大型開発とはなにか?

   この「リニアモーターカー」は、現代の日本の深刻な病理を全部背負っていますね。これが稼働するには、原発が5基必要と言われています。これは原発が乱発建造されていた時代の遺物なのです。しかし、原発が大幅に稼働しないと、全く動かないのです。この深刻な課題は、いつ日本国民に提起するのでしょうか?かっこいいとは思いますが、余りにも高価すぎて米国を初め、諸外国で導入する国は見当たりません。また原発による膨大な放射性廃棄物も捨てるところがなく、海へ捨てたり、農地に再利用したり・・・日本災害列島の巨悪の典型的な存在です。それで大阪―東京間がどれだけ短縮されるのでしょうか?1時間29分かかっていたのが、1時間・・・わずかに29分です。このような日本人の生活を殺して食べてしまうような大型開発は、本当に日本にとって必要なものでしょうか?中国の世界一と言われる「三峡ダム」も現在、豪雨によって深刻な危機に見舞われています。 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=3701276596555376&set=a.456985940984474&type=3&theater

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存在という多様性について

これが存在というもの、生き物というものの多様性です。どんなに威張ってみても、私たちはこの中で「人間」という1種類だけの存在です。 https://www.facebook.com/…/a.1015180952…/10156360724156772/…

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「識字は文学を通じて形成されるべき」

人間が発明したものの中で、文字(識字)というのは実に不思議なものです。文字は、知識や情報を簡単に貯蔵する事ができるし、簡単に加工することも、時間や空間を越えて世界に即座に伝えることもできます。文字は人間の思考や活動を記録したり、人々の表現やコミュニケーション能力を育て、現実社会を大きく変革させる原動力ともなってきました。現代の文明はそのおかげです。 しかし、現在、全世界の成人のうちなんと十億人もの人々は、この文字の読み書きが全くできず、未識字者(非識字者)と呼ばれている。戦火にあったアフガニスタンやカンボジアは、世界で最も識字率が低く、農村地域のほとんどの成人ー特に女性たちは全く読み書きができない。そして現在世界では、経済面だけでなく世界の識字者と未識字者との間に、知識や情報の巨大 なギャップが生じており、未識字者の三分の二は我々のアジア地域に集中している。貧困と識字は、密接な関係にあり、識字率の低さが、主要な貧困を作りだしているのは紛れもない事実である。そのため識字率を高めようと、人間社会はあらゆる努力を傾けてきた。 では識字力があればすべて世の中の問題が解決するかというとそうではない。広島に生れた私はこの頃、人間の進化や発展について、ひどく否定的な気持ちとなっている。特に2011年、日本で起きた3.11の福島の凄絶な原発事故を経験してみると、われわれの文明は光やエネルギーを求めて、膨大な知識や情報、そして最先端の科学によって豊かな社会を求めてきたが、その多くはすべてが悪夢の…

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お空を泳いだ雲が見た!

「あるとき、私は、ビルマ(ミャンマー)のチン州の山の中にある小さな村を見つめていました。」と高い空を泳いでいた雲が言いました。 「その山々は言葉にもならないくらい見事なチークの林に覆われていました。そして、この地域には50以上の少数民族の人々が住んでいました。「でも、人間って不思議な存在ですね。ちょっと言葉や生活のしかたが異なるだけで、すぐに人間は差別を始めるんですからね・・・・・私たち大空に浮かぶ雲は、どんなに形が変化しようとも、雲はいつまでも雲なのに。元はと言えばみんな水なのにね・・・・・・」 と大空の雲が話を続けました。 「今日は、私が見たお話をしましょう・・・ビルマのチン州の深い深い山奥に貧しい村がありました。その村に住む一人の若者は生活に疲れていました。いえ彼だけでなく村に住む若者はみんな生きる希望を失っていました。。ビルマの貧しい生活に疲れていたのです。」 と雲は語りました。 「俺はもうこんな山奥に住みたくない。」と若者は大きな声を出して言いました。 「村にはなんの仕事もない。この国の軍人はすべてを独占し、俺たちの自由を奪った。俺たちには、もうなにもできない!!いつまでたっても、この貧乏から抜け出せない。俺たちの目を奪い、口を塞(ふさ)ぎ、耳を閉いでしまった。なぜビルマは豊かにならないんだ。なぜ奴らは俺たち少数民族を馬鹿にするんだ。俺はこの山を下りよう。これから大きな町に出て会社員になる。給料取りになるんだ。もう山の中は嫌だ!」 若者は、涙を流して制止する…

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世界中の放射性廃棄物のゆくえービデオより

原発からの高濃度の放射性廃棄物の最終的処分は、まだどの国も確定していない。日本では多くの人々の反対も無視する形で強行しながら、全国の自治体にばら撒いているいるのが実態だ。要するに解決ではなくて拡散しているのが実態だ。将来の日本が放射能まみれになってしまうことをよしとしているのだ。この7本のビデオは、世界中の原発から出てくる放射性廃棄物の処理の方法がすべて行き詰っていることを明確に示している。放射能は永遠に続く悪夢。日本の六ヶ所村での再処理施設の完成などは、夢のまた夢であり、住民を巨費を投じて騙していることがよくわかる。再処理のもんじゅなどが稼働したら、地獄行きとなるのがわかる。原発の再稼働は絶対に許してはならない。 再処理を最先端で行っているのは、国内の80%の電力を原発でまかなっているフランスである。フランスは、再処理施設から出てくる放射性廃棄物はロシアへ送ったり、冷却水などはすべて英仏海峡(ドーバー海峡)に棄てている。それはすべて安全基準だというが、その安全基準は、驚くことに広島と長崎のヒバクの実態から作られたもので、原発の実態から導き出されたものではない。原爆は、瞬時にして莫大なエネルギーを作り出し多くの人々を殺傷し、後には高濃度の放射性廃棄物を生み出すが、原発は毎日、膨大なエネルギーと莫大な放射性廃棄物を生み出しており、それが生態に与える影響は余りにも怖ろしいものがある。人類の生命の浮沈にかかわっている。 原発が多く作られていた1960年代、世界中で原発からの放…

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気になる腹ぺこ青虫

小さな山椒(サンショウ)の木の葉に、アゲハチョウが飛んできて、卵を産みました。そしてある日、その卵から、小さな小さな青虫が誕生ーやがて小さな青虫は、せっせせっせとサンショウの葉を食べて、あっという間に大きくなっていきました。 しかし青虫が夢中でサンショウの葉っぱを食べてしまったので、小さなサンショウの木には、もう葉っぱが1枚もなくなってしまったのです。小さなサンショウの木は、まるで身ぐるみはがれてしまいました。腹ペコ青虫の表情を見ると「困ったな、これからどうしよう?まだサナギになるには早すぎるし・・」そんな困った感じに見えました。 この子どもは、ものすごい腹ペコ青虫・・・そこで私は、お店から、たくさん青い葉っぱのついている小さなサンショウの木を買ってきて、そばにおいてやりました。「青虫さん、はい。どうぞ!たっぷり食べてくださいね。丈夫で健康なサナギになるために・・」 しかしどうしたことでしょう。青虫は、私が買ってきたサンショウの木には見向きもしません。毎日なにも食べずに、それから突然、全く動かなくなったのです。いったいどうしたのでしょう。そしてしばらくすると、青虫の姿は消えていました。 もうサナギになるためのサンショウの葉っぱを十分食べることができたのでしょうか、あるいは、サナギになるためにどこかに移動したのでしょうか、そしていつか、アゲハチョウになって舞い戻ってくるのでしょうか、どうも青虫の心理も行動もよくわかりません。(笑) もしなにか進捗があったら、この…

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インドの著名な女優にして映画監督のナンディータ・ダス来日

       7月7日の今日は、インドの著名な女優にして映画監督のナンディータ・ダス氏 Nandita Das が来日、東京外国語大学にて彼女の「マントー」という二作目の彼女の作品が上映された。表現の自由を貫き、抑圧する社会と闘った人気作家マントーの生涯を描き、インド・パキスタン社会について「猥褻罪」を通じて深く考えさせる映画であった。彼女のお母さんVarsha Dasを通じて高校時代からよく知っている私にとっては、このような深刻なテーマを追い続けている彼女の存在には、大いなる驚きであったが、映画にとっても、「性」と「宗教」と「体制」という最も難しいテーマに真正面から敢然と挑戦しているナンディータの姿には、さすがインドの映画界の最高の花と称賛せずにはおられない。すごいな。「将来は路上で生きている人々のためにNGOで働くの」と夢を語っていた頃を思い出す! 2019年7月7日 https://www.facebook.com/shinji.tajima.129/posts/2799668680049510

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識字教育でパキスタンにでかけて、なぜ私は紙漉きを始めたのか?

