 ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。 そこにはこう書いてあった。 「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来楽しみ」とある。 間違いだ。他の子に違いない。先生はそう思った。 二年生になると 「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。 三年生では 「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りをする」。 三年生の後半の記録には 「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、 四年生になると …

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全共闘運動が時代に求めたもの、遺したもの<ベトナム戦争終結の意味> 永遠なる全共闘

半世紀前、1968年頃、全共闘運動という学生運動が存在していた。全共闘運動は、当時まるで熱病のように全国の大学に波及し、「全共闘の学生でなければ学生にあらじ」といった感があった。 1968年のある秋の暮、当時、お茶の水駅のすぐ側にある中央大学の駿河台校舎の中庭で、ベトナム反戦のための「全共闘全国総決起集会」が開かれ、私もノンポリラジカルで、どこのセクトにも属さない自由な立場で集会に参加していた。林立する角材や赤白黒の色とりどりのヘルメットをかぶった全国からの学生に囲まれた壇上に、羽仁五郎という歴史家が招かれスピーチを始めた。全国から集った学生は、約5000名とも思われ、会場はものすごい熱気に包まれていた。そして名高いアジテーターである羽仁五郎の口から、どのような言葉がほとばしり、この熱気をさらに盛り上げてくれるか、学生たちは高揚感の中で彼の言葉を待った。これまでの弁士も、学生たちを熱血的に鼓舞していていたからである。 しかし彼は開口一番。「諸君!諸君のこの闘いはやがて、敗れるであろう!」と言ったのである。熱い言葉を待っていた学生たちは驚愕した。そしてその瞬間、驚きの声が会場を走った後にすぐに「ナンセンス!ナンセンス!ナンセンス!」というすさまじい怒号が羽仁五郎に向かって投げ付けられたのであった。「寝ぼけ老人、なにをしゃべっている!われわれが敗北だと?・・・お前はどこの党派に属しているのだ。これだけたくさんの学生が集った全国総決起集会で、そのような馬鹿な言葉をしゃべるのは許しがたい。けし…

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小学校卒業時「思い出ノート」に残された校長先生の言葉

書類の整理をしていたら、小学校の卒業時、校長先生が、私の思い出のノートにはなむけの言葉を書いて下さっていたのが見つかった。それを改めて読みかえしてみると、それは私を小学校の6年生というよりも、人間としての人格を認めたような実に格調高い言葉で書かれており、これを読んで大変驚き、大変感激もした。このような校長先生が地域にはおられたのだ。先生のこうした言葉にどれだけ私は励まされてきたことか・・・・・・・・」・ 生涯を清く 「われわれの一生は、二度と繰り返さないたった一回きりの一生だから、大事にしてよごさずに清く送りたい。男子の本懐としては、その上にできることなら、何かこの世にプラスして死にたいものだ。生がいに・・・純真なる田島君、元気でしっかりやってください。君の小学校の卒業を祝して 加場尚(ひさし)」と綴られてあった。 この加場先生という人は、地域では大変な尊敬を集めた教育者として知られていたが、私が忘れられないのは、この先生は、いつも早朝から1人で学校の脇の汚い溝川(どぶがわ)に入って、黙々と掃除をされている姿だった。それはとても校長先生という姿格好ではなかったので、誰もなんの挨拶もせずにみんな知らないふりをして通り過ぎていた。しかし、こども心には、「教育者とはどういう存在か」と心の奥深くで、いつも気にしていたような気がする。

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<口承伝承を活用した薬草による絵本作り>2006年ミャンマーにて

