まるで坂道を転がるような勢いで、軍事的に拡大の一途をたどっている日本

まるで坂道を転がるような勢いで、日本は、軍事的に拡大の一途をたどっています。 この安倍政権を一刻も早く退陣させないと、この狂気はこれまで日本が築いてきたすべての重要な価値や生活―平和とか環境とかすべてぶち壊してしまいます。その根元には、秘密法案が存在するので、これも一刻も早く廃案にする必要があります。 また 政府は、「国家安全保障戦略」に、新たに「防衛装備品の活用による平和貢献・国際協力に一層積極的に関与する」と明記するそうです。日本のこれからの平和貢献とか国際協力においては「、鉄砲や潜水艦などの兵器開発」が主要な産業になっていくのでしょうか?!断じて許せません。また今朝の新聞によれば、新たに「共謀罪も成立させようとしています。 日本のくにのかたちが、すでに燃え始めているのです。大きく変化しているのです。 安保戦略「国際貢献に一層関与」 武器輸出推進を明記 2013年12月11日 政府は10日、武器輸出三原則に基づく禁輸政策の見直しに伴い、外交・安全保障政策の包括的な指針として策定する「国家安全保障戦略」に新たに「防衛装備品の活用による平和貢献・国際協力に一層積極的に関与する」と明記する方針を固めた。防衛産業の育成にもつなげる狙いだ。政府関係者が明らかにした。与党内調整がずれ込んだため、17日に閣議決定される方向だ。 戦略は、戦闘機など防衛装備品の高性能化と開発費の高騰に対応するために国際共同開発が主流になっているとして、「共同開発や生産を推進する…

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アフガンへの軍隊の増派よりも、ハードからソフトへの転換を行え!

アメリカのオバマ大統領が、近いうちに決定するアフガニスタンへの3万4千名の増派は、一時的にはアフガニスタンの状況を好転させるかもしれないが、しかし長期的にはベトナム戦争と全く同じ泥沼状態を作り、やがてアメリカ社会が崩壊しグローバルな影響力をすべて失っていく端緒となっていくのではないか。 かってソ連がアフガニスタンへ泥沼的な介入を図って、敗北を余儀なくされ、やがて内部の諸矛盾からソ連体制が崩壊をたどっていったように、アフガン戦争とは、実はアメリカの体制の中にある諸矛盾や諸問題を解決するためにこそ戦争遂行を継続しているのであって、アフガニスタン自体の問題を解決するためでは決してない。これが存在するために、戦争が100年戦争と呼ばれる所以である。 表面的には、9.11に発したテロの根絶を名目としているかもしれないが、これはベトナム戦争時の共産主義の脅威によるドミノ理論(1国が共産主義化すれば、近隣諸国もすべて共産化するという駒倒れの発想)と全く同じ発想である。テロの壊滅は、アフガニスタンの人々自身の手によって、解決されなければ、腐敗や虚偽を内実とするアフガニスタンの現政権には、なんの解決能力も育てないだろう。その自力更生を見極めるためにも、アメリカは今、全面撤退をすることが、長期的にはアフガニスタンの自立への力をつけることになるのではないか。 「柔よく剛を制する政策」、それは「力よりもソフトパワー」こそが、望まれるのであるが、アメリカはこれまでにすべ…

