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zoom RSS 「ミナの笑顔」ーアニメーションと識字教育の可能性

<<   作成日時 : 2017/02/23 23:21   >>

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アニメーションは、実に大きな力を持っています。見る・聞く・感じる全体の五感によって、楽しむ人の心を大きく動かします。初めて私が「風の谷のナウシカ」のアニメ映画を見た時のあの感動は忘れられません。宮崎駿の作品は、環境問題の深刻さと人間の生き方について、感動的な物語で表現したもので、アニメーションの新しい可能性を切り開いたものでした。その昔、東映が製作したアニメに「白蛇伝」という名作がありましたが、日本の視覚文化の豊かな伝統と現代のアニメ技術、そして想像力のインテグレーションが実に繊細な表現を可能にしたのでした。


こうした背景の中で、かって私が20年以上働いたACCU(ユネスコ・アジア文化センター)で、日本、マレーシア、中国、インドなどの専門家と共同で識字教育に関する新しいアニメーションの共同制作に携わったことがありました。最近、読売新聞から取材を受け、そのときの記事が掲載されました。しかし重要な議論の詳細はこの新聞記事には、記されていません。そこで議論された内容は多様な文化表現や宗教、あるいは文字の読み書きのできない人々の苦しみや環境問題など、非常に深刻な課題が多数提起されたのでした。


そうした課題を、マレーシアから参加した漫画家のラット、日本からは高畑勲さん、鈴木伸一さんらが参加、夜を徹して議論し、共同製作したのでした。声優としてアグネスチャンが、無償のボランティアで参加してくれたのは嬉しかったですね。「ミナの笑顔」の物語は、最初にラットに依頼したのでしたが、その物語を読んでがっかりしました。そこにはラットのマレーシアでの子ども時代の農村生活「カンポンの生活)が描かれているだけで、識字の問題などは全く描かれていなかったのです。「これではアジア地域の識字アニメーションに使えない」と思ったので、私は、ラットが来日したとき、話し合って、これまで識字教育をアジア地域で長年やってきた経験から、物語は自分の手で書いてみようと考えたのです。


そこには、女性の自立と識字教育との関係性を描きだすために、主人公は「女性」を描く、そして物語には、日常の読み書き計算のハプニングを通して目覚めていく物語として、そこにはさまざまな人物を描くことにしました。それをラットに示すと彼は「実におもしろい!」と言ってすぐに賛成してくれました。そこでこの素案をインドへ行ったとき旧知のバーシャ・ダス氏に見せて、物語を最終的に構成することにしたのです。そして共同会議では、ミナの亭主の支援や薬局での薬品を買うときの計算能力、マーケットで中間搾取をする男などをおもしろく加えることになりましたが、最も細心に気を配ったのは、非識字者に対する深い配慮が必要だったということでした。
アニメーションの存在は、アジア地域では、娯楽的に受け止められています。「ミナの笑顔」でも、バスの中で文字の読めないミナをみて乗客が笑うという場面が出てくるのですが、文字の読めない彼女を見てみんなで笑ってしまうことは、大変大きなショックを非識字者のミナに与えてしまうということを意味しています。


そこで、私はかってインドに滞在したときの経験や、アジア地域の識字教育の経験、そして大阪の識字運動の中で製作された識字映画などを借りて、文字の読み書きのできない人の心理について学んだのです。日本の映画の中で、特に大きな感銘を受けたものに「雨の指もじ」 という映画がありました。これは日本の部落差別のため、学校で十分学ぶこともできず、文字を失った苦しみを通して、<文字を学びながら>、新しい生き方を発見していくお母さんの姿を描いたもので実に感動的な映画でした。


「あらすじは、授業の参観日、遅れて教室に入った児童の母が、「その日の授業は教室が変更になり、みんな他の教室に移動した」というその知らせが黒板に書かれているのですが、母には文字が読めません、黒板に書かれている「教室の変更」が読めない。その時の母の苦しみが描写されている」ものでした。
文字の読み書き、知識の欠如などの<精神的な苦しみ>はだれの目にも見えません。それは人間の尊厳を破壊するもので、それを実感できないようでは、アニメーションつくりはとても難しいと思ったのです。識字アニメの製作上でラットなどと多くのことを議論しましたが、特に思い出すのは、漫画家のラットと激しく議論したのはーラフスケッチの段階で、私は主人公のミナが、頭にイスラム教徒の女性がかぶっているへジャブを着けた姿で描かれているのを見つけたのです。そこで私は、ラットに「これはイスラム教徒の女性には必要な服装ですが、このビデオは、イスラム教徒だけではなく、アジアやアフリカの非イスラム教徒でも、誰にでも通用するのでなくてはならないので、頭につけたへジャブは、とっていただけませんか」と頼みました。



するとラットは、
「マレーシアで、女性がへジャブをかぶるのは当たり前です。かぶっていないとマレーシア社会から認められないのです」。とマレーシアの人気漫画家、ラットは腕組みしながら表情を曇らせました。読売新聞も書いていますが、1992年、識字啓発アニメ『ミナの笑顔』の制作会議の一室を重苦しい空気が包んだ瞬間でした。へジャブとは、イスラム教徒の女性が頭にかぶるスカーフのこと。ラットは、主人公の女性にこれをかぶせると一歩も譲らない。大まかに描いた絵コンテ約60枚には、すでにへジャブが書き連ねてありました。