今日は、ミャンマーのシャン州タウンジにある第4高校を会場に2つのセッションと第1高校での会場では3つのセッションを行った。通訳がどこかの高校に教育長と一緒に行ったので、私は自由にのびのびと話ができたのは実によかった。通訳は実は、私の言動を逐一当局に通報しているから、私は少し警戒しているのだ。120人ばかり小学校教員が集まっている。 「ミンガラバー。こんにちわ。今日はみなさんは、一昨日、お願いしたように、近所に生えているシャン州の薬草やハーブについて、現物とともにたくさんの知識や情報を持ってきたと思いますが、それらの知識はあなたの両親や祖父母などが持っていたものですね。でも両親や祖父母たちも彼らの両親や祖父母から言い伝えで聞いてきており、そうやって考えていくと、こうした知識はシャン州では何百年も前から伝わってきたとも言える貴重な口承伝承なのです。ミャンマーには135の民族も住んでおり、実に口承伝承が豊かな地域です」と話を進めた。 「あるとき、私はパキスタンのカラーシャという地域で、3千もの言い伝えを知っているという老人の語り部に会ったことがあります。彼は嘆いていました。「このごろ若いものは誰も私のしゃべることに耳を傾けてくれない。みんなテレビに熱中して、若い者が老人の話を聞いてくれないんだ」と、いうのです。考えても見て下さい。もし彼が亡くなってしまうと、なんと3千にものぼる貴重な話がこの地上から消えてしまうのです。ですから、家族の中の年寄りや近所の物知りの人に耳を傾けましょう!彼らも若い…

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イラン戦争における米国の核使用に反対!

最も怖れていた事態がやってきました。事態は非常に深刻です。米国とイランの戦争では、初めは一進一退を繰り返してやがて膠着していきますが、戦火の思うように上げられないトランプ大統領は、すぐに核の使用をも検討するかもしれません。そして政治家としてはド素人のトランプ、大統領選を控えて間違いなく躊躇なく核を使っていくでしょう!それから先はもう想像したくもありません。大至急、この戦争をストップさせましょう!日本の役割は、戦争に参加することではありません。自衛隊を派遣することではありません!戦争における核使用を真っ先に立って反対することです。

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トランプ大統領の思想と行動には絶対反対です。

2020年の冒頭に、イランの革命防衛隊の司令官を無人機で殺害した米国のトランプ大統領の思想と行動には絶対反対です。今後、こうした広がりがどのように恐ろしく悲惨な結果をもたらすか、世界の暗黒の歴史はよく知っているからです。以前にも全く同じように真相の隠された9.11を発火点として始まったアフガン戦争、ありもしなかった大量破壊兵器から始まったイラク戦争、膨大な難民やIS(イスラム国)を生み出したシリア戦争などで世界は、次々と無限の人々の犠牲と涙で国土全体が焦土になっていきました。そして今イランを発火点とした世界戦争が始まろうとしています。「戦争ビジネス」のトランプの思惑と行動・・・・さらに恐ろしいことは、日本の安倍内閣が閣議だけで自衛隊の派遣を決定、そのために平和憲法九条をなし崩しにして歪で違法な法整備をやってきた安倍内閣。米軍の手下として日本の参戦をもたらす「自衛隊の中東派遣」には絶対反対です。だれがなんのために「世界大戦」を画策しているのですか?あなたは、これから始まろうとしているその悲惨な結果を想像できるのですか?もし想像出来たら、みんな立ち上がって反対の意思表示をしましょう!

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迎春 2020年

謹賀新年 明けましておめでとうございます。除夜の鐘がなっています。 2020年は、ずっとずっと先にあると思っていたのですが、あっという間に到来してしまいました。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。皆さまのご幸福とご健康をお祈り申し上げます。 内外には深刻な懸案がいくつも重なっていますが、今年中にはきちんと解決の道筋がつくようにと願っています。重要課題はすぐに解決できなくてもまず糸口をつけて、誠心誠意を込めて達成していく年にしたいものです。                      2020年 元旦

