大学で行った授業への学生たちの「評価」

大学で授業を担当していると、年度末に学生たちの「評価」という洗礼を受けることがあります。自分だけいい気になって教えるわけにはいきません(笑)昨年の授業で特に良かった点について、アンケートに、次のような記述がありました。〇絵地図分析がとても興味深かった。自分も使わせていただきたい。先生の色々な体験を聞くことができたのが大変良かった。〇絵地図分析が実際にできてとても良かった。たくさんのことを学んだ。自分のことをよく理解しようと頑張った。〇自分の人生マップを作ったことが、一番印象に残っているなどなど嬉しいことに、授業の評価としては最上でした。 学生たちは、自分自身の実践的な精神形成や社会参加に非常に興味をもっていると思いました。昨年受講した一学生から、講義が終了した2か月後、下記のようなお礼のメールと、絵地図分析による絵図を作成添付でメールをいただきました。その内容をご紹介したいと思います、受講した学生が、受講後も私の授業を実際に社会生活で生かしながら活動していることを知り、しかもこのような丁寧なメールで報告してくれたことに驚きながら、この聖学院大学という私立大学で教えて本当に良かったと思っています。 <学生からのメール> ー先生、お元気でいらっしゃいますか?前学期、先生の授業を受けさせていただいた者です。先生にご報告ですが、先週の土曜日に私の関わっている子どものトラウマケアプログラムのリーダー的存在のスタッフ数名とミーティングを持ち、その時に先生の絵地図分析をさせていただ…

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「日本人は素晴らしい民族だが、歴史の中で反省することがない」ー韓国の哲学者の友人の発言

▲韓国の友人の哲学者が、「日本人は素晴らしい民族だが、残念なことに普遍性がない。そして歴史の中で反省することをしない」と述べていましたが、その通りですね。▲おそらく日本人の「常識」や「良識」の中には、普遍性や真理といった宗教上の課題にあるような深刻な思いは存在していないのでしょう。▲中でも日本の政治家は、「権力」「金力」志向だけで動いており、その結果として、蓄えた「文化財」を後世に遺すことによって、それを庶民が褒め称えるという形が圧倒的ですね。▲豊臣秀吉にしても、朝鮮出兵などと書かれていますが、彼の功罪を国境や時代を越えて厳しく吟味する考え方が必要でしょう▲日本人は日常的生活でも、人間性の向上に必要な「普遍性や真実」が問題視されることはほとんどありません。▲それは、目や感覚こそが大事で、真理や正義などは世の中に必要なく、ただひたすらに表面的な「恥」を感じる文化だけで構成されているからでしょう。▲「悪いことをするな」ではなく、「恥ずかしいことをするな」で育てられている日本人なのです。しかし、実は本当に恥ずかしいことを行っているのではないですか日本人!おいこら!

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世界初の「心の絵地図分析」ワークショップ入門

「みなさん、こんな惨めな気持ちになることはありませんか?」「今の自分に自信がもてない」「自分なんてどうでもいい人間だと思う」「他の人がうらやましい」「他の人と比べて自分はダメな子だと思う」「自分がいることで、誰かに迷惑をかけている気がする」「『消えてしまいたいと思う」「イライラがずっと消えない」……これは朝日新聞に掲載されていた記事ですが、今、小学生・中学生そして現代に生きる私たちは、無数の煩悶のジャングルから逃げ出せなくて苦しんでいる状況です。いじめや自殺、さまざまに深刻な事件など・・・・・ このような時、日本で生まれた「心の絵地図分析」は、<文字や絵やデザインや地図を自由自在に使って>、自分で行う最適、最高の心理療法=実践的心理学として登場しました。これは、長年のアジア・太平洋地域のユネスコの識字教育活動から生まれた世界には初めての実践的な教育方法です。次のさまざまな感想は、 「心の絵地図分析」 を終えた小学生・中学生・父兄・専門家などから頂いた感想です。みんな現代の閉鎖されたイライラした気持ちから、「自分の力」で大胆に人生を乗り越ろうと挑戦しています。それも楽しみながら喜びながら・・・無意識の領域から人生や生活を変えていくのです。 (2)目黒区立小学校6年生を対象の「絵地図ワークショップが (2014年、15年、16年)に連続で行われました。」 その多くは自分自身を振り返って表現する「わたしの人生マップ」でしたが、大変大きな手応えがありました。それはまず第一に子どもたち全員…

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“断食するシッダールタ(仏陀)

     “断食するシッダールタ(仏陀) ―ラホール博物館 “Fasting Buddha at Lahore Museum” 愚かな人は、「私には息子がいる」「私には財産がある」などといってそれで思い悩むが、自分自身がそもそも自分のものではない。ましてや、息子が自分のものであろうか。財産が自分のものであろうか 過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。 聖典の言葉をいくらたくさん語っていても、それを実践しなければ怠け者である。それは例えば、牛飼いが他人の牛を勘定しているようなものだ。そういう者は修行者とはいえない。 旅に出て、もしも自分よりすぐれた者か、または自分にひとしい者にであわなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かさを道連れにしてはならぬ。 頭髪が白くなったからとて、尊敬できる長老ではない。ただのむなしい老いぼれである。真理あり、他者の害にならず、自ら清め、慈しみあって、そうしてはじめて、彼は心の垢を取り除いた賢者となり、年長者として尊敬される 貪りと怒りと愚かさを捨て、諸々のしがらみを断ち、命が尽きるのを恐れず、犀(サイ)の角のように、ただひとり歩め 他人の過失を見る必要はない。他人のした事としなかった事を見るのではなく、自分がした事としなかった事だけを見よ。 生き物を自ら害すべからず。また他人をし…

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「あなたが日本人だったら土下座して謝れ」大邱(テグ)で行われた原爆慰霊祭にて

2017年8月6日、韓国で四番目に大きな都市大邱(テグ)で、ハプチョンに続いて原爆慰霊式が行われました。戦争中、広島と長崎で徴用された人々の中で、4万人もの韓国・朝鮮の人々が原爆で亡くなっていたのは実に大きな衝撃でした。 私は日本からの反核平和巡礼の18名を代表して挨拶を依頼されたので、(1)私自身が戦後の広島出身であること(2)広島市へ救援にでかけた近所の人々が被ばくして、原爆症で長く苦しんでいたこと。(3)今は、子ども向けの創作などを書いており、韓国でも7冊の本が翻訳出版されていることなど織り交ぜてお話しました。 そして最後に、慰霊式に参加されている市民の方々に、(4)「私は戦後生まれで、戦争は体験していません。しかし多くの日本人は、日本がかって韓国を侵略し、多くの人々に凄絶な苦しみを与えたことに本当に申し訳なく思っています。一部の政治家を除き、みんな日本人は、心から謝罪したいと思っているのです。私も心から謝罪したいと思います。」と述べてスピーチを終え、壇上より下りたとき、一人の中年女性が近づいて来ると、なにか大声で叫んだのです。 私は通訳をされた崔勝久さんに「いったいなんて言われたのでしょうか」と尋ねたら、「あなたは本当に日本人か? 私は日本人が謝罪するのを初めて聞いた。私は柳というものだが、戦争中には家族が二人も殺されている。もしあなたが日本人だったら土下座して謝れ」と言っているというのです。「いいですよ。」私は少しも驚かず、土下座しようとしたら、その女性は私をじっと…

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現在、世界でも最もユニークな三本の「映画」制作を進めています。

1本目はミャンマー辺境で体験した感動的な教育活動を基にした「先生(せんせい)-田舎の女教師」、 2本目は、戦時下の日本と中国を舞台にした涙なくしては語れない漫画家の物語「お母さんのカマボコ」、 3本目は、ロシアのカスピ海の炭鉱へ抑留されオーケストラの指揮者となった叔父の凄絶な物語「戦場のオーケストラ」などです。 映画「二十四の瞳」やイタリア映画の「ひまわり」のような感動作を次世代に送りたいのです。すでに物語も完成しています。 ただ映画制作経費が足りません。ご支援・ご協力くださる方を探しています。1億円必要です。どうぞご連絡よろしくお願いします。 tajima777@hotmail.com tajima777@gmail.com iclc2001@gmal.com