1998年、パキスタンで寺子屋式の小学校を訪問調査しているとき、私は全国各地で大勢の子どもたちに会ったことがある。あるとき、私はタール砂漠に近い寺子屋学校を訪問していた。彼らは大きな瞳を輝かし、私に好奇心をもっていろいろな質問をしてくる。そこで私も子どもたちに 「どんな教材が一番欲しい?」と尋ねてみた。 すると、子どもたちは一斉に大声で「コピー」と答えた。 「コピーとはいったい何だろう」初めはなんのことかわからなかった。というのも寺子屋学校は貧しい子どもたちが通うコミュ二ティ・スクールなので電気も机も窓もないところが多い。 「コピーの機械にしては、電気は来ていないし、コピーとはなんだろう?」そこで通訳に聞くと、コピーとは「紙やノート」を意味していることがわかった。 インドやパキスタンなど南アジアの子どもたち(5才から14才)は、通常、羽子板のようなタクティという板版に白土を塗っては乾かした上に、水に溶いた墨の粉インクを竹ペンにつけて書いている。これは何度でも書き直しができるので、随分便利なものだと思っていたが、反面次に書くときには塗り直さなくてはいけないので、実にやっかいなところもある。冬の寒い時期、たくさんの子どもたちがこのタクテイ(板版)を塗り直すために小川で洗っている風景を目にしたが、実に寒そうだった。しかも冬日なので土で塗り直してもなかなか乾かない。学校の前には、太陽の陽射しで乾かせているタクティをよく見かけた。 そこで私は、「みなさんは、タクティというとても…

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「日本には世界に誇るものはたくさんあるが、ビジョンがない」ー未来のつくり方

    かって私は、2005年頃、軍政下におけるミャンマーで、雑誌のインタビューを何度か受けたことがあります。長時間のインタビュー記事が掲載された後、編集者に反応を聞いてみると「読者からはかってなくいい反応がありました」と大変喜んでくれたあと、「検閲はたった1か所だけでした」というのです。「それってどこでしょう」」と尋ねると「社会の事実や真実を、次世代にきちんと伝えていくことが大切だ」としゃべったところはすべて削除されたとのこと・・・「なるほど」軍事政権とは、いつも事実や真実を伝えていくことを極度に恐れていると痛切に感じたことでした。 原発ゼロ社会を達成したドイツのある専門家が、「日本には世界に誇るものはたくさんあるが、ビジョンがない」と言いました。ビジョンがないということ、それは「日本人は、刹那の時間内でしか具体的に物事を把握できない民族」だということですね。つまり50年後や100年後など未来へ向けての日本人の生き方の時間空間を描けないということです。確かに近年、日本には、ビジョンらしいものは全く生まれていません。その理由は、現在形は余りにも忙しく、過去にも未来にも目を向ける時間的な余裕が全く無かったということもありますが・・・なぜビジョンが日本に生まれないのでしょうか? その答えは明瞭です。未来とは、現在から描くものではなく、過去の膨大な時間の中から描いていくもの、誕生していくものであるからです。考えてみると、日本は歴史問題に限らず、自分たちにとって忌まわしい体験はすべて忘却…

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ミャンマーの民主化がもたらしたものー2015年

2015年2月、10年ぶりにミャンマーを再訪した。それはミャンマー作家協会とシャンティが共催した絵本作家を対象とした研修ワークショプに招請を受けたことによる。久しぶりのヤンゴン、⒑年前と大きく変わっていたのは、ほとんどの若者たちがスマートフォンを持っていたことだ。人々の表情がとても明るくなり、そして特に若い女性たちの表情やファッションなどもバンコクなどとほとんど変わらないぐらい快活で明るくなったような気がした。アウンサン・スーチーさんが国政に復帰し民主化がもたらしたミャンマーでは、みんなが自信をもって生きているように感じられることだった。 車は日本車がますます増えていたが、信号機が普及していないので、さらに一層交通地獄が酷くなったこと。またエレベーターに乗ったときは、突然の停電に遭遇し、真っ暗闇のエレベーター内に1時間も閉じ込められたこともあったり、帰国する際には空港で、飛行機への搭乗直前に停電が発生、空港のロビー全体が暗闇に包まれるということも起きた。現在は、日本企業の進出が著しいミャンマーで、電気のエネルギー源に「原発を輸出しよう」という動きが日本の企業体などからあるようだ。原発の推進側は、原発エネルギーは、二酸化炭素を放出しないクリーンエネルギーだと嘘を言って、日本企業が積極的に環境問題と絡ませて推進しているようだ。その先頭にたって旗を振っているのは雇われ東大教授だと噂されていた。 海岸地域でマングローブの植林を行っているミャンマー人のNGOの友人は、真剣な顔をして、「使…

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教室に虹を!

ある日私は、ミャンマーの山奥にある小学校の教室の天井に、「虹」を映し出してみました。それは教師から借りた小さな手鏡をバケツの水の中に入れて、太陽の光を反射させるだけのもの。 しかし子どもたちの驚きようといったらありません。見て下さい。彼らの真剣な表情!そのあとの授業から、子どもたちは自分で自分の虹を作ろうと必死になって、それから子どもたちは「なぜ雨上がりの空に虹がかかるか」を知ったのです。みんな自然科学が好きになったのです。小さなことでも、子どもたちには大きな感動となります。 これは、私がミャンマーで行っていた100レッスンの中の科学実験のひとつ。さまざまな新しい実験授業を子どもや先生たちと行いました。

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カマボコの秘密

1980年の国際児童年を記念して、アジア・太平洋地域の15カ国から児童書の代表的なイラストレーターを東京に招聘して、ユネスコ(ACCU)でセミナーを開催したことがあった。いずれの参加者も個性は強く、実に楽しい方ばかりだった。英語のコミュニケーションはみんなうまくはなかったが、絵を通じての豊かなコミュニケーションは、実に愉快で有意義なセミナーであった。 初日のこと。数カ国の参加者と連れ立って昼食に一緒に行った時、人民服を着た中国から参加したT氏は国民的に著名な漫画家でもあるが、テーブルの上に並んだ食べ物を興味深そうに見つめながら「ちょっとお聞きします。日本の食べ物の中に、小さな板きれの上に乗っているおいしい食べ物があるそうですが、いったい何でしょうか?」と尋ねてきた。「小さな板切れに載った美味しい食べ物?」私は一瞬とまどったが、板の上に載っている日本の食べ物?というのは「おそらくカマボコだろう」と思って、「ひょっとしてカマボコ?」と答えると、彼は破顔一笑、「そうです。そうです。カマボコです。思い出しました。」といかにもうれしそうに大声で答えた。そこで昼食後、私は早速近所のお惣菜屋さんを紹介した。彼はカマボコを何本も買った。 3週間のイラストレーターのセミナーも終わって、帰国準備をしている氏を見送りにホテルに訪れると、氏は熱っぽい目つきでじっと私を見つめたあと、通の手紙を差し出した。私は驚いた。「お礼を言うのなら、口で言えばいいのに・・・どうして手紙をくれるのか?」とも思いながら…