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想像力や創造力のない民族は滅びていきます

<想像力や創造力のない民族は滅びていきます> 私は2013年11月6日、福島県いわき市から小学校の元教頭の弟と彼の友人とレンタカーに乗って、原発から12キロ圏内の富岡町の商店街へやってきました。いわき市では、私は、3.11以来、被災者を対象とした4回の絵地図ワークショップ(精神的ケアー)を開催していますが、被災地をまだきちんと調査したことはありませんでした。 そのため今回は、富岡町など放射線量が非常に高い地域を訪れてみました。富岡町の多くの商店街は地震のときのまま壊れていて、誰一人姿を見かけません。原発のメルトダウンとともに全員が逃げ出したままとなっています。街はこのまま朽ちていくのでしょうか。通りを猪が歩いていました。1時間たっても道路には車もまったく通らず、完全な死の町となっていました。県立富岡高校へも行きました。紅葉は余りにも美しく、信号だけが点滅していました。また楢葉の広大な田園地帯が放射性汚染土の山となっていました。人間社会にとって進歩とはなにか考え込んでしまいました。 福島県双葉郡富岡町の商店街の風景は、人も車も一切見かけませんー道路を猪が一匹歩いていました。県立富岡高校前や富岡駅などの道路上で図った放射線量は、2.5マイクロシーベルト、草むらで4マイクロシーベルト。人が住めない高線量です。因みに2010年の富岡町の人口は1万6千人でした。 2013年11月7日、福島県の楢葉(ならは)で、国が実施している除染によって生じた土、枝、刈り取った草などの膨大な…

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日本の平和憲法九条についてー国会前でスピーチするシカゴ大学名誉教授ノーマ・フィールドさん

2015年11月19日、シカゴ大学名誉教授ノーマ・フィールドさん は「戦争法廃止」国会前大集会で、日本国憲法九条の重要さについて熱弁を振るわれました。珠玉のスピーチです。「平和憲法九条をいったん手放すと取り返しがつかなくなります。日本の「平和憲法九条」は、アメリカ社会にもない「人類の希望」を体現しているものです。絶体に手放すべきではありません」日米両社会に生きたノーマ・フィールドさんの「憲法九条」についての渾身の訴え https://www.youtube.com/watch?v=f8fmfzAnjDA

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中学生を対象の「私の人生マップ」という絵地図分析

中学生というのは、人生の中で最も多くのことを夢見ながらも、最も敏感な感覚と苦しみの変化の中に生きている世代です。私はこうした中学生や小学生を対象に、これまで「私の人生マップ」という絵地図分析ワークショップを数多く行ってきました。 すると絵地図によって、人生を言葉と絵や地図で可視化することの楽しさや喜びが表現されーそしていろいろな悩みを喜びに変えながら、たくましく生きていける実際的な知恵やスキルを獲得することが可能になってきます。これが絵地図の最大の目的で、どんなに深刻でも、複雑でも必ず道があるということを実現する方法です。 東京都内の参加者の中学1年生からたくさんの感想をいただきました。その一部をご紹介します。 〇 人生マップの作成というのは、今までにない体験で、私はこれからの人生、こういう事があるだろう、あるといいなあということを書きましたが、一度書き始めるとどんどん夢が広がって、時間があればそれこそ何十枚でも書いていたと思います。そして本物の地図らしく、道に沿って、その書いたことが実現するだろうという順番に並べてはっていって、苦難するだろうというところには、岩や山を書いたりして工夫していったら、どんどん新しいアイデアが出てきて、とても楽しかったです。作り終わってみると、5年後、10年後にこれを見て。どんなことを考えるのかなあと想像するのも楽しかったです。 〇「人生マップ」を作ってみて、自分のことを表現する方法はたくさんあるんだとわかってとてもよかった…

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放射能の汚染処理水の海洋放出を絶対に許さない!!政府の政策は信用できません!