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お母さんのカマボコ

私がまだACCUで働いていたときの1980年頃の思い出である。アジア・太平洋地域のユネスコ加盟国15カ国から代表的な絵本作家を東京に招聘してセミナーを開催したことがあった。いずれの参加者も個性は強く実に楽しい方ばかりだった。英語でのコミュニケーションはみんなうまくはなかったが、絵を通じてのコミュニケーションは、実に愉快で有意義なセミナーであった。 初日のこと。数カ国の参加者と連れ立って昼食に一緒に行った時、人民服を着た中国から参加者のT氏──彼は国民的に著名な漫画家でもあったが、テーブルの上に並んだ食べ物を興味深そうに見つめながら「ちょっとお聞きします・・・・」とたどたどしい英語で尋ねてきた。「日本の食べ物には、小さな板きれの上に乗っているおいしい食べ物があるそうですが、いったい何でしょうか?」と尋ねてきた。 「ええ、小さな板切れに載った美味しい食べ物?」 私は一瞬とまどったが、板の上に載っている日本の食べ物?というのは「おそらくカマボコだろう」と思って、「ひょっとしてカマボコですか?」と答えると、彼は破顔一笑、「そうです。そうです。カマボコです。思い出しました。」といかにもうれしそうに答えた。そこで昼食後、私は早速、近所のお惣菜屋さんを紹介した。彼はカマボコを何本も買った。 当時は、日中国交回復がなされた頃で、中国大陸からの参加者はまだ非常に珍しかった。 3週間のイラストレーターのセミナーも終わって、帰国準備をしているT氏を見送りにホテルに訪れると、氏は熱っぽい目…

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歴史の真実を切り捨ててきた日本には、未来のビジョンが作れない!

かって私は、2005年頃、軍政下におけるミャンマーで雑誌のインタビューを受けたことがあります。長時間のインタビューが掲載された後、編集者に反応を聞いてみると「読者からはかってないいい反応がありました」と大変喜んでくれたあと、「検閲はたった1か所だけでした」というのです。「それってどこでしょう」」と尋ねると「社会の事実や真実を次世代にきちんと伝えていくことが大切だ」としゃべったところがすべて削除されたとのこと・・・「なるほど」軍事政権とは、いつも事実や真実を伝えていくことを恐れていると痛切に感じたことでした。 原発ゼロ社会を達成したドイツのある専門家が、「日本には世界に誇るものはたくさんあるが、ビジョンがない」と言い切った。ビジョンがないということ、それは「日本人は、刹那の時間内でしか具体的に物事を把握できない民族」だということである。つまり50年後や100年後など未来へ向けての日本人の生き方の時間空間を描けないということである。確かに近年、日本には、ビジョンらしいものは全く生まれていない。その理由は、現在形は余りにも忙しく、過去にも未来にも目を向ける時間的な余裕が全く無かったということもあるが・・・  なぜビジョンが日本に生まれないのか?その答えは明瞭である。未来とは、現在から描くものではなく、過去の膨大な時間の中から描いていくもので誕生するものである。考えてみると、日本は歴史問題に限らず、自分たちにとって忌まわしい体験はすべて忘却しようとしている。そして事実ではない日本の歴史を「…

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シルクロードを旅しながら考えたこと

20代のとき、ドイツのミュンヘンでの遊学を終えて、ミュンヘン駅からオリエンタル急行で、2日間かかってトルコに到着し、インドでの遊学を目指しました。トルコのイスタンブールに到着すると、それから黒海を船で渡り、イラン、アフガニスタン、パキスタンを経て、インドまで汽車やバスをさまざまに乗り継いで2か月間、陸路で旅して行きました。 最初、トルコの地に着いて驚いたことは、そこにはアジア大陸が広がっていたことです。東西文明の十字路ともいわれるイスタンブールで、私が目にし、耳にし、臭いをかいだのは、ヨーロッパ社会の時間や空間とはまるで異なった、ごちゃごちゃとした活気ある世界や生活でした。ここでは、あらゆるものが生(なま)の形で動いており、生き、笑い、愛し、哀しむひとびとのアジアの生活がそこから広がっていたのです。 南国特有の灼熱の太陽と、照り返す路上の熱気のなかで、ひとびとのすさまじいかけ声、ののしりあい、叫び声などを聞いたのです。イスラム教のモスクからは、コーランの祈りへの呼びかけアザーンが天空にこだまし、何百年も全く同じ鉄のハンマーで打っていたのではないかと思えるかじ屋のハンマーの音。羊の腸に水を入れ運ぶ黒い服装の男たち。きゅうりを十字にさいて、塩をふりかけ、それを片手にもって売り歩く少年たち。黒煙を吐きながらけたたましく走りゆくポンコツ自動車……。 そしてウスクダラの町に到着すると、昔、日本でも流行ったウスクダラの歌を子どもたちが歌ってくれました。これは日本で流行った江利チエ…

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いろいろ反響のあった記事をご紹介します。1000ぐらいあります。

〇 星の王子さま」と「大亀ガウディの海」ー東亜日報の書評 https://tajimaiclc.at.webry.info/200805/article_14.html 〇 陜川(ハプチョン)と大邱(テグ)で行われた8月6日の原爆慰霊祭  https://tajimaiclc.at.webry.info/202006/article_34.html 〇 その昔、私は小学校でアイヌ民族の熊踊りを見ました。 https://tajimaiclc.at.webry.info/201811/article_1.html 〇 パキスタンで舞台化された[「孤独な狐」ー「コンキチ」 https://tajimaiclc.at.webry.info/202006/article_10.html 〇 全共闘運動とは何か?全共闘が求めたもの、遺したもの https://tajimaiclc.at.webry.info/200805/article_8.html 〇 2010年8月6日原爆の日、NHKから流れた「海ゆかば」 https://tajimaiclc.at.webry.info/202006/article_38.html 〇 日本はなぜ侵略戦争をしたのか?人間はなぜ戦争をするのか? https://tajimaiclc.at.webry.info/201108/article_6.html 〇「人生終盤は勇敢でなくちゃね」 https://t…

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知っていますか?「恩送り」・・・・・

劇作家として有名な井上ひさし(1934-2010)は、不遇な幼時期を過ごした。井上は、幼い頃、父と死別し、義父の虐待を受ける子どもだった。貧しさのため母に手を引かれて児童養護施設に預けられた井上は時々、不良少年と付き合い、中学生になると店で物を盗んだりもした。ある日、彼がある本屋で国語辞典を盗み、本屋のおばあさんに捕まった。おばあさんは「そんなことをすれば私たちはどうやって暮らせるのか」と言って、井上に裏庭にある薪を切らせた。 そのおばあさんは薪をすべて切った井上の手に、国語辞典とともに、辞典代を差し引いた日当を握らせた。「こうして働けば本を買える」。後に作家になった井上は文集で「そのおばあさんが私に誠実な人生を悟らせてくれた。いくら返しても返し切れない大きな恩」と回想した。彼は作家として有名になり、故郷の山形県川西村に自分の蔵書を寄贈して図書館をつくったほか、現地の農民を対象にした農業教室「生活者大学校」を設立した。 またその本屋があった岩手県一関市で生涯、同僚と一緒に無料文章講習を開いた。これを井上は「恩送り」といった。誰かから受けた恩を直接その人に返すのではなく、別の人に送る。そして恩を送られた人はまた別の人に恩を渡す、恩がぐるぐる回る世の中をつくろうという趣旨だった。 ー私はこの記事を読むたびにいつも感動の余り、涙が流れるのを覚えます。幼い井上ひさしと本屋のおばあさんとの出会いー井上ひさしの幸せな人生は、このおばあさんとの温かい出会いによって始まったので…