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100年戦争となるアフガニスタンでの戦争のゆくへ

21世紀の運命を決する戦争が続いている恐ろしい時代だ。それはアフガニスタンやイラク、パキスタンで続いている戦争のことを意味するが、これが長引くと思わぬところに飛び火していく。それが現代の最も恐ろしいところだ。奈落のどん底へ落ちていくときには、だれもそれが全くわからずにただ進んでいくものだ。今の時代は、まさにそうした破局に向かった時期を生きている。 アフガニスタンでの戦争は、「力に対しては力で」という従来からの平和への戦略を大きく変えなければならない。武力だけで達成できるものは、全体の2割、あとの8割は、人々の交渉力やコミュニケーション力を作り出していかねばならない。要するに新しい識字教育が必要とされているのだ。アフガニスタンで文字の読み書きできる層は、わずかに10-30%である。女性は地域によっては5%ぐらいのところもある。こうした中で、必要なのはイスラム勢力との徹底した対話を作り出して、新しい識字教育を作ら出していかねばならない。それは子どもの教育だけでなく、一般の大人まで、ファンクショナリテイをもった実際的な教育を作り出していくものでないといけない。 その重要性を知って、実現できる団体は世界には存在いない。それはごくわずかではあるがICLCが実践してきたことだ。 アフガニスタンやパキスタンでの戦争は、結局のところは「文明の衝突」の変化した姿にすぎない。文明の衝突とは、端的に言えば宗教のにくしみの争いである。一面ではその顔を見せながらも、利権の徹底した衝突である。キリスト教文明…

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Crying boy from Afghanistn

Under a Clear Blue Sky Cloud rolled in from somewhere and began to speak. ‘A few years ago I was floating lazily in the sky above Afghanistan. Mountains jutted up from the plains there below me, and squeezed in between two of them was a tiny schoolhouse with a small playground. In the corner of the playground a small figure was kneeling. It was a boy of about ten years of age, and as I dropped down lower to find out what he might be doing, I could see and hear that he was praying. Yes, and he was facing to the southwest, in the direction of Mecca. ‘ “Oh, God, please hear my prayer! Let the fighting end soon, let my two brothers come home …

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歴史はどのように教えるか? 「私の先生は「首切り軍曹だった」

中国山脈の山懐での思い出である。私が在籍した中学校には屋内体育館がなかったので、雨天の体操の時間には通常の教室での自由時間に振替えられた。振り替えの授業は楽しかった。自由時間だったからだ。 体操の担任教師の名前は「グンソー」といった。それは彼が兵隊にいたとき、「軍曹」の階級にあったからだ。彼の本名を呼ぶ者は誰もいなかった。彼は体操の振り替え時間には決まって、戦争の体験談を生徒たちに話して聞かせた。だからいつの間にか、彼は「グンソー」という呼び名になってしまったのだが、彼は戦争での経験をまるで手柄話のように語った。 グンソーの話は、戦争の真実を生徒たちに伝えたい思いもあるようには見えたが、それよりも、好奇心が強く血気盛んな中学校2年生ぐらいの男子生徒たちに、自分が戦争の中でいかに勇ましかったかを話したかったように思えた。今になってみると彼は戦争の話をしながらも、いろいろの思いを生徒たちに伝えたかったのかも知れない。しかし彼が亡くなってしまった今となってはよくわからない。彼が話したのは、平和を作っていく話よりも戦争をする話の方がはるかに多かった。それはそうだろう。職業軍人だったからである。 グンソーは肌黒く、みるからに目玉も大きくいかつい顔をしていたので、生徒たちは、彼がいったいどのように勇ましい戦争をやってきたか、興味はつきなかった。僕たち中学生は夢中になって耳を傾けた。・・・・・ ー今日は雨降りだ。生徒たちは、グンソーが教室に入ってくると、まるで教室が割れんばかりの大きな声…

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Literacy needs to be attended by a philosophy

In May of 1998, I attended a ceremony to celebrate the opening of 200 non-formal schools in a rural area of Punjab state,Palistan. The Minister of Education offered the following congratulatory comments. "Today in our nation there are a dozen or so scientists like Dr. Kadil Khan who by their supreme efforts have accomplished great technological advances. Literacy education makes possible such great developments in scientific technology. As the number of schools increases, we can look forward to ever greater advances in nuclear technology." What I was hearing filled me with uneasiness, even anger. Dr. Kadil Khan is lauded as the fath…

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歴史を忘れないのは憎しみを維持するためではない。今の幸せな生活の大切さを深く感じるため・・・・・・・