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子どもを生かす言葉、人間を生かす言葉、先生のひとこと

   子どもはたった一言で、立ち上がれないほど深く傷つくことがあります。それは大人も同様ですが、特に子どもの場合は、人生経験が少ないだけに言葉による損傷は大変甚大なのです。現代の子どもは、いかにも平気な顔のように見えますが、実は満身創痍、体には、無数の言葉の矢が突き刺さっていることがあります。大人からの信じられないような言葉、無慈悲な友人の言葉、がっかりさせる両親の言葉など、これまでに体験したことのないショックの言葉など、全身にまるで鉄砲の弾や矢のように、言葉が深くつき刺さっているのです。しかしこうやって人は成長していくのですが・・慣れという体験を余り持たなかったときには大変です。  周りから「死んでしまえ」と言われても 約80%の子どもは心の隅で笑い飛ばして自己防衛ができるのですが、約20%の子どもは自己防衛ができずに時と状況の中で「本当に死ぬ」ような局面に陥るのではないかと思います。子どもにとって、死は決して遠くにあるのではないようです。とくに子どもは、自分がどのように他人に見られているか、どのように他人に表現されているかを非常に気にしている存在で、それだけに自分の欠点や問題点を友だちに言いふらされたり、ネットに誹謗中傷を書き込まれ勝手に流布されたり、肉体的精神的に侮辱されたときには、子どもの思考や精神はだれであっても崩壊の危機に直面するのです。 特に子どもの場合、敏感な感覚が異常に損傷して、生涯にわたって心の深層に深い痛みを形成していくのです。人間はいつも自分のことを考えて…

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地雷で片足を失くし自殺を図ったアフガン少年の舞台

20年前、私はパキスタンのイスラマバードで連邦政府で、JICAの識字教育アドバイザーをしていましたが、その頃親しくしていたアフガン難民の家族から、なんとフェースブックを通じて連絡があり、早速映像を見ながらお互い積もる話をしました。なんと感激したことか。彼ら一家が、パキスタンからアフガニスタンへ帰国してから連絡が取れなかったので、大変心配していたのでした。 そのアフガン難民の家族の父は昔、カブールで薬剤師をしていましたー内戦の激化を避けるため、妻1人、娘3人と息子1人を連れて、カブールからイスラマバードへと避難していたのです。一般的にアフガン難民の人たちは、適当な職業も得られず、収入もほとんどないので、生活自体はとても厳しいものです。その頃、パキスタンには数百万人の難民が方々のキャンプで暮らしていました、 その頃、私はユネスコを通じて、アフガニスタンの雑誌編集長と知り合いましたが、彼はタリバン体制を批判する雑誌をパキスタンのペシャワールで刊行していました。ある晩、彼がイスラマバードの家にやってきた時、夕食後、「これまで編集した記事で、一番読者が感激したのはどのような記事でしたか」と尋ねると、彼はすぐに「それは、将来サッカーの選手になるんだと夢見ていた少年が、校庭に埋められた地雷の爆発で、足を切断、それを悲観して2階から飛び降り自殺を図った記事でした」と答えました。夢見る子どもたちの未来を、すべて壊していく戦争程、怖ろしく悲しいものはありません。 そこで私は早速「青い空の下で…

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「さばくのきょうりゅう」の絵本についての物語

「さばくのきょうりゅう」(講談社)の絵本は、その昔、インドの西ベンガル州で暮らしたときに創作した物語です。当時、私は詩人で哲学者のロビンドロナート・タゴールが設立したインドの大学に在学していたのですが、学校にはほとんど行かず、毎日ベンガルの砂漠に住む貧しい子どもたちと一緒に「さばくの学校」を開いていたのです。 家の前には、広い砂漠のような干からびた土地がどこまでも広がり、高いやしの木が風の中でうなっていました。私は毎日、この光景を見ているうちに、この砂漠で「油の売り買いで争っているキャラバン(隊商)」をイメージして「さばくのきょうりゅう」という物語を書いたのですが、それが絵本のかたちになったのは、インドから帰国してユネスコ(ACCU)の仕事に従事していた1986年のことです。 東京の自宅に、韓国のデザイナーのカン・ウーヒョン氏を招いて一緒に飲んでいたときのこと。カンさんが突然「一緒に絵本をつくりませんか」と言い出しました。「いいですよ」と承諾すると、彼はこの物語「さばくのきょうりゅう」の物語の絵を描き出しました。ものすごい没入、そして彼はかってないような大作を描きました。そしてこの絵本は、国際的な絵本コンクールなどで大賞や金賞を次々と射止めていきました。後にインドでは14言語版で翻訳出版されましたが、2013年、インドの国際出版セミナーに参加したときに、この物語を「インドの教科書に載せよう」という多くの声を聞きました。 この物語は、油をめぐって戦いの続く中東地域を表現して…

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モンゴルの雲の下で

1994年、私はモンゴルの雲の下で、大草原の豪快な食事をしたことがあります。おそらく大陸を制覇したジンギスカーンもこのような食事をしていたのでしょうが、それは1頭の山羊の肉を鉄の容器にいれて料理する食事です。 まず鉄の容器に山羊の肉を入れ、その上に熱く熱した小石を入れ、それからハーブの山や岩塩やスパイスなどをたっぷりと振りかけ、その上にまた熱した小石を入れて鉄の蓋をきっちりと閉めると、その容器はぐつぐつという音をたてて山羊肉が煮え始めるのです。まるで容器は音をたてながら賑やかにダンスでもしているかのようです。 半時(はんとき)もしてから蓋を開けるなんとも美味しい山羊肉料理、それを20名ぐらいで草原に座って、大きな輪になって食べるのですが、その美味しいこと美味しいこと、また山羊肉の柔らかいことー大草原には風が吹いて、雲は流れて実に愉快。食べ終わると大空からコンドルが次々と舞い降りてきます。そこでみんな山羊の骨を次々と投げながら、モンゴルの大草原での豪快な食事を楽しんだのでした。 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=481362751994026&set=a.118526281611010.19485.100003609154217&type=3&theater

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韓国の釜山で開かれたアーティストを対象とした「絵地図分析ワークショップ」

2016年10月、韓国釜山の文化芸術基金の支援と協力で、絵地図分析ワークショップが開催されました。参加者にはプロの絵本作家が多く、完成度も非常に高度で創造的なものでした。韓国のアーティストはなかなかすごい! 「絵地図」とは「混沌の時代を生きる曼陀羅絵図による知恵物語」。それを参加者全員がグループに分かれて製作・解析しながら積極的なアクションを創り出していきます。私が驚いたのは、かってソウルの有名女子大で行ったときには、学生だけでなく教授たちのグループも参加者として加わって絵地図を制作・解析に参加したことです。韓国ではKT(コリアン・コミュニケーション)などコンピュータや通信関係の幹部養成でも使われました。カンボジアでは、コミュニティ開発で徹底して使いました。30年前に、私がユネスコの識字活動の中から生み出した画期的な方法です。 2017年は8月7日~8日に再度、釜山で行われます。東京の絵地図分析研究所(PMA)から、私を含め2人が講師として招請されています。行ってきまーす。2017年9月からはこうした各地からの報告を受けて、定例の研究会 (自由が丘) も始まります。

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見える世界から見えない世界へーヒューマン・リテラシーの確立に向けて

その昔、私は「びっくり星の伝説」”The Legend of Planet Surprise” という物語を書いたことがあります。この物語はアジア地域では既に20数言語に翻訳され各国で出版されているのですが、この物語の中で「人間という存在は「言葉と手」を異常に発達」させたために他の生物とは大きく異なり、非常にユニークな文明を築くことが可能となったことを主題にしました。そしてその中でも人間は「驚き」を文明の大きな関心として、特に「言葉」は人の目にも見えない世界や事物を 容易に描写し想像させることができ、人間の「手」はそれを実際に目に見える世界に具体化させることができたというものでした。そしてこの両者の見事な協力によって、他の動物とは全く異なって、人間は文明を大きく発達させたのですが、その使い方を大きく誤ったために人間の文明は何度も危機に瀕し、そして終には宇宙の彼方に消滅してしまったという物語です。 1998年5月、私はパキスタンのパンジャブ州の農村地域でノンフォーマル学校(青空教室)を200校設立する式典に出席した時、文部大臣の口から次のような祝辞を聞きました。「今日、我が国には10数人のカディール・ハーン博士のような素晴らしい核科学者が存在している。彼らの努力によって今日、我々は今日、素晴らしい科学技術を達成することができたが、識字教育とはこのような科学技術の発展にも大きく貢献するものである。識字学校がますます増えることによって、我が国の核開発もますます進展していくことを希望する。云…