福島第1汚染処理水「海洋放出」「大気放出」「海洋・大気の併用」 政府が3案 2019年12月23日(毎日新聞)  政府は23日、東京電力福島第1原発でタンクにためられている汚染処理水について、これまで示されていた6案から「海洋放出」「蒸発させ大気放出」「海洋、大気放出の併用」の3案に絞ることを有識者小委員会に提案した。3案以外は、法律の規制や技術の面などで課題が多いという。処分の開始時期については踏み込まず「政府が責任をもって決定する」とした。 「これは絶対に許されません!」 「この提案は、日本国民は絶対に容認しません!」 ************************** 福島第一原発の溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しの作業スペースなどを確保する必要があるとして、2018年7月13日、政府の小委員会は汚染水タンク680基を将来撤去する方向の案を了承した。現時点だと効率的に大量のトリチウムを除去する技術は無い。そのため汚染水タンクの中身は大半が放射性物質トリチウムを含んだ水でを海へ流してしまうと言う。 海洋放出する原発放射能汚染水タンクの総数は2018年当時約680基、汚染水の貯蔵量は約89万5千トン。しかし2019年10月現在は膨れ上がった1000基のタンクー約100万トンです。東電が、これらタンクの放射能汚染水を本格的に海洋に捨て始めると、いくら広いと言っても太平洋は間違いなく死んでいきますね。絶対に反対です。太平洋諸国を初め、全世界へ訴えましょ…

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いろいろの人生や世界を語った10篇のノンフィクション

1. お母さんのカマボコ http://tajimaiclc.at.webry.info/201205/article_17.html 2.軍事政権下のミャンマーで推進した基礎教育改善のための民主的プログラム ミャンマーに春が来るか。(2006年) http://tajimashinji.at.webry.info/201211/article_1.html 3. パキスタンで舞台化されたコンキチー http://d.hatena.ne.jp/iclc2008/20130203/1359908717 4.(歴史の授業)僕の先生は軍曹だった。 http://tajimaiclc.at.webry.info/201305/article_1.html 5. この世界に正しき怒りと優しさを! http://tajimaiclc.at.webry.info/201302/article_4.html 6. パキスタンの子どもたちと識字教育の未来 http://tajimashinji.at.webry.info/201301/article_2.html 7.識字率とは、そして世界の非識字者数とは、なんですか? http://tajimaiclc.at.webry.info/200609/article_3.html 8. 日本はなぜ戦争をしたのか?人間はなぜ戦争をするのか? http://tajimaiclc.at.w…

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「南京大虐殺80カ年 2017年証言を聞く東京集会」に出席しました。

2017年12月13日(水)水道橋で、「ノーモア南京の会」の主催する「南京大虐殺80カ年 2017年証言を聞く東京集会」ー「過去に目を閉ざせば、未来は語れない」に出席しました。 中国の南京から(陸玲(ルーリン)さん、孟国祥(モン グォシャン)さんのお二人が出席、体験談や審判などについて貴重な証言をされました。すべてが生の感動、出席してとても良かったです。陸玲さんは、「80年前、骨まで刻まれた屈辱の歴史を決して忘れないー母李秀英が南京大虐殺中に受けた被害」、孟国祥さんは、「南京大虐殺に関するさまざまな審判」について証言されました。また主催者でもある田中浩さんは、中国では広く知られている東史郎(あずましろう)南京事件裁判のことを詳細に報告されました。東さんのことを私は初めて知りましたが、日本の兵士の中に、東史郎さんのような素晴らしい方がおられたのは、嬉しい限りです。 日本では知る人は少ないのですが、東史郎裁判とは、 1987年に出版された東さんの従軍日記中に「南京占領下の上官の残虐事件」について 「中国人を袋に入れ、ガソリンをかけて燃やし、 袋の紐に手榴弾を結び付け沼に放り込み手榴弾を爆発させた」という記述に対し、 彼の上官が東さんを名誉毀損を理由で提訴したという裁判です。最高裁では、東日記の記述は客観的証拠がないと判定し、東さんは敗訴、損害賠償を命じられたものですが、この最高裁の判定そのものは大変間違っており、真実ではないと思いますね。 http://www.jca.apc.o…