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人生終盤は勇敢でなくちゃね

「ヒトラー死亡のニュースを聞いた17歳の私は、絶望のあまり涙を流した(作者あとがきより)「バウゼヴァンダのように、当時ほとんどのドイツの十代は、最後まで祖国の正義と勝利を信じていたそうです。それ以外は選択肢のない教育を受けていたからです。しかし同時に、漠然とした疑問や釈然としない気持ちを抱えていた少年少女がいたのも確かです」と「そこに僕らは居合わせた」の訳者である高田ゆみ子氏は書いています。<本の花束より> ナチス支配下、大人も子どもも洗脳されていた時代のドイツ各地では、ごく日常的にユダヤ人差別が行われていたそうです。机を並べていた友だちも、親しかった隣人も、ユダヤ人というだけである日突然どこかへ連れていかれ、その多くが生きて戻ることはなかったそうです。「そこに僕らは居合わせたー語り伝える、ナチス・ドイツの記憶」は、当時のドイツに生きた十代の子どもたちが体験した、という設定で綴られた二十の短編集で、多くは著者が実際に見聞きした事実だそうです。 私は思うのですが、このような本こそー現在の日本で、日本版が必要ですね。ドイツのナチスやナチズムやヒトラーのことを対岸で起きたように語ることではなく、日本人の足元の現実から語っていくことこそ今、最も求められていることですね。敗戦の玉音放送があったとき、皇居前広場では、絶望の余り涙を流した日本人が、どれだけたくさんいたことか、あるいは絶望して自決した兵士たちも数えきれないでしょう。 私の母が、生前によく言っていました。戦争中には、いつもみんな口々に「ト…

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3歳児の発想はすごいね!みんなおもしろい。

―インドから持ち帰った蛇の皮を3歳の息子に見せたところ、 「この蛇の皮、蛇にもらったの?」と息子が尋ねる。 「うん、そうだよ。」 「どうやってもらったの。寒いんじゃない。蛇に皮がないと。」 「そうだろうね・・・・・」 「でも土の中にいるんだから・・・いいね。寒くないよね。」 「いや、寒いと思うから 返しにゆこうか?」 「ダメッ!こわいから、ダメだよ。」 ―「ももたろうさん、ももたろうさん・これからおにのせいばつに・♬・」   と歌っていた3歳の息子が突然、  「せいばつってなんのこと?」 ―ママが買ってきた棒付きのアイスクリームを食べていたが、そのうちアイスクリームが溶けて、棒からポロリと落ちてしまった。落としたかたまりを見ながら、3歳の息子は残念そうにママに報告 「ママア!落ちてしまったよ。」 するとママが言う。 「運が悪かったのよ」 これを聞くと息子はすかさず 「運ってなあに?」 ー戦争っておとなの遊び?」と3歳の息子が聞いてくる。  「どう思う?」  「うーん・・・・・・・あそびでしょ。」 ―「パパア、飛行機に乗ったときに   雲の上にかみなりさまがいたあ?」 ー「たまごって どうして まるいの?」 ー「ゆうがたはいま どこへ いっているの?」 ー「ふとんは どうして あたたかいの?」 ー「パパ あたまのなか なにがはいっているの?コツコツおとがするよ」 …

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現在書いている10種の創作物語や論文など<20代からの夢>

さて、日が暮れるまでに果たして完成できるかどうか・・・しかし、結局は、日が暮れようと暮れまいと、時間や空間には関係なく、ただ書き進むことだけ。つまり人生の課題とは、「目的に達することが出来るかどうかということではなく(希望をもって) 目的に向かって、ただひたすらに歩むこと」にありますからね(笑) *********************************** 〇1000篇の「雲の夢想録」―現在30話の雲の物語を100話まで執筆・翻訳ー日本では8話が刊行、オックスフォード大学出版では英文で12話が刊行、スリランカでは12話が刊行、韓国とミャンマーでは26話が刊行、パキスタンでは30話が刊行済。2015年はインドから寓話集が10冊、2019年には中国で4冊翻訳出版されました。 〇小説「しんちゃん」、パキスタンでの喜怒哀楽の人生・社会体験をたくさんのユーモアで紹介 ー現在執筆中 〇「人間動物園」、―世界を強欲支配・破壊していく世界の政治家などの生き方を寓話で語る 〇「魚の国」、―河川や海洋に住む魚たちの叫びを自由な会話から 〇シャンティ二ケタン物語―インドのシャンティ二ケタンでの自然と生活生活より  その構成は:ガダバブー、シャンティ二ケタンのタゴール、ベンガルでの生活、ロトンポリでの「さばくのきょうりゅう」、吟遊詩人(バウル)、コンカリトラメラ、ジョワデブメラ、ロビンドロションギット、キロンシンハーの家など 〇パキスタン・ミャンマーにおける…

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ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。

ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。 その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、遅刻をしたり、居眠りをしたり、皆が手をあげて発表する中でも、一度も手を上げない少年がいた。 先生はどうしてもその少年を好きになれず、いつからかその少年を毛嫌いするようになった。 中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。 ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。 そこにはこう書いてあった。 「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来楽しみ」とある。 間違いだ。 他の子に違いない。先生はそう思った。 二年生になると 「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。 三年生では 「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りをする」。 三年生の後半の記録には 「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、 四年生になると 「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」。 先生の胸に激しい痛みが走った。 だめと決めつけていた子が突然、深い悲しみを行き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。 先生にとって目を開かされた瞬間であった。 放課後、先生は少年に声をかけた。 「先生は夕方まで、教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?わからないところは教えてあげるから」。 少年は初めて笑顔を見せた。 …

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庭にマロニエの花が咲いたよ!

マロニエは、ギリシアやブルガリア付近が原産で、パリを始めヨーロッパ各地の街路樹などとしてよく植えられています。これは23年前に私が植えました。日本では栃の木です。セイヨウトチノキのことをマロニエといいます。

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生きた物語を語ってくれた父

   私の父は、よく物語を語ってくれましたね。それはすべて農作業の中から見つけた単純な体験物語で、高尚な哲学とは全く違って、非常に生き生きした具体的なものでした。かつ生活に役立つものでした。  ある時、父と一緒に山に行ったとき、雨が降り出してきましたが、たき火をする必要がありました。父は言った。「このような雨降りのとき、どうやってたき火をするか?それには、まずどんな時でも最初は、よく渇いた葉っぱや枯れ木を探して、小さなたき火を作ることだ。」と言った後、「それが少しでもうまく成功して燃え出すと、次々に渇いた草木を探してきて、上手にその上に載せていく。どんなに濡れていても落ち葉の下には、雨の日でも渇いた葉っぱがあるから、それを見つけて燃やしていくと、あっと言う間に小さなたき火は大きくなっていく。そうやって勢いよくたき火が燃え始めると、その上に次々と大枝を載せていく。もう火の勢いは止まらない。なんでも小さなものから大きなものへ、こうして簡単に大きなたき火を作ることができる。」父はそこまで語ると、実際にたき火を作ってみせた。それから私は風呂焚きの名人になった。(笑)  あるとき、父は私に、裏山で杉の木の植林を行うから手伝ってくれと言った。中学校の時だったから、植林よりも友だちと遊びたい気持ちで一杯、嫌々ながら一緒に山へ行った。たくさんの苗木を持って、そして裏山で次々と杉の苗を植えていったが、土壌が固くてなかなか大変だった。父ははるかな遠くを眺めて言った。「今植えた杉の木は100年も経てば…

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2010年には「大亀ガウディの海」が、語りの第一人者の古屋和子さんによって多数行われました。

2010年には、小田原、長野、気仙沼、見附など全国各地で、「大亀ガウディの海」の物語りが、語りの第一人者の古屋和子さんによって多数行われてきました。これは、「大亀ガウディの海」の感想です。2011年の3.11の震災前に行われた公演とその感想です。 古屋和子氏の語りー物語の最終部分のみー(タブラは、インドの奏者アリフ・カーン) http://www.youtube.com/watch?v=M_kTklCcHHw ーとにかく感動しました。環境問題の奥深さを耳で感じ、ジ-とする気持ちが何とも言えず考えさせられました。語りの世界のすばらしさ・・・ありがとうございました。 ー以前 一ノ関で 聞く機会があり 大変感動し 是非 たくさんの人に聞いていただきたいと 思い、今回、気仙沼で「大亀ガウディの海」の語りを催させていただきました。これまで私は青森の六ヶ所の原子力発電に反対する運動に関わったりしてきました。見えない放射能で人間が人間を傷つけ死に至らせるという そして それは 本当に無責任に 無自覚に行わされていることに そして私自身も またその中の仕組みの一部分であると知ったとき ものすごく衝撃を受けました。 ーただ感動です。すばらしい語りでした。こんなお話は、初めてでした。多くの子どもたちに聞かせたい。(見附市) ー語りの会の当日 来てくださった方々は 小学生から大人まで様々でしたが 語りを食い入るように皆 一生懸命聞きいってました。ガウディの思いが伝わって涙している人も…