「ラットさん。このビデオは、世界中の多くの国の文字の読み書きのできない人々(非識字者)にみていただくためのアニメですから、少しでも宗教色を出しては受け入れられません。とくに各国の農村地域などでは、非常に保守的な空気が支配しているので、少しでも宗教色を出したら、すぐに拒絶反応が出てしまいます」と共同製作の意味を丁寧に説明したのでした。ACCUの仕事はすべてが、共同の仕事でしたから、説得は難しいものではありませんでした。


漫画家のラットは流石に柔軟でした。彼はすぐにそれを受け入れ、頭につけるヘジャブを首に巻いた赤いネクタイに切り替えたのです。私は、別なプログラムでは、アジアの20カ国が共同で絵本や読み物を開発するプログラムの責任者だったので、こうした説得は難しいことではありませんでした。こうした文化的な軋轢や議論の中を通じてこそ、国境を超える共同制作物が作成されていくのですから、共通の価値や文化を作り出していくことが必要なのです。


この会議では、実に重要なことが多々話されました。多様な文化、風俗、生活、宗教、ジェンダーなどなど、アニメーションが成功するかどうかは、基本的なメッセージが、非識字者の十二分に心に届く内容や表現になっているかどうかです。本当に人間の心の寄り添った創造的なものならば必ず多くの人々の心に届くはずです。こうやって50数言語に翻訳された「ミナの笑顔」のアニメーションが完成していったのでした。



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読売新聞 2008年4月4日  TOKYOあにめのま〜ち
途上国の識字率向上に協力



 「発展途上国のために、力を貸して下さい」。1991年夏、杉並アニメーションミュージアム館長、鈴木伸一さ(74)はこんな依頼を受けた。ユネスコ・アジア文化センターが企画したアニメ『アジアの昔話』の打ち合わせをする会合でのこと。声の主は同センターに勤めていた田島伸二さん。このアニメは、発展途上国のアニメーター養成を狙って作られたが、田島さんの次の目標はもっと踏み込んだものだった。「世界に8億人いる読み書きできない人のために、啓発アニメが作れないでしょうか」と鈴木さんの手を握りしめた。


「ぼくで良かったら」。鈴木さんはその場で快諾した。大ヒットした『笑ゥせぇるすまん』の監修で、仕事は分刻みのスケジュールだったが、ためらいはない。子供たちが教室で本を開き、元気に声を出す光景が頭に浮かんだ。

原案は田島さんが作った。東南アジアの農村が舞台。農作業中に胸を押さえて倒れた夫を救おうと、妻ミナは薬を探す。しかし、ビンのラベルの字が読めないために危うく殺虫剤を飲ませそうになる。バスにも乗れなかったりと、読み書きできないゆえの困難に直面して、ミナは字を勉強し始める。タイトルは『ミナの笑顔』。キャラクターのデザインは、マレーシアの国民的な漫画家で、東南アジアの手塚治虫と呼ばれるラットさんが担当することに。その絵を動かすのが鈴木さんの役目だ。声はアグネス・チャンさん。アジアをまたにかけたプロジェクトは動き出す。ところが、スタッフの前にはすぐに、思わぬ困難が立ちふさがることに……。


異なる宗教服装めぐり激論

「わが国では女性がへジャブをかぶるのは当たり前です」。マレーシアの人気漫画家、ラットさんは腕組みしながら表情を曇らせる。1992年、識字啓発アニメ『ミナの笑顔』の制作会議。ユネスコ・アジア文化センターの一室を重苦しい空気が包んだ。へジャブとは、イスラム教徒の女性が頭にかぶるスカーフのこと。ラットさんは主人公の女性にこれをかぶせると譲らない。大まかに描いた絵コンテ約60枚には、すでにへジャブが書き連ねてあった。


「多くの国の人にみてもらうためのアニメです。宗教色を出しては受け入れられません」。田島伸二さん(元同センター職員)が色をなして迫る。それでも首を横に振るだけのラットさん。「まあまあ、お二人とも……」。監督の鈴木伸一さん(74)(現・杉並アニメーションミュージアム館長)は、なだめるのが精いっぱいだった。宗教だけでなく、服装、食べ物、町並み……ありとあらゆる文化が異なるのがアジア。鈴木さんは、どの地域にも等しく受け入れられるドラマを作ることの難しさを痛感する。
「わかった。みんなが字を読めるようになるためなら」。ラットさんが「うん」と言ったのは、2日後。ぽりぽりと頭をかきながら、田島さんに握手を求めた。ミナの服装は首にリボンをまくという案で落ち着いた。この奇抜なファッションに決まったのは、どの国の宗教にもないいでたちだったから。この後、ミナがリボンを付けた絵が回覧され、すべての国のユネスコ関係者がOKを出す。セーラー服のような着こなしには、深遠な訳が潜んでいたのだった。



■ラットさん■ 1951年生まれ。本名モハマッド・ノール・カリッド。東南アジアを代表する漫画家。30年以上、マレーシアの大手英字紙で一コマの時事風刺漫画を連載。代表作は自らの少年時代を描いた『カンポンのガキ大将』(晶文社)。


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