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「世界一」というレッテル

あるとき、デンマークの作家の友人たちとお台場を歩いていた時、大きな観覧車を見つけたので、「これは東京湾に位置する世界一大きな観覧車だそうです。」と、ちょっと自慢そうに説明したら、彼は「へー、驚いた。あなた「世界一」ということに関心があるの?」と返答したので、急になにか恥ずかしい気持ちになった。私は、実は別に観覧車の世界一になんの興味もないし、自慢したかったわけでもないのに、ついつい「世界一」というレッテルで説明をしてしまったのが、デンマーク人の彼には全く興味のない世界だった。  私も基本的は同じ感性、だからもうそのような説明を行ったことに「後悔」したが(笑)しかしよく考えてみれば日本ではすべてが、「世界一の新幹線」「世界一の電波タワー」「世界一の海底トンネル」「世界一の最速コンピュータ」「世界一の大学」などなど、日本ではすべての存在を、このような説明で、明治時代以降から「常に世界と比較しながら走ってきていたこと」を実感しました。しかしデンマークでは、「世界一」というような説明には、もうみんなほとんど興味を持っていない社会だと言うのです。 ・・・なるほどね。アジア・アフリカの友人たちには、ギネスブックのように刺激的な説明をしても、欧米人にはなるほど「世界一」はもう大して意味も興味もなさそうです。(笑い)もちろん人にもよりけりですが・・・そして同時に思ったことは、「デンマークの人口はたったの560万人で、「世界一」とは無縁の世界を生きてきたので、やっかみもあるのかもと思って、少しデンマ…

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2010年8月6日原爆の日、NHKから流れた「海ゆかば」

    2015年7月24日、名古屋で逝去された元小学校教師・丸木美術館前理事、ピースあいちの現運営委員の吉川守氏との出会いは、2010年8月6日、私がNHKテレビから流れた「海ゆかば」について、下記のブログ記事を書いたことから始まりました。吉川さんは、この記事を読んだと言って、わざわざお友達と一緒に2010年、名古屋で行った私の講演会を訪ねてこられたのです。その頃、吉川さんは、この「海ゆかば」の曲がNHKから流れたことをめぐって主催者と激しい論争を行っておられたのでした。 私たちはたちまち意気投合し、その後は、沖縄のフクギの劇や「人権と教育の会」などいろいろご紹介していただきました。素晴らしい方でした。ところが昨日の突然の訃報、私は大変大きなショックと悲しみに包まれています。「生ある者は必ず滅していく」のは頭ではよく理解してはいますが・・・・私の小さなブログ記事から始まった「吉川さんとの出会い」に、心から感謝するものです。合掌 <ブログ記事>2010年8月6日の「原爆の日」に、NHKテレビから流れた「海ゆかば」の曲 原爆が投下された8月6日の夜の午後8時45分からNHKテレビの関東圏ニュースで、広島忌の音楽コンサートの様子が報道されました。原爆犠牲者の鎮魂の音楽コンサートは、とてもいい企画だと思いましたが、その中に「海ゆかば」という軍歌が歌われていたのです。 私は戦後生まれでもあり、軍歌のことを余り知らなかったので、「ひょっとして「海ゆかば」は、「平和を祈る歌」とし…

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30年間にわたってアジアの人々と「共同で企画・編集」したユネスコ・アジア太平洋共同出版計画

日本が国際的な牽引役を果たした「ユネスコ・アジア太平洋共同出版計画」は、1970年から30年近くにわたって、アジアの約20ヵ国が協力して子どものための共通読み物を製作したプロジェクトです。そこから生み出された「アジアの昔話」全6巻や『どこにいるかわかる?』など30点近くの児童書が、今でも子どもたちに親しまれています。アジア20か国でも同様で、今でもたくさん読まれています。私は1977年から1997年まで20年間このプロジェクトを担当しました。これほど感動し楽しかったことはありません!そして世界中の子どもたちや大人たちに貢献したことも・・・  アジア・太平洋地域の図書開発事業を振り返って 子どもたちに共通の読み物を・ユネスコ(ACCU)の夢を実現したアジア・太平洋共同出版計画 http://www.accu.or.jp/jp/accunews/news405/allaccunews405.pdf#search='ACCU+%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%BB%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E5%85%B1%E5%90%8C%E5%87%BA%E7%89%88%E4%BA%8B%E6%A5%AD++%E7%94%B0%E5%B3%B6%E4%BC%B8%E4%BA%8C'

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光あるうちに生イカを干せ!

さあ、今日は学校だ。学生に会うのが 楽しみ! 風よ吹け!雲よ流れよ!光あるうちに光の道を歩め! 光あるうちに生イカを干せ!「今日は、生ビールが死ぬほどに美味い!」 済州島にて

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息子3歳のときの発言記録見つかる。3歳児の発想はみんなおもしろい。

―インドから持ち帰った蛇皮を3歳の息子に見せたところ、 「この蛇皮、蛇にもらったの?」と息子が尋ねる。 「うん、そうだよ。」 「どうやってもらったの。寒いんじゃない。蛇に皮がないと。」 「そうだろうね・・・・・」 「でも土の中にいるんだから・・・いいね。寒くないよね。」 「いや、寒いと思うから 返しにゆこうか?」 「ダメッ!こわいから、ダメだよ。」 ―「ももたろうさん、ももたろうさん・これからおにのせいばつに・♬・」   と歌っていた3歳の息子が突然、  「せいばつってなんのこと?」 ―ママが買ってきた棒付きのアイスクリームを食べていたが、そのうちアイスクリームが溶けて、棒からポロリと落ちてしまった。落としたかたまりを見ながら、3歳の息子は残念そうにママに報告 「ママア!落ちてしまったよ。」 するとママが言う。 「運が悪かったのよ」 これを聞くと息子はすかさず 「運ってなあに?」 ー戦争っておとなの遊び?」と3歳の息子が聞いてくる。  「どう思う?」  「うーん・・・・・・・あそびでしょ。」 ―「パパア、飛行機に乗ったときに   雲の上にかみなりさまがいたあ?」 ー「たまごって どうして まるいの?」 ー「ゆうがたはいま どこへ いっているの?」 ー「ふとんは どうして あたたかいの?」 ー「パパ あたまのなか なにがはいっているの?コツコツおとがするよ」 ー「かみのけやひげは きってもまたはえて…

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陜川(ハプチョン)と大邱(テグ)で行われた8月6日の原爆慰霊祭

  明治維新以後、朝鮮侵略を進めた日本は、1910(明治43)年の日韓強制併合により朝鮮を植民地としたため、生活基盤を失った多くの人々は職を求め日本に渡らざるを得ませんでした。また、戦時中の労働力不足を補うため、強制連行や徴用によって多くの朝鮮人が日本で働かされ、敗戦時、日本には約300万人の朝鮮人がいたといわれています。広島と長崎では、徴用された人々の中で約4万人(3万人ー広島、1万人―長崎)もの韓国・朝鮮の人々が原爆で亡くなっていたのは、実に大きな衝撃でした。 2016年8月6日、韓国で四番目に大きな都市大邱(テグ)で、ハプチョンに続いて韓国人・朝鮮人の原爆慰霊式が行われました。私は日本からの反核平和巡礼の18名を代表して挨拶を要請されたので、(1)私自身が戦後の広島出身であること(2)広島市へ救援にでかけた近所の人々が被ばくして、原爆症で長く苦しんでいたこと。(3)今は、子ども向けの創作などを書いており、韓国でも7冊の本が翻訳出版されていることなど織り交ぜてお話しました。そして最後に、慰霊式に参加されている市民の方々に、「私は戦後生まれで、戦争は体験していません。しかし多くの日本人は、日本がかって韓国を侵略し、多くの人々に凄絶な苦しみを与えたことに本当に申し訳なく思っています。一部の政治家を除き、みんな日本人は、心から謝罪したいと思っているのです。私も心から謝罪したいと思います。」と涙声で述べてスピーチを終え、壇上より下りたとき、一人の中年女性が近づいて来ると、なにか大声で叫ん…