朝日新聞によると、旧日本軍が中国東北部の撫順近郊で多数の住民を虐殺したとされる「平頂山事件」から75周年を迎えた2007年10月16日、事件現場に建てられた記念碑前に両国の市民ら約2000人が集まり、追悼式典が開かれたという。 周忠軒・撫順市委員会書記は式典で「歴史を忘れないのは憎しみを維持するためではない。今の幸せな生活の大切さを深く感じるためだ」と訴えたという。これは なんという含蓄のある言葉であろうか?歴史を知ろうとするものの最も誠実な態度というべきではないだろうか? こういう態度で歴史に向き合っている中国に比べ、日本人の多くは、歴史の真実を必死になって無視しようとしたり、忘れたりしようとしている。これはよその国に対してだけではない。自国民にも同じような立場を貫いている。 ウイキペディアによると、「平頂山事件」の誘因となったのは、1932年9月15日の反満抗日ゲリラ「遼寧民衆自衛軍」による、撫順炭鉱襲撃である。この背景には、満州国の建国宣言(1932年3月1日)以来活発化していた、反満抗日運動の存在がある。この襲撃で、日本側は、炭鉱所所長含む死者5名、負傷者6名、総額21万8,125円の被害を受けたと伝えられる。 撫順守備隊は、襲撃事件の報復として、平頂山集落がゲリラと通じていたとの判断の下に集落を包囲、掃討を行なった。掃討の方法は、平頂山部落の、その時部落にいたほぼ全住民(女性・子供・赤ん坊を含む)を集めて機関銃を掃射し、それでも死ななかったものを銃剣で刺し、殺害した死…

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Nature destroyer destroys the human beings

One day around in 2003, I just could not believe what I had heard, when I first learned that the huge Banyan tree got burnt and perished. I thought it was a mistake and such a thing would never ever happen. I somehow thought that particularly this gigantic Banyan tree which was also called as Buddha tree will live forever there. During the time when I lived in Sector E/7 of Islamabad city since 1997 for three and half years, this Big Banyan tree in the woods nearby had become the very support of our souls and spirit. This sense of deep reverence towards the gigantic Banyan tree and the nature behind comes out of respect for …

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「2020年までアジアをいかにして正しい方向に導くか」の危険な米国レポートとは?

「核時代」A. A.Ramachandran画 ご存知ですか? 「アジアをいかにして正しい方向に導くか?」というアーミテージ元国務副長官ら米国の超党派のアジア専門家たちによるアジア戦略と政策提言をまとめた「アーミテージ・リポート2」が2月16日各種の新聞などで公表されました。歴史はいつもこうした動きから作られていくんですね。 今回のレポートの特徴は「中国やインドの台頭など新たな動きに対応するため、「日米同盟を米国のアジア戦略の中核に置かなければならない」と同盟の強化を主張し、日本に対しては安全保障面での政策に対する自己規制の解除を求めています。そして: (1)効果的な決定が下せるような政府組織の強化 (2)同盟関係の抑制要因を論議する平和憲法の改正論議の促進 (3)自衛隊の海外展開を容易にできるような恒久法の制定 (4)防衛予算の増額 (5)国連安保理常任理事国入りの5点を挙げている。 さらに安保分野での同盟強化策としては、 〈1〉武器輸出3原則のさらなる緩和 〈2〉ミサイル防衛の予算特別枠創設 〈3〉F22、F35など新型ステルス戦闘機の導入 〈4〉米太平洋軍司令部に防衛駐在官、統合幕僚監部に米軍代表がそれぞれ常駐など    10項目を提言、集団的自衛権行使に向けた憲法改正、自衛隊海外派遣の恒久法    制定なども勧告しています。  考えてみれば、いずれの項目も日本政府が、現在行っている政策(または現在行おうとしている政策)と全く同じ。つまり…