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Kiran Library (Cloud Tales)

On a warm spring day as I stepped out into my garden, Cloud was just arriving overhead to share another story about what he had seen in his travels. ‘Once I was traveling southward from the Karakoram mountain range, floating along and bathing in the white rays of a full moon. I found myself over small city in northern country bustling with activity amid flashing neon lights.. Then I noticed a large, dreary-looking building on a rugged plain some distance from the edge of the city. It was surrounded by tall pampas grass waving in the strong wind that was blowing that night. I drifted closer, and could soon make out that it was a prison. I saw a …

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半世紀前に熱病のように燃え上がった「全共闘運動」とはなにか

        1968年頃、全共闘運動という学生運動が存在していた。全共闘運動は、当時まるで熱病のように全国の大学に波及し、「全共闘の学生でなければ学生にあらじ」といった感があった。1968年のある秋の暮、当時、お茶の水駅のすぐ側にある中央大学の駿河台校舎の中庭で、ベトナム反戦のための「全共闘全国総決起集会」が開かれ、私もノンポリラジカルで、どこのセクトにも属さない自由な立場で集会に参加していた。林立する角材や赤白黒の色とりどりのヘルメットをかぶった全国からの学生に囲まれた壇上に、羽仁五郎という政治思想家が招かれスピーチを始めた。全国から集った学生は、約5000名とも思われ、会場はものすごい熱気に包まれていた。そして名高いアジテーターである羽仁五郎の口から、どのような言葉がほとばしり、この熱気をさらに盛り上げてくれるか、学生たちは高揚感の中で彼の言葉を待った。これまでの弁士も、学生たちを熱血的に鼓舞していていたからである。 しかし彼は開口一番。「諸君!諸君のこの闘いはやがて、敗れるであろう!」と言ったのである。熱い言葉を待っていた学生たちは驚愕した。そしてその瞬間、驚きの声が会場を走った後にすぐに「ナンセンス!ナンセンス!ナンセンス!」というすさまじい怒号が羽仁五郎に向かって投げ付けられたのであった。「寝ぼけ老人、なにをしゃべっている!われわれが敗北だと?・・・お前はどこの党派に属しているのだ。これだけたくさんの学生が集った全国総決起集会で、そのような馬鹿な言葉をしゃべるのは許しがたい。…

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猿山の「平和憲法改正の話」

平和山の「美しい国」のお猿さんたちは、70年にもわたって平和な暮らしを楽しんでいました。温泉もあるし、美味しいお酒もふんだんにある、こんな美しい山は世界のどこにもありませんでした。・・・しかしお猿さんの中には、この平和に飽きた者やさらに強欲なお猿さんもいて、彼らはもっともっと美味しい猿酒や猿山の領土を拡大したいと考えていました。そして10山超えたところの猿山には、絶滅兵器がなによりも大好きな独裁者も住んでいました。 そこである日、美しい国の指導者は、絶対に触れてはならないと言われてきた「猿山の平和憲法」の大改正に乗り出したのです。そして国民を騙して、いつでも好きなときに戦争のできる「戦争憲法」へと大改正を提案したところ、国会ではみんな訳もわからずに大喜び。とうとう平和憲法は、「戦争憲法」に塗りかえられることになりました。  翌日から、今までに見たことのないような最新鋭の武器がたくさん造られ始めました。空にも地にも海にも、たくさんの新兵器のオンパレード。みんな誇らしさと満足感でいっぱいです。そしていつの間にか、平和山はすっかり戦争山へと変わっていきました。戦争に反対した猿は、みんな「凶暴罪」で捕まり、彼らの脳みそはすべて削除されました。 そしてとうとうある日、山を100山超えたところにある猿山と戦争することになりました。どちらの猿山も自分たちの兵器を思う存分試してみたかったのです。しかし次の朝早く、たくさんあった猿山は、一瞬にして1000山が消えてしまいました。 そう…

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2007年2月のミャンマーで書いていた日記より 「春はどこから来るのか?」

今、ミャンマーは長く厳しい冬の中にあります。誰も彼もが待ちわびている春はなかなか来ないのです!軍事政権は銃剣で人々を押さえつけています。ヤンゴンの教育大学で開かれたワークショップの時、ある年配の男性教師が「あなたがみんなに配布した「雪山・春はどこから」という物語にはどんなメッセージがあるのか」と聞いてきました。もちろんこの物語には、「どんな厳寒の社会にも春は必ず来る」という明確なメッセージがあります。しかしもし私が「メッセージはある」と言ったらそれはなにか?ということになってくるのでみんなの前では「特にない」と言ってしまいました。しかしすぐに「世界中の人々は、どこでもだれでも春を待っていますよね。それが私のメッセージです。」とつけ加えて答えましたが、かれはその意味がすぐにわかったようでした。すぐに大きく頷きました。軍事政権下のワークショップでは、なかなか真意を思ったように表現ができないのです。物語を読んでもらえばすぐに意は伝わっていきますが・・・・ ワークショップであるグループの参加者が作った「知恵のある小象」という物語が気になりました。それは南の海岸地域、ドウエから来た参加者が書いた作品で、「ある国の王様が利口な小象にいろいろの芸を仕込もうと、優秀なトレーナーをつけたという物語です。すると利口な小象は、すぐにいろいろの芸をすぐに身につけて王様は大喜び、ある日、その小象をみんなの前で王さまは誇らしく紹介しました。小象の芸は実に見事だったのですが、王様はひとつ気になることを小象に発…

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Japanese government is trying to make the Pacific Ocean …

Now, the Japanese government is trying to make the Pacific Ocean a sea of ​​death by discharging radioactively contaminated water containing high concentrations of tritium. Mankind is the one who destroys the universe, and no one in the universe is so tragic and dangerous. Especially the Japanese ... human beings may be revenged from space. The universe may extinct humanity to defend itself. Human beings were born from nature, but they are the only ruthless animals that destroy nature. It will also thoroughly destroy nature. Mankind is destroying nature, destroying humanity, destroying the universe and destroying the Pacific Ocean. Nothing is m…

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日本の教育の質を本質的に改善しましよう。その第一歩は「心の絵地図ワークショップ」から始まります。

     昨年11月、目黒区内の小学校で、「心の絵地図ワークショップ」を行いました。3日間にわたって、目黒区の小学校6年生3クラスの約70名が参加しました。完成した絵地図それぞれ素晴らしく私は本当に感動しました。これまで海外ではたくさん絵地図をやってきましたが、国内では余り多くはありません。昨年のワークショップの後、子どもたち全員から70通に上る心のこもったお礼の手紙を受け取りました。ひとりひとりの個性あふれる素晴らしい手紙でした。日本の子どもたち、素晴らしい可能性をもっていますね。 しかし、ワークショップを詳細に分析してみると、今の日本の学校教育が、こどもたち1人1人の欲求や人生には全く無関係に進んでおり、受験競争や偏差値の世界だけに子どもたちを投げ込んだまま全く知らない顔をしているのを痛感します。生きた教育が子どもたちには必要なのです。受け取った70通の子どもたちの手紙や完成した絵地図から見えてくるものは、今日の日本の教育のありかたに重大な指摘をしているように感じます。 卒業を目前にした6年生の子どもたちは、今の時代の中で「必死に人生を生きてよう」と悪戦苦闘しています。人生に無限の夢をもっていますが、同時に悩みや苦しみもきちんと表現し乗り越えようとしています。またある女の子は、絵地図のなかに、「わたしのための仕事」と「社会のための仕事」と彼女の人生を二つに分けて、描いている子がいました。これは全体の傾向として、3.11以降、「自分だけの幸せを求めてはいけない」と子ども心に強く決意…