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ちょっと汚いお話で恐縮ですが・・・

2015年3月、インドからの帰路、シンガポールに立ち寄りました。そしてシンガポールの空港トイレに行ったら、なんと小便器の中の中央に、1匹のハエがとまっていたのです。最初はいったい何かと思ったのですが、要するに便器の中に小さな黒いハエを描いて、「このハエめがけておしっこせよ、あちらこちらに漏らさずに!」ということだったのです(笑)なんとも合理的と言えば合理的ですが、ハエめがけておしっこするのは、なんともおかしく汚らしく思えたのです。 そこで、もう少し爽やかなアイデアはないものであろうかと考えたとき、その昔、なにかのエッセイに書いてあったことを思い出しました。それは、どこか日本の山奥の農家のトイレに行ったとき、その便器にいたく感心したのです。なんとその農家のトイレの便器には、新鮮な「杉の青葉」がびっしりと詰めてあったというのです。 そしてその上に小便を降り注ぐと、なんとも杉の青葉が匂い、まるで森林浴のように気持ちが爽やかだったというのですから。自然に向けて思い切り放尿するーこのような爽やかな文化は素晴らしい。少し手間はかかっても、自然を満喫できます。  人間の快適な文明を維持するために、生き物でも平気で犠牲にしてしまうような合理的な文化は、たとえ描かれたハエであっても気持ちのいいものではありませんね。もしも仮にそのハエが生きていて、便器の中で必死に生き抜こうともがいていたとき、それでもあなたは容赦なく小便をかけてそのハエを押し流し殺そうとするでしょうか?私はこのようなシンガポ…

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世界の子どもたちに新しい物語を!「さあ、想像と創造の世界へ・・」

2019年6月27日ー昨夜はかなり早く寝たので、今朝目が覚めたのは午前1時半でした。そこでいつものようにFBへの投稿を書き始めたのですが、するとその中に数年前タイの学生が書いた「雲の物語」の感想文がありました。英語で書かれており彼は「今までの人生で自分が読んだ物語の中で一番好き」と言って、「マサイ族のイス」や「イチジクのなる頃」などいくつかの物語りをあげているのでした。彼は読んでいて泣きそうになったとも述べているのです。 考えてみれば、これまでさまざまに書いてきた物語の感想は、今やアジアの全土から送られてきているのです。この感激や感動をどのようにFBの皆さまとシェアできるか、おそらく不可能でしょう!それは戦火で苦しむアフガニスタンの学生たちから、冤罪に苦しむ少年や少女の物語はパキスタンの牢獄から、ミャンマーの民主化への運動の中で読まれた森林破壊の「雲の物語」、再生に向かって立ち上がるカンボジアの村から、イランからは20年かかって翻訳出版された「さばくのきょうりゅう」の絵本が、また日韓の歴史の軋轢の中から生まれた物語や、そして無数の劇的な感想はインドから、それはそれはたくさんの読者感想がさまざまな方法で伝えられてくるからです。 そして先月、中国の山東省の出版社から翻訳出版された1冊の絵本と3冊の創作には、私がこれまで書いてきた主要な作品すべてが含まれています。 それから例えば「コンキチ」の物語は、第1回ベルリン国際文学祭で2回舞台となり、そして同じく日本では米国のTM.ホッ…

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動物には善も悪もない。人間の最大の発明は悪の世界。それは文化によってつくられた。

 動物には善も悪もなく、人間の最大の発明は悪の世界です。それは文化によってつくられた。文化は本や電気を発明した一方で、武器、原爆をつくりました。人間は文化を持つことで、自然から離れた。文化は反自然的です。そこに気をつけないと、ものすごく怖い」と霊長類学者の河合雅雄氏は述べています。霊長類学とは、サルの生態を研究することで「人間とは何か」を探る学問です。 彼はまた「人間はみんな緑が好きで、森に行くと安らぎを感じます。それは先祖がサルだから。サルは四千万年前から森の生活をして、上下左右全部緑の中にいることが遺伝子に入りこんでいます。人間は数百万年前に、森の外に出たのです」と語り、さらに 「サルは縄張りを持つのが原則で、非常に攻撃的です。チンパンジーは仲間を殺す。ところがゲラダヒヒには縄張りがない。順位による秩序が群れの基本と考えていましたが、ゲラダヒヒはお互いが対等なことで群れを維持していました。サルには戦いを避けて、協調する系統と、攻撃的な系統があるんです。人間は両方の性質を持っている。戦争してむちゃくちゃをする一方で、愛とか平等を徹底的に説く。個人の中にも両方ある。必ず悪を持っているからなくそうとしてもだめで良いところを伸ばすべきです」と、6月14日の東京新聞「あの人に迫る」で語っています。 なるほど、霊長類学とは、<人間の生態を客観的に認識する智慧の学問>ですね。近頃の政治や軍事や文化の世界を見ると、人間は、赤や黒のパンツをはいたサルに止まらず、「原爆や原発開発を弄ぶサ…

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小学校6年生のPTAのお母さん方の「心の絵地図ワークショップ」を家庭学級で行いました。

2014/06/26 · 昨日は、目黒区内の小学校6年生のPTAのお母さん方の「心の絵地図ワークショップ」を家庭学級で行いました。時間の制約があり午前10時からわずか2時間でしたが、このワークショップで生みだしたものはとても大きく、実に画期的なワークショップとなりました。参加者数は、30数人のお母さんたちでしたが、今年の12月には、この学年の子どもたちを対象として「わたしの人生マップ」のワークショップが予定されています。 今回のお母さん方のワークショップのテーマは、「親子が幸せになる子育て」ーストレスのない子育て、というものでした。まず4つのグループに分かれて、それぞれこのテーマのもとに喧喧諤々(けんけんがくがく)、それから文字と絵とデザインで心理地図を作成後、4つのグループが出来上がった作品のプレゼン。このプレゼンでの結論は、アクションのために行うもので、認識を新たにするものではありません。実際に家庭での育児を実際に改善していくのが最大の目的です。家庭が抱えている多くの課題が討議されました。 育児においてお母さん方が孤立している姿が、浮かび上がってきました。みんながお互いにシェアーする必要性を強く感じました。そして最終的には、「3人寄れば文殊」の知恵どころか、「30人寄った文殊」の知恵となりました。発表がなんと感動的であったことかーまたお母さん方の感想文に次のようなことが書いてありました。 ー悩んでいるのは、自分だけでないという安心感が得られました。これから親子…

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パキスタンの少数民族カラーシャ族の村で手紙漉きの実演による村起こし

1998年、パキスタンの少数民族カラーシャ族の村で、すべて手作りの紙漉きを実演した。材料は柳の皮など、すべて身近に手に入る植物だった。これは村に住んでいるフォトグラファーわだ晶子さんから「村人の自立のために依頼された紙漉き。全く紙などの作り方を知らない人々に、新しい技術を教えるのは、実に楽しい「村起し」だった。最初は村の子どもたち、それから若い女性たち、そして村の男たちが集まった。それから夕方には長老たちへと伝播していき、そして翌朝からは、若者たちがすべて自分たちで紙漉きを行った。 動画の録画: https://www.youtube.com/watch?v=z32o3glHKLU

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南インドのダリット(不可触選民と言われる最下層)の子どもたちとのワークショップ

これは2009年5月15日から23日に、南インドのダリット(不可触選民と言われる最下層)の子どもたちとの共同ワークショップ報告です。1週間に三つのワークショップを行いました。ひとつは子どもたちに自由な課題を与えて、自由に物語を創作・発表すること。それには、子どもたちの前に、「ヤシの実、イス、ゴザ」などを無造作に置いて、それを全部使ってひとつの物語を作るという創作ワークショップです。こうやって子どもたちの想像力を刺激するのです。驚くような作品が生まれました。 そして二番目は、みんなこどもたちが外の自然に出て、さまざまな木の葉っぱを拾ってくる、そしてそれを画用紙に思い思いに貼り付けて、さまざまな色で着色して仕上げていく作品作り、それが完成すると、なんとも表現できないような感動的な作品となります。葉っぱの自然な素材に着色するのは、とてもおもしろいのです。 三番目は、自分の住んでいる家族、家庭、学校などを絵と文章と地図で自由に表現する自分自身の心理的な「絵地図」の製作です。こうやって描き出すと、自分自身の位置や問題、そして村の環境がすべて描き出されていきます。 みんな大喜び。そして驚くような創造的な作品がたくさん誕生しました。しかし私が大きなショックを受けたのは、村の子どもたちの家庭にエイズが蔓延している深刻な事実でした。絵地図は、深層心理を表現するので、自分たちが直面している問題を、子どもたちはありのままに書き上げたのです。 その子は14歳の少女。お父さんはすでにエイズで…