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雨の日の「グンソー」の話

広島県は中国山脈の山懐での思い出である。私が中学生の時の話だったから、もう何十年も前のことになる。その頃、私の在籍した中学校には屋内体育館がなかったので、雨天の体操の時間には通常の教室での自由時間に振替えられた。振り替えの授業は楽しかった。なにを勉強してもいい自由時間だったからだ。体操の担任教師の名前は「グンソー」といった。それは彼が兵隊にいたとき、「軍曹」の階級にあったからだ。彼の本名を呼ぶ者は誰もいなかった。彼は体操の振り替え時間には決まって、戦争の体験談を生徒たちに話して聞かせた。だからいつの間にか、彼は「グンソー」という呼び名になってしまったのだが、彼は戦争での経験をまるで手柄話のように語った。 グンソーの話から、戦争の真実を生徒たちに伝えたい思いもあるようには見えたが、それよりも、好奇心が強く血気盛んな中学校2年生ぐらいの男子生徒たちに、自分が戦争の中でいかに勇ましかったかをおもしろく話したかったように思えた。今になってみると彼は戦争の話をしながらも、いろいろのことを生徒たちに伝えたかったのかも知れない。しかし彼が亡くなってしまった今となってはよくわからない。彼が話したのは、平和を作る話よりも戦争をする話の方がはるかに多かった。戦争そのものについてであった。グンソーは肌黒く、みるからに目玉も大きくいかつい顔をしていたので、生徒たちは、彼がいったいどのように勇ましい戦争をやってきたか、興味はつきなかった。僕たち中学生は夢中になって耳を傾けた。・・・・・ ー今日は雨降りだ。生…

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100年戦争が始まっている!これは誰も知らないことだが・・・・

100年戦争がすでに始まっている。これは大きな戦争になる始まりである。しかしこれは誰も知らない。いつも時代は小さな綻びから大きな破綻へとつながっていくのだ。イラク戦争も小さな内戦のように見えるが、これから始まるイラク、レバノンなど中東を中心として、その先にあるイラン戦争などは明らかに100年戦争の始まりを呈している。なぜなら、こうした領土と宗教のからんだ戦争の終結方法を誰一人として具体的に答えられないからだ。つまり、戦争の継続や拡大の要因は無数にあるのに、それを終結できる知恵や戦略はどこにも見つからないからだ。領土と宗教の軋轢はパレスチナの課題がかかえているすべてだ。人間のモノとココロの二つが軋むとき、歴史も人間も多大の血を流して無限の苦しみの中で軋むのである。 イスラエルはアメリカ政府や財界をバックに、パレスチナの地にユダヤ王国を確固として打ちたてようとするのであろうが、そのためどれだけおびただしいパレスチナの人々が住む地を失い世界が悲しみの中をのたうちまわるようになることか!自らの栄華と繁栄のためだけ追い求めるものは、歴史の中で必ずや滅亡の際まで追いやられていくのである。いずれの地であっても特定の人間のものではない。それは自然から人間に等しく与えられた地であり、約束の地である。エルサレムの地にしても、なぜ人類の共有の地になれないのか?ここに人間のエゴのすべての原点と原罪の始まりが存在するのである。 そして、人間にとって、エネルギーと兵器開発経済と宗教における軋轢ほど恐ろしいもの…

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[原爆をテーマとした環境絵本を贈る」-2005年8月6日ヒロシマ被爆60周年世界平和大会

  「大亀ガウディの海 Gaudi’s Ocean」の贈呈 2005年8月6日、ヒロシマ被爆60周年世界平和大会に出席した内外の代表者の皆様へ, この絵本は、広島や長崎で起きた人類の悲劇を繰り返さないために核廃絶の願いを込めて、21世紀の世界の子どもたちに向けて、日本・インド・アメリカ・韓国・中国などの作家・画家・翻訳者・出版社など国境を越えて協力し共同出版したものです。  核のない21世紀の世界を求め、作家と絵本作家など5カ国の友人が共同出版した初めての絵本で、広島の原爆投下や太平洋での水爆実験など環境問題をを自然界に住む大亀の目から捉えて書き上げたものです。これは今日の地球環境問題をも交えて鋭く描きだした作品で、1995年には南太平洋でのフランスの核実験に抗議してシラク大統領にも送られました。 この物語は日本語版をもとに、アジア地域ではすでにイラン、インドネシア、韓国、マレーシア、ラオス、パキスタン、タイ、ベトナムなど14カ国の14言語でも翻訳出版されており、2001年にはドイツのベルリンで開催された第一回国際文学祭やアフリカ文学祭において紹介され大きな反響を呼びました。 この絵本は原爆画家として知られている丸木位里・俊氏の友人で、インド画家の最高峰であるA・ラマチャンドラン氏によって60枚のイラストが描かれて絵本となりました。原文の日本語から英語への翻訳は、アメリカの音楽家で翻訳者のT.Mホッフマン氏、3言語の印刷出版は韓国のデザイナーカン・ウー・ヒョン氏、CD版のア…

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イランへの限定的な核攻撃は時間の問題!