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アウチンの物語(雲の物語より)ーミャンマー死のダイビング

*この物語は、ミャンマー語に翻訳されて、雑誌に掲載されて、広く読まれました。その時期は、ミャンマーでの大規模な森林伐採で、実際に大洪水が起きていたので、「状況を警鐘する」物語になっていたそうです。 死のダイビングーアウチンの物語(雲の物語より) 「あるとき、私は、ミャンマーのチン州の山の中の小さな村を見つめていました。」と高い空を流れていた雲が言いました。 「その山々は言葉にもならないくらい見事なチークの林に覆われていました。そして、この地域には50以上の少数民族の人々が住んでいました。「でも、人間って奇妙な動物ですね。言葉や服装がちょっぴり異なるだけで、すぐに人間は差別を始めるんですから」と雲は言いました。 「大空に浮かぶ雲って、どんなに形が変化しようとも、いつまでも雲は雲。元はと言えばみんな水ですからね・・・・・・」 と大空の雲がさらに話を続けました。 「今日は、私が見たお話をしましょう・・・ミャンマーのチン州の深い山奥に貧しい村がありました。その村に住む一人の若者は生活に疲れていました。いえ彼だけでなく村に住む若者はみんな生きる希望を失っていました。ミャンマーの貧しい生活に疲れていたのです。」 と雲は語りました。 「俺はもうこんな山奥に住みたくない。」と若者は大きな声で言いました。 「村にはなんの仕事もない。この国の軍人はすべてを独占し、俺たちのすべての自由を奪った。俺たちはなにもできない!!いつまでたっても、この貧乏から抜け出せない。軍人たちは、俺たち…

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福島第一原発の未処理水をすべて太平洋に流そうとする菅日本政府!

近日中に、福島第一原発の処理水(高濃度のトリチウムは除去できず)をすべて太平洋に流そうとするスガ日本政府! 日本人や全人類を含め、太平洋の生き物を殺していく日本政府と原発会社の悪業! 全世界の子どもを殺すな!日本の子どもやお母さんを殺すな!生き物を殺すな! 日本の未来を殺すな! 2021年4月13日

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My thoughts and activities for "Education for all" in t…

2014年にインドのデリー国際会議で発表した論文 1.パキスタンの刑務所に設立した青少年のキラン図書館 2.インドとパキスタンと共同編集した「平和絵本」の6冊 3.インドやアジア地域で翻訳出版された創作など(OUP) My thoughts and activities for "Education for all" in the literacy and literary conference by Tajima Shinji Among the discoveries of humankind, literacy is truly fascinating. Forms of writing handily allow knowledge and information to be stored and configured, and transmitted at will across time and space throughout our world. These written letters, numbers and figures record the thought and activity of individuals and peoples, and nurture expression and communicative ability such as have provided motivational force for gr…

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2019年7月開催の「田島伸二氏の児童文学作品」の新刊発表会ー西安ブックフェア読者会議ー【2019/07/29中国…

2019年7月28日の午前、「大亀ガウディの海」、「ビックリ星の伝説」、「雲の語った物語」の3冊の新刊発表会が、西安ブックフェア国際会議展示センターで開催されました。中国の元出版・映画・テレビの国家副局長・中国出版協会の副局長、シュ・シュウジ氏、北京言語文化大学の著名な作家兼教授である梁X生氏、天津外国語大学准教授Haiqi Bala Citta氏、翻訳者で、チャン・シャオホン氏は「児童文学開発のテーマ」、「児童文学作家の感情」、「作品スタイルの特徴などについて」、「中国と日本の児童文学スタイルの類似点と相違点について議論され、子供たちの文学作品は素晴らしい感情と知恵で提唱されるべきと意見の一致を見ました。山東省党委員会の出版管理部長であるZ子文氏、山東出版グループ党委員会のメンバーであり、山東出版メディア株式会社の総支配人、著名な本デザイナーである陳ゼキシン氏、および山東教育出版社長のDong東傑氏が出席しました。 曹文軒氏は、序文の中で、「田島氏はユネスコアジア文化センター(ACCU)で、23年間働いており、豊富な経験とアジアの教育、貧困、環境問題についての深い理解により、作品に広い視野と深い人道的な感情を与え、おとぎ話の世界を限りなく広げた。彼の童話はしばしば、読者を遠くの空間に連れて行きます。そこには、広大な砂漠だけでなく、広大な海と広大な宇宙もあります。子どもたちがおとぎ話の無限の世界にいるとき、視野を広げ、雰囲気を育み、想像の力を育てるのに十分です。彼のおとぎ話は、思い…

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「日本には世界に誇るものはたくさんあるが、ただしビジョンがない」

原発ゼロ社会を達成したドイツのある専門家が、「日本には世界に誇るものはたくさんあるが、ビジョンがありません」と言い切りました。ビジョンがない、それは「日本人は、長期的なものの考え方が出来ず、刹那の時間内でしか物事を把握できない民族」だということです。つまり50年後や100年後など未来へ向けての日本人の生き方の時間や空間を描けないということです。確かに近年、日本には、ビジョンらしいものは全く生まれていません。その理由は、現在形が余りにも忙しく、過去にも未来にも目を向ける時間的な余裕が全く無かったということもありますが・・・・・・・・・・ なぜビジョンが日本に生まれないのでしょうか?その答えは明瞭です。未来とは、現在から描くものではなく、過去の膨大な時間の中から描いていくもので誕生するものですから。考えてみると、日本は歴史問題に限らず、自分たちにとって忌まわしい体験はすべて忘却しようとしている民族です。そして事実でもない日本の歴史を「教育の名を借りて」強制しようとしているのです。近代における日本の侵略戦争も従軍慰安婦もすべて事実は忘却、自らの言い分だけで歴史教育を行おうとしている浅ましい日本の姿があるのです。                                                                                                           ビジョンとは、過去に経験した辛くさまざまな厳しい経験の中から育まれてくるも…

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なぜ「心の絵地図分析ワークショップ」を全世界で開いているのか?

今、世界の子どもや大人たちが深刻に直面しているさまざまな課題について、ICLCは絵地図分析という参加型のワークショップを、これまでさまざまな国や場所で開催してきました。原発で被災した避難者が生活している福島県のいわき市で、3.11後の5月と6月の二回にわたって絵地図ワークショップを行ったことがあります。福島で被災した子どもや大人たちが、どのように原発事故に感じているのか、そして未来に向けての再起の方法など?絵地図とは人生の生の叫びです。 この被災地での詳しい内容については、ICLCワークショップで報告していますが、今回は日本、韓国、中国の子どもと比較してみて気がついた点を報告してみます。これはほんの一部の報告であり、絵地図ワークショップの回数や対象者を変えて、なんども行ったわけではないので、厳密な意味では一般化はできないが、絵地図ワークショップという「自分自身の表現」について、痛感した考えを報告してみたい。 (1)韓国のソウルにある梨花女子大学では、約30名の子どもたち(小学校2年生から中学校1年生まで)を対象に絵地図をワークショップを行ったとき、まず驚いたのが、ワークショップを開会を宣言すると、すぐに子どもの中に「ワークショップには参加したくない」と手をあげて主張した子どもがいた。4-5名もいて、「ワークショップより、家に帰って自分の勉強をしたい」と言うのである。ワークショップについてなにも知らないのである。 みんなに共通のテーマを話し合ってほ…

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この美しく豊かな太平洋や日本海を破壊して、死の海を作っていく「日本人の文明」とはいったいなんでしょうか?