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大雁塔の風鐸(ふうたく)の音

中国西安(古代には長安)の大雁塔の軒下にぶらさがっていたのは、風鐸(ふうたく)という青銅製の鈴、風が吹くとカランカランといい音がしました。1300年前の音ですね。この大塔は、三蔵法師がインドから持ち帰った経典を収めるために紀元652年(7世紀)、三蔵法師によって造られたもので、最上階からは奈良の都・平城京のモデルとなった西安(長安)の街が広がっていました。

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1907年ー2008年に活躍した児童文学作家 石井桃子

「小さいうち 何を自分の楽しみであるか 何を自分で美しいと思うかを  つかんでもらいたいと思うのです。  その子が 自分の心に ぎゅっとつかむ本が 必要だと思ったのです。」 「児童文学の世界は あたたかいものなんですよ。子どもが必要とする ひとつひとつの間のあたたかさという気がするんです。」 「子どもたちよ 子ども時代を しっかりと楽しんでください。 おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代の「あなた」です。」 石井桃子が語る:<あの人に会いたい!> http://www.nhk.or.jp/archives/people/detail.html?id=D0016010177_00000

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大田昌秀氏との思い出

沖縄戦の組織的な戦闘の終了から73年を迎えた今日2018年6月23日は『慰霊の日』です。ー数年前、友人の吉川守さんのご紹介で元沖縄県知事であった故大田 昌秀(おおた まさひで)氏と夕食を共にすることがあり、大田氏に沖縄戦についてお話しを直接お聞きする機会がありました。大田氏は、「軍隊は民間人を守らない。」と絶えず「沖縄の思い」を訴え続け、「米軍基地の強制使用手続きに異議を申し立てる」など、政府との対峙(たいじ)を全く恐れぬ政治家でした。なによりも沖縄や日本を愛された政治家でした。 そして驚いたことは、食後にも氏は全5時間にわたって延々と体験談を語り続けられ、まるで講演会を二つ三つ聞いたような貴重な機会でした。大田さんは、沖縄で主戦が終わっても1カ月以上も戦っておられたそうで、特に渡嘉敷島などでの米軍との戦いを詳細にお聞きしました。氏が話されたこと「人から話を聞くときには、自分が聞きたいことよりも、相手が何を話したいかにすべての意識を傾注すること」これは重要なことですね。氏の素晴らしい見識と人格に酔いしれた時間でした。2011年12月3日(土) 合掌!」

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シルクロードを旅してインドへ遊学。学んだこと考えたこと・・・・

若い頃、インドに遊学していた理由は、実はインドの詩聖とも呼ばれるロビンドロナート・タゴールが設立したシャンティニケトン(平和の地)の学園 Visva-Bharati University で、哲学を学ぼうと考えていたのです。その地では大きな菩提樹やバニヤンの木の下で、生徒が円形になって師の教えを聞きながら伝統的な授業がおこなわれているというのです。そこに教育の理想があるのではないかと思ったのです。1968年頃からの学生運動に疲れ果てて、真実なる人生を模索している時期でした。 ドイツのミュンヘンでの1年間の遊学を経て、2ヵ月かかってシルクロードを陸路で縦走、トルコ、イラン、アフガニスタン、パキスタンを経てインドに無事に到着、私は西ベンガル州のタゴール国際大学のあるシャンティニケトン(平和の地)の地で、大学院哲学科に籍を置いて、2年間暮らしました。文字通り遊学でした。仏教大学から博士課程に籍を置いていた田中さんには、ずいぶんお世話になりました。 滞在中、二階の窓から見えるロトンポリの砂漠状の大地を見ながらいつも夢想しながら書いた物語は「さばくのきょうりゅう」という作品でした。(絵はカン・ウーヒョン)この物語は日本では講談社から、そしてインドでは15言語で翻訳出版され、アジアではほとんどの国で翻訳出版されました。これは砂漠をいくラクダの隊商の仲間たちが、油の売上をめぐって権益争いをする話。この内容は中東の現在の争いと酷似していたのです。 考えてもみれば、シャンティ二ケトンの砂漠…

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国会前で「戦争法案」に抗議する93歳の瀬戸内寂聴さん

「すぐ後ろに軍靴の音が聞こえてくる」2015年6月18日、国会前で「戦争法案」に抗議する93歳の瀬戸内寂聴さん。彼女の「魂の訴え」には、国会前で2000人以上の参加者が耳を傾け、みんな身震いするほど大きな感銘を受けたようです。 この集まりに私は参加できませんでしたが、6月19日の東京新聞の朝刊の一面記事を読んで、私も参加者と同じように大きな感動を覚えました。嬉しかったです。こうした方こそ、本当に「国民栄誉賞」に値するものですね。 彼女は「このまま安倍晋三首相の思想で政治が続けば、戦争になる。それを防がなければならないし、私も最後の力をだして反対行動を起こしたい。日本がだめに・・・せめて死ぬ前に訴えたかった」そうです。そして最後に、「安倍さんは「戦争じゃあない」と言っているが、憲法九条を壊して戦争のできる国にされたら「戦争をしない」と言っても世界が認めないでしょう。安倍さんは、おじいさん(岸信介元首相)の後ばっかり追わないで、もっと日本国民の身になって考えてほしい。子どもを戦争で殺される人の悲惨さが分からないのではないか。人間は自分で経験しないとなにも分からない。」 そして「スピーチの後に、瀬戸内さんは、記者会見をした。 「・・・・今回、東京に来たのは「国会の前で座りたい」と思ったから。(最初は)年寄りたちを集めて国会の前に座りたかった。そうすれば、必ずからだが冷えて、年寄りが3人や4人は死ぬでしょ、あなた方(報道陣)はほっとけないから、大騒ぎするでしょ。話が盛り上が…

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東京で咲いた世界三大花木「ジャカランダの花」

東京の代官山と都立大学で咲いたジャカランダの花―毎年、6月中旬に咲きます。 東横線の都立大学駅近く「中根ねむの木公園」のすぐそばにねむの木のような葉っぱの木がありました。実はジャカランタの木でしたが、長い間、誰も知りませんでした。 2016年のある日、忽然と花を咲かせました。紫色の花は空を覆い、日の光のもとで、実に鮮やかに紫色の花弁が匂い、道を通り過ぎる人は、みんな幸せそうに空を見上げました。これこそ花の中の花!世界三大花木ージャカランダの花です! しかし、2017年から2020年にかけて花は全く咲きませんでした。なぜでしょうか?それは木の所有者が、毎年、非情なる伐採を繰り返しては、芽を摘んでしまうのです。とても悲しい剪定!だれだってそうなりますよね!芽を摘まれると・・・・所有者はよく知らないようです。剪定の本当の意味を! https://www.facebook.com/iclciclc/posts/1729784503928214

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古屋和子氏によって気仙沼などで語られていた「大亀ガウディの海」