下記の文章は、一昨年に書いたものだが、それからほぼ1年過ぎた2007年2月、イランへの攻撃はいよいよ現実味を帯び秒読みになってきた。イラン攻撃以外の選択はありえない形で米国による時間と歴史が進行している。これは巨大な蜂の巣を外から砲撃するようなもので、そのあと無数の蜂が舞い出てくることを考えていない。戦争の世紀が始まっている。 「世界は今、実に難しい局面に立たされている。絶対絶命の状況です。そうは思いませんか? というよりも世界の政治指導者たちは愚かにも、人間を実に難しい局面に追い込んでいっているのだ。「窮鼠、人を噛む」という諺のように、追い詰められたブッシュ政権とイランの指導者のどちらも、国民を前にした2匹の鼠であり、絶体絶命の打開策を苦し紛れに実行に移した場合には、世界は正しく21世紀の崩壊の始まりを見ることになるだろう。船はその破滅の方向性に進んでいる。「歴史上で、核支配を許さぬために核攻撃というような馬鹿なことなど絶対にしない。」・・・というような楽観的な予想はことごとく外れるだろう。人間の実態については決して、楽観的ではありえないのだ。これまで何度も人類が歴史上で直面したような絶体絶命の状況が今、足音高く近づいている。人間の存在にもっと厳しい眼を向けなければならない。人間というよりも、政治の指導者たちは信じられないほど<愚かな動物なのである。船が沈没するときは、初めはゆっくりゆっくり沈んでいくけれど、ある時期がやってくると一挙に船底を大きく見せ沈没するのだから。結局21世…

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混迷と停滞を続ける日本の政治

なにがなんだかわからない・・・・ 永田町では、永田問題に明け暮れて、4点セットなど目もくれず、予算審議では深刻な討議もなしに絶対多数で通過させていく。これがなにをもたらすか、必ずそのしっぺ返しがやってくる。  日本の政治力学のシーソーゲームは、とてもゲームとは呼べない。自民党という片方が余りにも重すぎて、野党の片方は余りにも軽すぎて、まるでシーソーにならないのだ。みんな白けてそれを見ながら駄洒落を言っている。バタンと1回大きな音をたてて、自民党の片方のシーソーが地について時々それが軽くなると、公明党が忍び寄ってきてその上に一緒に乗っかっている情けない歴史。自民党が居座ると、すると野党のシーソーは、空中に舞い上がったまま手足をバタバタさせるばかりで、具体的なパンチもなくて、大空から地に着かずに早や半世紀以上が過ぎたのである。  つまるところ賢い知恵に裏づけされた戦略がないんだよ。小手先の戦術ばかりを見せながらぬくぬくと生きてきた野党とはいったいなんだろうかね。つまり未来に関する青写真がないんだね。西欧社会ではベルリンの壁を壊すぐらいだから、必死な歴史のなかを生きてきたというのに・・・・戦国時代ならば、日本の指導者はすべて切腹か、打ち首だよ。だれかが、織田信長のような格好をしているが、とてもとても・・・ああ!もう言葉がない。デモクラシーとはシーソーゲームでドッタンバッタンやりながら、みんなにとって普遍的な価値を育んでいくことを言うのだがね。 この1990年から2000年にかけて、かれらは空白…

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なぜ?「第9条の世界会議」の開催?

