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zoom RSS お母さんのカマボコ

<<   作成日時 : 2012/05/15 09:50   >>

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私がまだユネスコ・アジア文化センター(ACCU)で働いていたとき1980年頃の思い出です。アジア・太平洋地域の15カ国から絵本の代表的なイラストレーターを東京に招聘してセミナーを開催したことがありました。いずれの参加者も個性は強く、実に楽しい方ばかりでした。英語のコミュニケーションはみんなうまくはありませんでしたが、絵を通じての豊かなコミュニケーションは、実に愉快で有意義なセミナーでした。

そんなある日のこと。数カ国の参加者と連れ立って昼食に一緒に行った時、人民服を着た中国の参加者のT氏──彼は国民的に著名な漫画家でしたが、レストランのテーブルの上に並んだ食べ物を興味深そうに見つめてから「ちょっとお聞きしますが・・・・」とたどたどしい英語で尋ねてきました。

「・・・・日本の食べ物には、小さな板きれの上に乗っているおいしい食べ物があるそうですが、いったい何というのでしょうか?」と尋ねてきた。
「ええ、小さな板切れに載った美味しい食べ物?」
私は一瞬とまどったのですが、<板の上に載っている日本の食べ物>というのは「おそらくカマボコだろう」と思ったので、「ひょっとしてカマボコですか?」と答えると、彼は破顔一笑、「そうです。そうです。カマボコです。思い出しました。」といかにもうれしそうに大声で答えました。そこで昼食後は、私は早速近所のお惣菜屋さんを彼に紹介すると、彼はカマボコを何本も買いました。 当時は日中国交回復がなされた頃で、中国大陸からの参加者はまだ非常に珍しかったのです。
 
3週間のイラストレーターのセミナーも終わって、帰国準備をしているT氏を見送りにホテルに訪れると、氏は熱っぽい目つきでじっと私を見つめたあと、1通の手紙を私に差し出しました。私は驚きました。
「お礼を言うのなら、口で言えばいいのに・・・どうして手紙をくれるのか?」
とも思いながら、すぐに開封してみると、すると英語の文面には、セミナーでの感想やお礼がていねいにつづられてありましたが、手紙の終末部分に驚いたことにカタカナ文字のまじった次のような文章がありました。

For the sake of parting, I think I have to tell the secret of Kamaboko to you. Kamaboko is a memory of my mother.
ワタシ ノ オカーサンワ ニホンジンデス。
I am very proud of that. I can write such words in Japanese.
Farewell to my second native country!
Farewell my dear sisters and brothers!

( 訳 )
「・・・・別れに際して、私はカマボコの秘密をあなたにお伝えしたです。実はカマボコは、私のお母さんの思い出なのです。ワタシノ オカーサンハ ニホンジンデス。  このことを私はとても誇りに思っています。私はこの日本語が書けるのです。さようなら、わたしの第二の故国の日本よ!さようなら、わたしの兄弟姉妹たち!」

私は驚いてしまったのです!
「あなた日本語が書けるのですね?お母さんは日本人だったのですか?」
と私は驚いて尋ねたのですが、T氏はただにこにこ笑うばかり。表情から察するに詳しいことは余り話したくない様子。しかしようやく納得がいったです。ようやく合点がいきました。彼がなぜセミナーの期間中、いつもなつかしそうな顔つきや、あるいは何かしら悲哀の混ざった複雑な微笑を浮かべていたのか、その理由の一端が、この手紙で一瞬にして理解できた気がしたのです。
「Tさん、なぜもっと早く言ってくれなかったのですか。お母さんが日本人だったら、あなたは、日本での親戚など関係者に会うこともできたわけですし・・・・・もっと早く言って下さったら良かったのに・・・・」と問い質したのですが、彼は相変わらず恥ずかしそうに笑うばかりでした。そしておもむろに机の引き出しから1冊のスケッチブックを差し出して私に見せてくれました。

それを開いてみると、今回のセミナーの思い出が、彼のユーモアたっぷりの漫画ですべて克明に描かれてあったのです。例えば、日本のセミナーに参加が決まったとき、中国の彼の家族全員が万歳を繰り返しているさま、日本へ出発するときには、北京空港で家族が別れを惜しんで涙を流しているさま、T氏は大きな鶴の背中に乗って(おそらくJALの飛行機で来日したのでしょう)に乗って富士山の上空を飛んでいるさま、空港での親切そうなスタッフの出迎えなど、華やかなセミナーでの開講式等々、実に細やかでユーモアたっぷりのタッチで描かれた漫画記録でした。