    古屋和子氏によって「大亀ガウディの海」が、気仙沼などで語られた2010年の丁度1年後、福島で原発事故が起きました!これは30年も前に書いた寓話ですが、時間や国境を越えて、想像性+現実性(リアリティ)は自由に飛んでいきます。タイ語版、インド語版、韓国語版、中国語版など・・・たくさんの子どもたちへ飛んでいけ!! <気仙沼で語りを聞いた感想>2010年2月20日に宮城県気仙沼で開かれた「大亀ガウディの海」の語りの会より 「はじめまして。今回「大亀ガウディの海」の古屋和子さんの語りを気仙沼で催させていただきました。以前 一ノ関で 聞く機会があり 大変感動いたしまして 是非 たくさんの人に聞いていただきたいと 思い企画しました。これまで私は青森の六ヶ所の原子力発電所に反対する運動に関わったりしてきました。 見えない放射能で人間が人間を傷つけ 死に至らせるという そして それは 本当に無責任に 無自覚に 行わされていることに そして私自身も またその中の仕組みの一部分であると知ったとき ものすごく衝撃を受けました。放射能を最たるものとして 人間が己れの利益のために 地球を汚し その他 多くの生き物を傷つけ 殺しているということは 知識として 知ってはいました。しかし 生き物たちの悲しみや苦しみまで これまで思い至ることはありませんでした。 今回の語りを聞いて 人間の責任を痛感しました。人間が起こしていることは 人間にしか 止めることができないのだと。ガウディは自分の身を犠牲にし…

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The Masai Chair (Cloud tales)マサイ族の古イス (雲の物語より)

One day as I was watering the garden outside my house, I heard someone say ‘Africa, ahh...’ and I looked around to see who it could be. Seeing nobody, I then thought, ‘Oh, yes, it must be Cloud!,’ and looked up just as he was beginning to tell another story. ‘I was lazily floating over the wide African savannah, watching my shadow travel across the ground. A cloud, you must have noticed, never completely stops moving, never takes a rest. We have a much different way of looking at and thinking about the world than do you people walking about down there on the ground. ‘At the base of the great mountain Kilimanjaro that looks over the broad pla…

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エーリッヒ・ケストナー(ドイツの児童文学作家)の言葉 (1899~1974)

子どものころをほんとに思い出すということは、つまり、何が本物で、何がにせ物であるか、何が善く、何が悪いかを、とっさに長く考えずに、知ることです。大抵の人は子どものころを、雨がさのように忘れ、過去のどこかに置きっぱなしにします。だが、その後の四十年五十年の勉強も経験も、最初の十年間の精神の純度を埋め合わすことができません。子どものころは私たちの灯台です。 「世界や人々をより良くしようなどとは、思いあがるな!四角は丸い円になんてなりたがらない。円の方がより完全に近い形なんだと、四角にどんなに呼びかけたところで無駄というものだ。」 「アーティストとは、答えから道を創り出す人のことである。」

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南アフリカの作家(Eskia Mphahlele )エスキア・ムファレレと出会った思い出

南アフリカの作家(Eskia Mphahlele )エスキア・ムファレレは、2003年のアフリカ文学祭で、私の報告が終わるとすぐにやってきて「アパルトヘイト下で、「識字教育」と「エイズ」の関係を取り上げて話したのはあなたが初めて、とても重要な報告だった。感動した。」と手放しで褒めてくれました。私は、その人が誰であるか何も知りませんでした。当時、私は会議で、だれかに褒められた嬉しさよりも、文学会議自身が、なぜ当時アフリカで最も深刻になっていた「エイズ」や「識字」のことにきちんと触れていかないのか、それを大きな問題だと感じていたのです。彼は「アフリカの良心」とも呼ばれていたのを後で知りました。 2003年、私は南アフリカのダーバン市で開かれた第5回アフリカ文学祭事務局の招請を受けて、南アフリカのダーバン市に向かいました。そして国立ナタール大学主催の第5回アフリカ文学祭に出席し、私の作品を紹介する機会がありました。アジアからは、インドの著名な作家アルンダティ・ ロイ氏など3名が参加しました。南アフリカからは、アフリカのヒューマニズムの父と呼ばれた文学者エスキア・ムファレレ氏が出席されました。エスキア・ムファレレ氏は、2008年に亡くなられていますが、私がムファレレ氏にお会いしたのは2003年3月のことでした。当時私は、文学者が、識字教育やエイズに関心を示したことに大いに驚きました。この会議の最中には、アメリカによるイラク攻撃が始まったときでした。そのため文学祭からも「アメリカの戦争批判の声…

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アフガニスタンの大学生から受け取った2篇の物語の感想

アフガニスタンの大学生から受け取った2篇の物語の感想 Some thoughts on Book Reading by Afghan students ●The Giant Tree Gatawana: (ガタワナー大きな木) Yes Indeed: it is the story of courage and hope as far as I assumed the story conveys that no matter how harsh and hard life is or will be it never stops if one step is full of sorrow the other may fill color and happiness. Life stands on hope and the one who doesn’t have hope can’t have happiness nether can live their lives. The story also describes the situation of people of Swat as they lack education and health resources, for every single need they must visit cities therefore if villages or places like swat develops people…

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「ビックリ星の伝説」の物語の結末より

「ビックリ星の伝説」の物語の結末より ・・・・・・「さようなら、地球人たち。この宇宙には、君たちほど驚異的な生き物はいなかった。宇宙には限界がないが、地球人の世界には終わりが来てしまったようだ。地球人の文明は、あまりに早く発展し、変化し、そして宇宙の余りにも多くの生き物が、地球文明に望みをかけ過ぎてしまった。何千年何万年もの成長と発展の末に、人間は結局、人間自らを滅ぼしてしまうような文明を創るとは❓・・・・・。つまり、すべての「人間の進歩」とはすべては巨大なまやかしだったのか。あぁ、人間たちよ!君たちの手が作りだした言葉と両手とともに、君たちそのものが、いちばん驚きに満ちた存在だったのだ。」 知恵者はゆっくりとみんなを振り向きながら、やさしい声で言いました。 「この広い宇宙のどこかに、我々の知らない真実の言葉と、やさしい両手で作られている星があるかもしれない。希望を探そう。希望という言葉は、生き者にとって、特に若者にとってはいちばん大切なものだ。もし希望が宇宙にないならば、若者たちー君たち自身で希望を創り出す努力をしなければならない。希望は驚くことよりも、我々にとってはもっともっと大切なものだ。」 びっくり星の人々は、宇宙の新しい惑星での希望を求めて、飛び続けました。今。かれらがどのあたりを飛んでいるのか、あるいはどこかに着陸したのかまだ誰も知りません。宇宙の静かな闇の中で、無数の星がまたたいています。びっくり星の悲劇のことは何も知らないかのように。 ht…

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寓話や物語を著作することの喜び

数年前、アフガニスタンのカブール大学の女子学生から「さびしい狐ーコンキチ」の物語の感想文がメールで送られてきました。感想文には、大統領選挙の続く現在のアフガニスタンの深刻な状況や物語を絡ませた「人間の生き方について」とても詳しく書かれてありました。「今、首都カブールの通りでは、爆発や銃撃戦が続いています」とも書かれ、深刻な状況からの叫びとも言える衝撃的な感想文でした。  続いて、アフガニスタンの実社会で働いている男性からも、丁寧な読後感想文が送られてきましたが、10年前には軍事政権下のミャンマーでも、同じような体験を多々しました。2か月前は、タイのバンコクのタマサート大学の教授で翻訳者だった友人から、学生たちの感想文を読ませてくれましたが、物語を書くということは、なにかのメッセージを発したいという欲求ですから、この思いに対してアジア各国からさまざまな反応や考えを受け取ることが出来るのは、言葉にもならないほど嬉しいことです。アジア地域での仕事を通じて感じたことをさまざまな物語や寓話にして、再びアジアの国々へ返していく。このような感動的な時の中で私はもう30年以上も生きています。感謝です。 現在の日本の状況に、どのようなメッセージを「物語」を通じて、表現できるか、これは極めて難しい課題ですね。原発ひとつ取り上げても、問題が余りにも絶望的で、どこにも希望が見つからないからです。しかし、希望がないときには、新たに希望を作り出していくことで道を作るしかありません。新たな希望を作り出す刺激…