この美しく豊かな太平洋や日本海を破壊して、死の海を作っていく「日本人の文明」とはいったいなんでしょうか?その中でも、原発によって大自然を壊滅させていく「日本人の生き方」とは、いったいなんでしょう?人間の文明をはるかに超えて生命を育む宇宙や自然存在を、私たちは、古来より深い畏敬の念をもって敬ってきました。なぜこのように生き方が大きく変わってしまったのでしょう。今や、「絶滅危惧種」に指定されようとしている日本人ー知っていますか? 宇宙や自然にはある種の法則が存在しますが、それは「宇宙でも自然でも、自らを破壊するものは、大いなる存在によって永遠に追放される」というものです。その大いなる存在を、人は古代より「神」と呼んで敬ってきましたが、私は神とは呼びません。それは人間の思考や想像を許さず、人間の手の全く届かない存在ー「宇宙と自然の意志」を意味するものです。日本人は、許されない生き方を「文明」の中で形成してしまったのです。特に原子力ムラに関係している経済人、政治家たち、官僚たち、そしてそれを支える人々など・・・「原発の再稼働などが許されるはずがありません。」 What is the "Japanese civilization" that destroys this beautiful and rich sea and creates the sea of ​​death? Among them, what is the "Japanese way of life" that des…

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What exactly is a "coronavirus" for humankind? Coronaviru…

What exactly is a "coronavirus" for humankind? Coronavirus is a viral objection to human life and activities 「コロナウイルスは、人類にとっていかなる存在なのでしょうか?コロナウイルスの存在は、人類の「環境破壊活動や歪な生き方に対する」異議申し立てを意味しています」 Actually, this should be called a revenge in the natural world for human beings. It's a virus rebellion. It's a revenge of nature, so to speak. Due to the development of human distorted and unbalanced civilization, all the creatures of nature have been hunted down by humans and murdered and the environment has been shattered. Isn't it the beginning? In the Asahi Shimbun on April 8, 2020, sociologist Masachi Osawa "The virus itself is a threat that cam…

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「コロナウイルス」とは人類にとって一体何でしょうか? コロナウイルスは、人間の生き方に対するウイルスの異議申し立て…

    実はこれは人間という生き物に対する自然界のリベンジともいうべきものではないでしょうか。ウイルスの反乱です。言わば自然の復讐です。人間の歪でアンバランスな文明の発展によって、これまで自然のあらゆる生き物たちが人間によって追い詰められ無残にも殺され環境をズタズタに破壊されてきたのですが、そのつけともいうべき自然の復讐が始まったと言えるのではないでしょうか? 2020年4月8日の朝日新聞で、社会学者の大澤真幸さんは、  「ウイルス自体は文明の外からやってきた脅威ですが、それがここまで広がったのは、『グローバル資本主義』という社会システムが抱える負の側面、リスクが顕在化したからです。未知の感染症は野生動物が主な宿主。世界中の原生林が伐採され、都市化された結果、野生動物との接触機会が増え、病原体をうつされるリスクも高まった。英国の環境学者ケイト・ジョーンズは『野生動物から人間への病気の感染は、人類の経済成長の隠れたコストだ』と指摘しています」。そして「新型コロナウイルスの深刻な特徴は、感染の広がるペースがあまりにも速いこと。2002~03年に中国南部から広がった重症急性呼吸器症候群(SARS)とはまるで違う。病原体自体の性質の違いもありますが、中国がグローバル資本主義を牽引(けんいん)し、国内外への人の移動が飛躍的に増えたことが確実に影響している」と述べています。 全くその通りです。海を山や地を生き物を覆い尽くしていく人間の自然破壊や宇宙破壊・・・・。現在の爆発的なコロナウイル…

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「福島原発事故から10年 生き物たちを描く」ー田島和子展覧会 4月5日~10日まで 銀座中和ギャラリーにて

キオクの先へ➡ 銀座の中和ギャラリーにて「田島和子展」が開催されます。 「3. 11」大震災から10年ですが、原発事故に関しては何も終わっていない、忘れない為に、未来を考えるためにテーマとしました。 よろしくお願いします。相変わらずのコロナ禍ですがご高覧いただければうれしいです。 日時: 2021年4月5日(月)~4月10日(土)     12:00~19:00 (最終日17:00) 場所: 中和ギャラリーの場所     http://www.chu-wa.com/about.html   2012年 「-LANDSCAPES 生成の風景-」(中和ギャラリー) http://www.chu-wa.com/Exh/20121001.html 2014年 「イノチノユクエ・・・」(中和ギャラリー) http://www.chu-wa.com/archive/20140303.html

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ミャンマーでは、伝統的な暗記主義(TCA)から、子どもの感性や体験を中心とした教授方法(CCA)へと切り替え研修を…

2001年から行ったミャンマーでの、教師の教授方法の改善では大変苦労しました。それは教師による伝統的な暗記主義や鞭をもった教授法(TCA)から、CCA(子どもの感性や体験を中心とした教授方法)など参加型や体験的な教授方法へと切り替えていくのは、大変難しい課題だったからです。2001年から2006年に向けてさまざまな教師の教授法についての実践的な研修を行い、私も専門家の一人として参加しましたが、これはJICAが、ミャンマー政府の教育省の要請で行った基礎教育改善計画の一環でした。私は教師研修でも、特に小学校の幼稚園クラスから。小学校の1年2年の総合学習という科目を担当しました。これは実に刺激的でおもしろい体験でした。 ミャンマーでの授業の行われかたは、基本的には暗記、教師もそれに向けて授業を構成しています。生徒たちは、薄っぺらの白黒の絵が入った教科書を、すべて大声をだして暗記するという方法でしたから、教科書の内容に書かれてある内容を、自分で実感したり体験するというような授業はほとんどありません。そこで私は、研修の教師たちをまず自然の中で、草、木、花、昆虫、土、水などすべてを自分の感覚で体験していくという演習を数多く行いましたが、やはりこれは彼らには新鮮に見えて、多くの教師が多くのことを発見し夢中になってきました。 しかし月や星の観察授業を行おうとしたところ、教師たちはいっせいに、「月や星は夜出るので、教師には観察は出来ない」と主張するのには困りました。その理由は、彼らは昼間は教師で…

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キラン図書館ー巨大な格差の中で苦しむパキスタンの刑務所の中の子どもたち

アジア・太平洋地域で識字教育や基礎教育の仕事に携わってきて痛感したことーそれは社会の中で最も抑圧され、最も困難な状況の中で生きざるを得ない子どもたちであった。すべての人にとっては戦争状態のない平和が一番重要だし、生存のためには衣食住のような物理的環境がよく整備されていることは人間の最も重要な用件であるのは間違いないが、識字教育を行っているうちに、人間という存在は、物的なことだけではなく、精神や心の自由があってこそ幸福に存在するように思えた。 こうした精神や心の自由などが存在しないといかに物的な環境が豊富にあっても人間は幸せを感じないし、生の充足感を得ることができない。この人間の豊かな精神活動を支える根拠には ―豊かな言葉があり、人を動かす文字があり、人間性を高める表現活動のすべてがありーそこに識字の課題がすべて存在しているように思えた。特に変化の激しい21世紀には、識字の力を持っていなかったら生きていけない。 1998年の暮れ、私はパキスタン政府の女性開発省の青少年福祉を担当している職員から、刑務所に収容されている子どものための識字教育活動への協力要請を受けた。私は、パキスタンの刑務所に収容された子どもたちの実情についてよく知らなかったので、まず職員にパキスタン全土で収容されている子どもの数字や実情を記した資料を要請した。しかし、いつまでたっても福祉省のスタッフから報告書や数字らしい数字が示されない。そこで私は職員に厳しく質問した。 「なぜ、詳しい数字を教えてくれないのですか…

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千鳥ヶ淵の桜

東京九段のー<千鳥ヶ淵の桜> SAKURA in Tokyo on 1 April 2016 花見と言えば、昔から千鳥ヶ淵、お花見弁当を持ってよくやってきていました。この千鳥ヶ淵の桜は、明治31(1898)年、当時の駐日英国公使 アーネスト・サトーが英国大使館 前にソメイヨシノを植えたのが始まりという記録があるそうですが、その多くは昭和30年頃の植栽に始まるそうです。一般的に桜の木の寿命は60年ー100年ほどといいますから、千鳥ヶ淵の桜の多くの古木は60年-70年前後でしょう。それにしても楽しませてくれますね。 かって広尾のドイツ大使公邸に招待されたとき、大使公邸の庭で見た1本の桜の見事さには驚きました。一般公開されないのが残念ですが、外国の外交官は、日本の美をよく知っているのですね。

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コンキチー「孤独なキツネ」の舞台が始まった!