そしてその中に、T氏が宿泊しているホテルの天井に、まるで枕(まくら)のように大きなカマボコをロープでつるして、それに必死でかぶりついて、ぶらさがりながら食べているT氏の漫画もありました。そのユーモラスな姿を見て私は思わず吹き出してしまったのですが、その漫画は、彼の日本人のお母さんに寄せる心情をいかにもありありと表現しているもので、目頭が熱くなるのを覚えたもです。日本人のお母さんが恋しかったのです。

彼は話を続けました。カマボコのことは、子供の頃、日本人の母が語ってくれたものというもです。母はいつも日本の生活を思い出して、なつかしそうに語ってくれたそうですが、「その母は、子どもの頃に亡くなってしまいました」とT氏はしんみりと語りました。T氏の生まれは1931年、1931年といえば、ちょうど満州事変の始まった時期です。日本の本格的な中国侵略の始まった年でした。

どのような背景で、T氏の中国人の父と日本人の母が結びついたのか知る由もなかったが、とにかく氏の漫画は、これまでのT氏の人生が辛酸に満ちた生活であったこと、そして彼は母の愛情を感じながらもたくましく中国で生き続けてきたこと、日本に対する深い思いが、ユーモアをもって深く感じさせる人生体験でした。そこで私は、北京で今一緒に住んでいるという氏の子供たちのためにさっそくカマボコをたくさん買い求めて、帰国前のT氏に贈ったのでした。

それから3年後、私は、ユネスコの会議出席で北京を訪れることがありました。そこで早速T氏に連絡をとって、夕闇迫る北京の民族飯店の私の部屋に彼を招いて、さらに話をする機会があったのです。そこでT氏の両親について、そしてカマボコの秘密を聞いたところ、彼はすべてを語ってくれたのです。
「お父さんは、その頃、医学を学ぼうと日本へ留学していた中国の医学生でした。お母さんは日本人の看護学生、学校で知り合って恋愛したそうです。二人は周囲の強い反対も押し切って結婚したのですが、満州事変が勃発した1931年には一緒に中国へ帰ったそうです。そして、T氏の父は日本の侵略戦争に反対して軍医として戦場に赴いたそうです。

北京に残されたお母さんは、子どもたちを育てるために、それはそれはいろいろな苦労をしたそうです。周囲の中国人社会は、敵国である日本から来た日本人の母を決して受け入れることがなく、毎日毎日辛い生活が続いていたのだそうです。そのうち父が戦死したという知らせが届き、母は毎日悲嘆にくれて泣いたそうです。そして母も、最後にはとうとう食べるものもなくなり餓死寸前で病死したのだそうです。

食べるものが無かったとき、お母さんは、子ども時代を思い出して、日本の食べ物のことを子どもたちによくしゃべっていたのだそうです。T氏はそれをいつも聞いていたのです。そして、そこにはいつもカマボコの食べ物があったもだそうです。 板の上に載った美味しい食べ物ーカマボコは、T氏にとっては、辛かった戦争中の生活と日本人の母の思い出だったのです。

お母さんの葬式の日、T氏は悲しくて 悲しくて、家に運ばれてきた棺桶の板の上に、夢中で一日中、絵を描いたのだそうです。それはお母さんがいつも話してくれたカマボコの絵、凧上げの絵などでした、それはすべてお母さんが語ってくれた日本での生活を想像上で描いたものだったそうです。それから孤児になったT氏と妹は、やがてl孤児施設にひきとられたもだそうですが、絵が上手かったT氏は苦学して、北京の有名な中央美術学校へ入学することができ、それから中国では最もよく知られた国民的な漫画家になったのだそうです。


私は彼の話を聞きながら泣きました。カマボコの話の裏にそのような辛い思い出が残されていたのかと絶句したのです。・・・・・「戦争の中で結ばれた中国人の父と日本人の母、変転する人生と彼の漫画家としての人生──私の頭をまるで走馬灯のように彼の話した人生の風景が回っていたのです。私はT氏に、東京から持参した梅干をお土産に手渡しました。
「Tさん、これはカマボコではありませんよ。梅干です」と言うと彼は大きく笑いました。そして、彼が母から教えてもらったという日本の「赤とんぼ」などの童謡を思い出して一緒に歌ったもです。

北京の夕暮れ、あたりはもうすっかり闇に包まれていました。



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