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ミャンマーで虹をつくる授業をやってみました。

ある日私は、ミャンマーの山奥にある小学校の教室の天井に、「虹」を映し出してみました。それは教師から借りた手鏡をバケツの水の中に入れて、朝の太陽の光を反射させるだけのもの。しかし子どもたちの驚きようはなかった、見て下さい。 彼らの表情を!そのあとの授業からは、子どもたちは自分で自分の虹を作ろうと必死になりました。そしてみんな科学が好きになっていったのです。そして、子どもたちは、なぜ雨上がりの日に谷間に虹がかかるかを知ったのです。これは、私がミャンマーで行っていた100レッスンの中の科学実験のひとつ。私は、新しい授業を作るのにもう夢中になって、子どもたちや先生たちと向き合ったのでした。2005年のことです。

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どのように生きるか?核時代の子どもたち

7年前、目黒区で開かれた講演会「どのように生きるか?核時代の子どもたち」のテーマは、大変難しいものでした。これは現在、日本と日本人が直面している最も難しいテーマなのですから。しかし私たちは、この課題に果敢に挑戦し続けなければなりません。それ以外に私たちの生きる道はありませんから・・・・・・この中で私の強調した点は、核時代における事実や真実を知ることの重大性ーとりわけ次世代の子どもたちに私たちの体験をきちんと継承していくことの重大さでした。  私たちは、1945年広島や長崎で、深刻な被ばく体験をしたにも拘わらず、その教訓は全く生かされず、今日の福島原発の事故にも深くつながってきています。もっとも戦後の70年間は、肥田舜太郎氏の発言の通り、「原爆体験や原爆患者に関する一切の記録は残してはいけない。治療してもいけない」というような米軍による緘口令が厳重に敷かれていたのですから。 また日本人は、非情なる戦争体験をたくさん経験してきたにも拘わらず、その体験を次世代にきちんと継承することを行ってきませんでした。これは戦後、ほとんどの家庭でそうでした。なぜ戦争体験を、息子や娘や孫たちに語ってこなかったのかーそのつけが今、われわれの時代を直撃しているのです。歴史の中で体験したことー特に異民族を踏み続けてきたことは、踏まれたこと以上に継承させておかねばなりません。しかし戦争で体験したことは、余りにも恐ろしく酷い体験だったので家族に向っては口を完全に閉ざしたのです。人間はいつかは忘れる動物です。人…

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人間の「言葉と手」を進化させるヒューマン・リテラシ―

1998年5月、私はパキスタンのパンジャブ州の農村地域で寺子屋学校を二百校設立する式典に出席した時、教育大臣の口から次のような祝辞を聞いた。 「今日、我が国には10数人のカディール・ハーン博士のような科学者が存在している。彼らの努力によって今日、我々は素晴らしい科学技術を達成することができたが、識字教育とはこのような科学技術の発展に大きく貢献するものである。学校がますます増えることによって、我が国の核開発がますます進展していくことを希望する。云々」私はこれを聞き怒りが込み上げてきた。 カディール・ハーン氏とはパキスタンの原爆開発の父とも言われる有名な科学者である。もし識字が核開発のような目的のために使われるものならば、その識字は完全に間違っている。」そして、咄嗟に私はその為政者が発言した識字に関し、ヒューマン・リテラシーという新しい概念を考えついた。 「識字は哲学や方向性を持たなければならない。識字とはただ単に読み書き計算ができるかどうかの技術能力の問題ではなく、豊かな人間性を有し、普遍的な目的や内容をめざすものでなくてはならない。人を不幸にし、人を殺す識字がこれまでの歴史でどれだけ推進されてきたことか、そして現在もまたそれは続いている。文字によって表現される知識や技術は、人間のありかた全体に真摯なる責任をもたなければならない。識字とは人を生かし、争いをなくし、人間同士が信頼できる世界をつくるためにこそ存在する。」  そう考えて、ひるがえって日本の現実を考えるとき、今の…

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