コンキチの創作を書き始めたのは 1975 年、もう46年前になるんです。当時、遊学していたド イツのミュンヘンにあるアパートの6階で、小雪が舞っているアルプスの方角を眺めながら、 ふと思いついて書き始めた寓話です。そのとき私は26歳、毎日、バイエルン州立図書館に通 っていました。そして人生を限りなく夢想していたのです。 その頃は、春になって暖かくなったら、ドイツから汽車で出発し、トルコの黒海を船で渡り、シ ルクロード経由でインドのシャンティ二ケタンへ遊学を始めようと考えていたときでしたが、降 り積もる雪を見ているうちに、私はふと生まれ育った広島の山間部にある故郷を思い出して いたのです。故郷にも、同じように今は雪が降っているだろうなと想像したとき、不意に雪の中 に一匹のキツネのイメージが浮かんできたのです。 「そうだ!キツネの物語を書こう!それは私自身の生き方を表現するものになるかも知れな い。そのキツネは、山の自然を破壊され、絶望感とともに、人間へのあこがれなど複雑な気持 ちを持って、人間に変身する―そして山を下り、会社人間となって夢中で働く人生。しかし、キ ツネを待ち受けていた人間世界とはいったいなんだったのか? 人間は生涯をかけて生きるために懸命に働く仕事の意味はいったい何か、人生とは?生活と は?幸せとは?私自身の人生を重ね合わせながら、1篇の創作に10年もの歳月をかけて 「コンキチ」の物語を書き上げてみたのです。この物語が初めて刊行されてか…

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紀元前180年頃ギリシャ人によって建設されたシルカップ都市遺跡と子どもたち

パキスタンのガンダーラ地方には無数の文化遺跡がありますが、この遺跡は紀元前180年頃ギリシャ人によって建設された都市遺跡のシルカップ遺跡です。整然と区画され中央には幅7mくらいの大通りがありました。当時1万人が住んでいたと言われています。中央の階段の両側にはそれぞれタタール風、インド風、ギリシャ風の3つの門が彫刻されており、門の上には双頭の鷲が彫られています。 子どもたちが近くの遺跡のそばで遊んでいました。目の青い子どもも混じっていて、シルクロード文明の大きな広がりを感じました。みんないい表情をしているでしょう。 https://www.facebook.com/shinji.tajima.129/posts/839463849403346

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西ベンガル州への1400キロの鉄道の長旅に行ってきました。

2015年3月23日。インドのデリーから1400キロ離れている西ベンガル州への鉄道の長旅からようやく帰ってきました。昨夜は特急寝台車にて1泊、なんと18時間もかかりました(笑)それにしても楽しかった!命の洗濯をしたような気持ちです。なんと数十年も若返った気持ちです(笑)これは私の里帰りともいう6日間ーなんと40年ぶりに、その昔、青春時代を過ごした西ベンガルにあるロビンドロナート・タゴールの設立したVISVA BHARATI(Santiniketan)大学 に行ってきたのです。 40年も過ぎると、自然環境や社会環境などありとあらゆる存在が大きく変わっていましたが、全く変わらないものもたくさんありましたね。私は当時から大学院の哲学科には籍は置いたものの、ほとんど学校へは行かず、住居のあったロトンポリの砂漠の近くに住んで、豊かなベンガルの自然や、少数民族のサンタール、吟遊詩人のバウルなどの世界を堪能していたのです。私にとってのキャンパスは、学校へ行けない村の子どもたち、村人たちが直面している貧困や、今までに見たこともない華麗な花や鳥、ロバや野良犬などおもしろい動物の存在でした。 今回は、デリーの国立文学アカデミーから刊行された10冊(英語版2冊、ヒンディ語版など8冊)の本を、タゴール国際大学(VISVA BHARATI)の副学長に寄贈するのが主目的でしたが、これは大変喜ばれました。インドは現在、河川の深刻な汚染を始め、原発開発など環境問題が非常に大きな課題になっているからです。わざわ…

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突然出現した岡倉天心・・・・

    40年前、私が遊学していたインドの西ベンガル州のシャンティニケタンにあるロトンポリの砂漠状の荒野の辺りには、私の家とKPセンという老夫婦の2軒しかありませんでした。そのため時々、お隣のKPセンの家に遊びに行っていたのですが、KPセンは、ロビンドロナート・タゴールが作詞作曲した歌「ロビンドロションギット」をよく歌って下さったのです。その歌は人生や自然について、実に深い意味をもった素晴らしいものでした。私もいくつかベンガル語で学んだことがありましたが、かれの歌はどうやらタゴール自身からの直伝のようでありました。 そうしたある日、KPセンの夫人が突然「わたしの父はオカクラから刀をもらったことがあります」と述べたのです。そのとき私は、笑いながら聞いていましたが、あとになってよく考えてみると、それは「オカクラ 岡倉ー岡倉覚三、つまり後の岡倉天心だったのではないか」と思われたのです。当時、彼は、日本から横山大観、菱田春草などを引き連れてシャンティ二ケタンの地によくやってきていました。彼は「アジアは一つ」という理想を掲げながら、ベンガルのタゴールたちと一緒に、新しい美術運動を起こそうとしていた1901-1902の頃です。 そこで今回は、時間もあったので、KPセンの家を訪ねて、「日本刀をもらったご夫人の父はいったい誰だったのか」を詳しく調べてみることにしました。リキシャに乗って約15分でロトンポリに到着。そこでKPセンの家を尋ねたら、もうお二人とも亡くなられていましたが、そのタゴールの親戚…

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赤えんぴつ&青えんぴつ 

   これはインドとパキスタンのカシミールを題材にして、南アジア地域で13年かかって共同編集・出版したICLC(国際識字文化センター)の4冊の「平和絵本」の中の1冊です。この絵本は、パキスタン側の参加者が構想を書き、インド側の参加者が絵を描き、ICLCが編集しました。 「赤えんぴつと青えんぴつ」 「文房具のお店で、赤えんぴつと青えんぴつが、それぞれ自分の将来のことを夢見ていました。「二人は、どんな人生を生きるんだろうね!でも二人とも、人生では思い切り働いて短くなって人生を終えるときには、再会して人生を語り合おうね」と約束しました。 それから赤えんぴつは兵隊さん、青えんぴつは先生に買われていきました。兵隊さんに買われた赤えんぴつは、次の日から、いつも人を殺すことや作戦ばかりを描き出していきました。大地は赤く染まっていきました。一方、先生に買われた青えんぴつは、人生に困ったこどもやおとなたちをいつも励ましては、たくさん言葉を生み出していきました。そして二人とも短くなって人生を終えて、焼却場に捨てられたとき、偶然出会ったのです。 「あっ!赤えんぴつさん、どうだった?あなたの人生?」「・・・・うううん。私が兵隊さんの人生で夢中で書き出していたのは、いつも戦(いくさ)のことばかり、人を殺すことでに夢中だった。どこもかしこも赤一色に染まって・・とても悲しい人生だった」 「青鉛筆さん、あなたははどうだった?あなたの人生も悲しかった?」「・・わたしはね。いつも喜びの言…

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「ビックリ星の伝説」の寓話の結末より

・・・・・・「さようなら、地球人たち。この宇宙には、君たちほど驚異的な生き物はいなかった。宇宙には限界がないが、地球人の世界には終わりが来てしまったようだ。地球人の文明は、あまりに早く発展し、変化し、そして宇宙の余りにも多くの生き物が、地球文明に望みをかけ過ぎてしまった。何千年何万年もの成長と発展の末に、人間は結局、人間自らを滅ぼしてしまうような文明を創るとは❓・・・・・。つまり、すべての「人間の進歩」とはすべては巨大なまやかしだったのだ。あぁ、人間たちよ!君たちの手が作りだした言葉と両手とともに、君たちそのものが、いちばん驚きに満ちた存在だったのだ。」 知恵者はゆっくりとみんなを振り向きながら、やさしい声で言いました。 「この広い宇宙のどこかに、我々の知らない真実の言葉と、やさしい両手で作られている星があるかもしれない。希望を探そう。希望という言葉は、生き者にとって、特に若者にとってはいちばん大切なものだ。もし希望が宇宙にないならば、若者たちー君たち自身で希望を創り出す努力をしなければならない。希望は驚くことよりも、我々にとってはもっともっと大切なものだ。」 びっくり星の人々は、宇宙の新しい惑星での希望を求めて、飛び続けました。今。かれらがどのあたりを飛んでいるのか、あるいはどこかに着陸したのかまだ誰も知りません。宇宙の静かな闇の中で、無数の星がまたたいています。びっくり星の悲劇のことは何も知らないかのように・・・・・・ From the end of the parab…