はい。それはですね。本日の朝日新聞の記事によると、「アジアのNGOが、「日本国憲法第9条の世界会議」を提案(2006年03月06日)したそうだ。これは国連のアナン事務総長の呼びかけに応え、平和構築に取り組むNGO「武力紛争防止のためのグローバル・パートナーシップ」(GPPAC)東北アジア地域協議が3月5日、今後5年間の行動計画などを採択したもので、それによると日本国憲法第9条を「東北アジアの紛争予防装置」と位置づけ、日本国内での改憲の動きに対抗して08年に「9条世界会議」を開くことを提案したもの。アジアのNGO同士がインターネットで情報交換と対話を進める「オンライン・フォーラム」の創設にも合意したもの。GPPAC代表は6日、ソウルで東アジアの各国政府代表らに面会し、行動計画への協力を要請する。」というものである。    こうした地についた具体的な行動こそが、東北アジアの21世紀の平和を確固としたものにしていくと思う。しかし、こうした戦略と内容は、だれにもわかりやすく、そうそう・・・だれにも参加できるようオープンに開かれた形で形成されていくことが必要ではないか。

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なぜアフリカから未来がなくなったのか?なぜアフリカは悲劇の大陸となっているのか?

アフリカの悲惨な実態はどこから来るのか?だれがこの悲惨さを作り出したのか?同じ地球上に住む人間として、アフリカの人々の悲惨さは見るに耐えられない。2年前、南アフリカを訪問したときのことを思い出しながら、私はこれから詳細に書いていきたい。そこはダーバンという都市のスラム地域で、国民の10%以上の人々が冒されているというエイズの実態にも接したが、それは悲惨極まるものであった。先住民のズールー民族は森の奥地に追いやられ、広大な農地はすべて白人系の大地主のものだった。そしてまた紛争の続くアフリカに、ヨーロッパ各国から、飛行機にて無数の最新鋭の武器が運ばれていく。そしてばら撒かれる。紛争を激化させ、ますます拡大することを推進する武器商人。かれらのヨーロッパへの帰りの便には、アフリカの無数の魚や食料や資源などが満載され帰っていく。ヨーロッパとは、アフリカの食料を食べつくしながら生きながらえているが、ビクトリア湖の魚の白身の部分は日本を始め欧米に輸出され、頭のところや骨のところだけがアフリカの人々の食料になる。そう、白身のところは日本の私やあなたの家でも、食卓にのぼっているものだ。そして今、アフリカの砂漠のあちらこちらからが豊かな石油が見つかったところから、アメリカや中国のビジネスマンが殺到している。交渉する政権とはなんであろうとかまわない。血にまみれていようと油にまみれていようと・・・・石油をいい条件で売ってくれるところなら、どことでも契約を結ぶ。     アフリカは今、世界中のハゲタカによっ…

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時代は戦争に向っているのか?

時代は戦争に向っているのか?     < div align="center"> 残念ながら人間という存在は平和を深く希求しながらも決して、平和的には生きられない戦闘的な動物だ。戦争でどんなに痛めつけられても、どんなにたくさんの涙を流しても、少しでも傷が癒えてくると、戦争経済を思いだしては、必ずすぐに戦争を求める。戦争とは、人間という動物が宇宙で生存していくために不可避ともいえる悲劇的な性である。その非情で悲劇的な性の生態から逃れようと、人間はこれまでの歴史でおびただしい文化や文明を築いて挑戦してみたが、解決どころか、それは年を経るごとに大規模となり、より陰惨的なものになっている。見たまえ!わずか60年前には第二次世界大戦というものがあった。おびただしい人々が殺されていった。それから60年、今では原爆やガス弾や劣化ウラン弾なども登場している。しかも、戦争は今や見える形から、よく見えない形にも移行し始めている。遺伝子の組み換えや名の知れないウイルスの繁殖、そして無言のロボット軍団など21世紀の戦争は、人間の精神と肉体の両方を無残にもバラバラにしてしまうものである。その正体をだれもまだ掴んでいない。かって一体であったものが、両極に分かれて宇宙を彷徨しようとしている!人類は絶壁に立って、基礎のない波の上で呻吟している。21世紀の人間の心象風景であるが、もし希望をもてるとしたら次のような日本の憲法9条の世界会議が提案されていることである。 アジアのNGO、「9条…

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