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西安にて4冊の寓話の出版記念会開かる

    2019年7月28日、中国の西安(古代の長安)にて、山東教育出版社によって4冊の寓話本の出版記念会が行われました。中国各地から作家や出版人が駆けつけて賑やかな出版記念会となりました。 中国の作家たちの発言で気になったこと「中国には、これまで青少年向けには、絶望的な結末や希望のない物語はほとんど存在しなかったが、あなたの作品は内容のほとんどに希望がなく戦争や死や環境破壊を扱っておりわれわれにとっては実に新鮮な驚きです。これは中国の若い読者だけでなく創作者にも大きな影響を与えるでしょう。現代中国は苦悶しているのですから。」と指摘されたことでした。 出版に際しては、中国の関係者の皆さまに心から感謝申し上げます。西安は、古代中国の「長安」の都。古代より政治の中心地として、周から秦、漢から隋、唐と十数の王朝の都として二千数百年栄えてきた都です。日本文化に最も馴染みの深い都です。 これら3冊の物語の本の序文を書いて下さったのは中国のアンデルセン賞作家・北京大学教授の曹文軒さんです。序文は5ページにわたっています。翻訳は児童文学者の季穎さんです。 https://tajimaiclc.at.webry.info/202007/article_32.html 曹文軒氏の序文 北京大学教授、前東京大学客員教授、国際アンデルセン作家賞受賞(2016年)   今年2019年の一月、私は東京の小さいな居酒屋で田島伸二さんに会った。時間は長くはなかったが、話…

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A person who has never been stepped on does not know the …

  Having been engaged in education and cultural activities in the Asia-Pacific region for many years, fortunately or unfortunately, I have always encountered the past wars that Japan has fought in various countries. The first was the Philippines, which was the grave of General Tomoyuki Yamashita when I stopped by on my way home from a literacy workshop in the village. A brave general who was said to be a Malay tiger, he was a Japanese soldier who was hanged as a war criminal in this area after capturing Singapore. Participants in the workshop ranged from Malaysia, China, Papua New Guinea, Indonesia, India and the Philippines. So, in front …

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踏まれたことのない人間には、踏まれた人の痛さはわからない。

私は長年、アジア・太平洋地域で教育や文化活動に従事してきたので、幸か不幸か、いつも日本が行った過去の戦争にさまざまな国で遭遇してきました。最初は、フィリピン、それは、識字ワークショップで村落を訪れた帰りに立ち寄ったところ、山下奉文大将のお墓でした。マレーの虎と言われた勇猛な大将でシンガポールを攻略し、この地で戦犯として絞首刑になった日本の軍人です。 ワークショップの参加者には、マレーシア、中国、パプア・ニューギニア、インドネシア、インド、フィリピンなどからさまざまでした。そこで私は、その墓を前にして、日本人として重たい空気の中で、みんなに一言しゃべらざるを得なかったのです。「かって日本はアジアの国々に侵略して、多数の人々に、たとえようのない苦しみや大きな損害を与えたことがありました。大変申し訳ありません。私は戦後の広島生まれですが、戦争については日本人の1人として心から謝罪したいと思います。しかし今回は、私はこうやってみなさんと一緒に「識字教育」で、アジアのために働けるのは、とても幸せなことだと思っています。感謝します。」と涙を浮かべて述べると、みんなうなずきながら、心から聞いてくれました。     また数年前は、中国の南京師範大学で開かれた「絵地図ワークショップ」に参加したときには、ワークショップの閉幕式で、南京市に住んでいる若い大学院生のキラキラ輝く瞳を前にして、どうしても「南京虐殺」についても一言しゃべらなければならない雰囲気を感じました。これは義務や責任というより…

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Twenty years ago, every day I did "textbook production in…

In September 2001, I was asked to cooperate with a Japanese NGO's library activities at the Mekongka refugee camp in Burma, where the Karen people live in Thailand. For many years, I have been conducting literacy education, creation, library activities, etc. in Asian countries through UNESCO, etc., so I immediately agreed, "Of course, I am happy to cooperate with you at any time." We headed to the Mekongka refugee camp in the Thai border area. At that time, the Karen people were in a fierce conflict with the Myanmar military government, and there were constant military conflicts around the border. At that time, more than 100,000 refugees were …

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20年前、カレン民族の難民キャンプで「2日間の教科書製作」を行った日々!

2001年9月、私はタイにあるビルマのカレン民族の住むメコンカ難民キャンプで、日本のNGOの行っている図書館活動への協力を要請されたことがあります。私は長年、ユネスコなどを通じて、アジア各国の識字教育・創作・図書館活動などをアジア全域で行っていたので、「もちろん喜んでいつでもご協力できます」とすぐに快諾。タイの国境地域にあるメコンカ難民キャンプに向かった。  その当時、カレン民族は、ミャンマーの軍事政府と激しく対立し、国境周辺では絶えず軍事衝突が起きていた。そしてこの難民キャンプには、その当時は約10万以上の難民が国内よりタイ側に避難して生活していた。依頼された目的は、その難民たちが日本のNGOの協力で開設している図書館のスタッフ養成や、教科書の改訂、紙芝居、絵本の創作などであった。また難民の若者たちへ職業訓練も含めて紙漉き技術のノウハウを実習することであった。 初日は、竹で美しく作られている図書館を運営しているカレン族の女性たちから話を聞いたが、その当時、図書館の本は、すべてカレン語で製作されていた。私は当時、ミャンマー国内で基礎教育のアドバイザーを行っていたこともあり、すぐに担当者に質問した。「本の言語は、全部カレン族の固有語のカレン語ですね。カレン語で出版したい気持ちはよくわかりますが、将来みんながミャンマーに帰還して、ミャンマーで生きていきたいとき、もしミャンマー語が理解できないと、言葉のコミュニケーションが全くできません。これでは大変困難なことになります。どうぞミ…

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「海ゆかば」がNHKから放映されて

2015年7月24日、名古屋で逝去された元小学校教師・丸木美術館前理事、ピースあいちの現運営委員の吉川守氏との出会いは、2010年8月6日、私がNHKテレビから流れた「海ゆかば」について、下記のブログ記事を書いたことから始まりました。吉川さんは、この記事を読んだと言って、わざわざお友達と一緒に2010年、名古屋で行った私の講演会を訪ねてこられたのです。その頃、吉川さんは、この「海ゆかば」の曲がNHKから流れたことをめぐって主催者と激しい論争を行っておられたのでした。 私たちはたちまち意気投合し、その後は、沖縄のフクギの劇や「人権と教育の会」などいろいろご紹介していただきました。ところが昨日の突然の訃報、私は大変大きなショックと悲しみに包まれています。「生ある者は必ず滅していく」のは頭ではよく理解してはいますが・・・・私の小さなブログ記事から始まった「吉川さんとの素晴らしい出会い」に、心から感謝しながらご冥福をお祈りしするものです。合掌 <ブログ記事>2010年8月6日の「原爆の日」に、NHKから流れた「海ゆかば」の曲 原爆が投下された8月6日の夜の午後8時45分からNHKテレビの関東圏ニュースで、広島忌の音楽コンサートの様子が報道されました。原爆犠牲者の鎮魂の音楽コンサートは、とてもいい企画だと思いましたが、その中に「海ゆかば」という軍歌が歌われていたのです。 私は戦後生まれでもあり、軍歌のことを余り知らなかったので、「ひょっとして「海ゆかば」は、「平和…

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