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「人生終盤は勇敢でなくちゃね」

「ヒトラー死亡のニュースを聞いた17歳の私は、絶望のあまり涙を流した(作者あとがきより)「バウゼヴァンダのように、当時ほとんどのドイツの十代は、最後まで祖国の正義と勝利を信じていたそうです。それ以外は選択肢のない教育を受けていたからです。しかし同時に、漠然とした疑問や釈然としない気持ちを抱えていた少年少女がいたのも確かです」と「そこに僕らは居合わせた」の訳者である高田ゆみ子氏は書いています。<本の花束より> ナチス支配下、大人も子どもも洗脳されていた時代のドイツ各地では、ごく日常的にユダヤ人差別が行われていたそうです。机を並べていた友だちも、親しかった隣人も、ユダヤ人というだけである日突然どこかへ連れていかれ、その多くが生きて戻ることはなかったそうです。「そこに僕らは居合わせたー語り伝える、ナチス・ドイツの記憶」は、当時のドイツに生きた十代の子どもたちが体験した、という設定で綴られた二十の短編集で、多くは著者が実際に見聞きした事実だそうです。 私は思うのですが、このような本こそー現在の日本で、日本版が必要ですね。ドイツのナチスやナチズムやヒトラーのことを対岸で起きたように語ることではなく、日本人の足元の現実から語っていくことこそ今、最も求められていることですね。敗戦の玉音放送があったとき、皇居前広場では、絶望の余り涙を流した日本人が、どれだけたくさんいたことか、あるいは絶望して自決した兵士たちも数えきれないでしょう。 私の母が、生前によく言っていました。戦争中には、いつも…

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「パンダのシンシン」のりんごとりから「シャンシャンへ」・・・・・

今から35年前「パンダのりんごとり」という紙芝居を執筆しました。このパンダの名前は、私の名前をとって「シンシン」と名付けていましたが(笑)、この紙芝居はとても人気があって、日本全国の幼稚園に数万部も配布されたそうです。ですからいつか上野のパンダの名前にも「シンシン」の名前が採用されるかも知れないと期待していたところ、30年ぐらい経って、念願通り上野動物園のパンダの名前は<公募>によってシンシンとなりました。もちろん偶然ですよ。(笑) ところでこの紙芝居は、アジアのいろいろの国々へ贈られて大変歓迎されましたが、中でもミャンマーやイランやカンボジアでは、その紙芝居から美しい絵本なども生まれました。昨年はカンボジアで「パンダのりんごとり」が「パンダのマンゴーとり」とタイトルを変えて、新しい絵本が誕生しました。カンボジアにはりんごの木が育っていないからマンゴーとなったのです。また名前はシンシンから、カンボジア風の名前のソピアックへと変わりました。(笑) そして嬉しいことに、このたび上野動物園の「シンシン」に子どもが誕生しましたね。これはまるで35年ぶりに自分に子どもが生まれたような気持ちがして、毎日とても嬉しいのです。シンシンの子どもの名前は、シャンシャン」(香香)・・・・・・・・。 それにしてもパンダというのは、なにかとても夢のある楽しい動物ですね。子どもにも大人にも・・・(笑) https://www.facebook.com/photo.php?fbid=21…

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「薬草本を作る」ミャンマーでのワークショップで見つけた毛生え薬草

ある時、ミャンマーのシャン州で、多数の小学校教員を相手に、「薬草本」を製作するワークショップを開催しました。 緯度・経度のおもしろいシャン州には、さまざまな植物があり、教員たちは夢中になって、野山の薬草を集めて、それぞれグループで、さまざまな薬草本を作りました。「豊かな自然の中から教材を作る」をテーマにしたのです。そんなある日、中年の女性教師が、私に近づいて親しく挨拶し、「根の付いた植物」を私に贈呈してくれました。 私はいったいなんだろうと思ったところ、彼女が言うのには「この植物は、シャン州の山奥に自生している不思議な植物で、この植物の汁を、先生の頭にこすり付けると毛髪がふさふさと生えてくるそうです。本当に。」と述べ、私の禿げ上がった後頭部を真剣に見つめたのでした。そこで私は小躍りしながらも、植物量が少ないように見えたので、すぐに全部を使わずに、東京で育てることにしたのです。 この植物の増殖はなかなか難しかったのです。毎年、雨季の季節になると、このように花は一輪咲くだけで、あとは知らんぷり・・・花の美しさには満足したのですが、後頭部の砂漠化はますます進んでいくばかりで、やはり自然の植物は、採集したりせず、そのまま野に置けですね。’禿げるものは禿げる’のです。(笑) 以上薬草本のワークショップより

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パキスタンで舞台化された[孤独な狐]ー「コンキチ」

「人生は旅だ」とよく言いますが、痛感しているこの頃です。考えてみれば20年前のイスラマバードでの舞台体験も大きなおもしろい旅でした。まだまだ旅は続いていますが・・・・・・(笑) パキスタンで舞台化された孤独な狐ー「コンキチ」 http://d.hatena.ne.jp/iclc2008/20130203/1359908717 コンキチの創作を書き始めたのは 1974 年、もう 40年前になりますね。当時、遊学していたド イツのミュンヘンにあるアパートの6階で、小雪が舞っているアルプスの方角を眺めながら、 ふと思いついて書き始めた寓話です。そのとき私は26歳、毎日、バイエルン州立図書館に通 っていました。そして人生を限りなく夢想していたのです。 その頃は、春になって暖かくなったら、ドイツから汽車で出発し、トルコの黒海を船で渡り、シ ルクロード経由でインドのシャンティ二ケタンの大学へ遊学を始めようと考えていたときでしたが、降 り積もる雪を見ているうちに、私はふと生まれ育った広島の山間部にある故郷の三次を思い出して いたのです。故郷にも、同じように今は雪が降っているだろうなと想像したとき、不意に雪の中 に一匹のキツネのイメージが浮かんできたのです。 「そうだ!キツネの物語を書こう!それは私自身の生き方を表現するものになるかも知れな い。そのキツネは、山の自然を破壊され、絶望感とともに、人間へのあこがれなど複雑な気持 ちを持って、人間に変身する―そして山を下り、会社人…

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「人生を生きぬく たくましい想像力!」長い長いインタビュー 

Q : あなたの活動は広い範囲にわたっていますが、その原点と中心は、南アジアのパキスタンやインドです。なぜそういう地域を選ばれたのですか? A: 私は学生代から、インドのブッダやタゴールの哲学に憧れて、インドへ行ってみようと夢見ていました。早大の教育学専攻に在学していたとき、タゴール研究者である我妻和男先生からシャンティ二ケタンのタゴール大学への留学推薦を受け留学したのが南アジアとのかかわりの始まりです。2年間のインドでの遊学生活はとても刺激的なものでした。それからユネスコ(ACCU)やJICA,NGOの識字教育の仕事などで、これまで20年間に、アジア、太平洋諸国、アフリカなど30カ国くらいをまわりましたが、中でもインド、パキスタン、アフガニスタンなど南アジア地域の問題が、教育問題では圧倒的に深刻でしたね。これはやはり識字率が一番低く、基礎教育の重大な問題がこの地域に集中しているということも関係していたように思います。 Q:1997年からのパキスタン滞在中での活動について詳しくお話ください。 A: パキスタンには、3年半のJICAの識字専門家の仕事で行ったとき、偶然にたくさんの子供たちが刑務所に収監されていることを知りました。どこの国でもそうですが、刑務所は社会の矛盾や問題点が集中しているところです。冤罪、貧困による盗み、傷害、麻薬運び、殺人。子供たち自身が犯罪を犯すというよりも、大人たちが犯罪を行ってそれを子供たちに押し付けて監獄に入れているのが実態です。アフリカや中東…

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8分46秒の黙祷が米国を変える!

<8分46秒の黙祷が米国を変える!> 白人警官に首を膝で押さえつけられて死亡した黒人男性ジョージ・フロイトさんを黙祷する時間「8分46秒」は、フロイトさんが首を押さえつけられて苦しんでいた時間だった。これは全米黒人地位向上協会(NAACP)など人権団体が「追悼の日」として提案したもので、市民に午後3時45分から8分46秒間黙祷してフロイトさんを追悼することにしたのだ。この時間を黙祷で追体験するとジョージ・フロイトさんの苦しみが否が応でも伝わってくる。8分46秒で人間が変わっていくのだ。つまり今回の「人種差別抗議デモ」は、これまでのような観念的で理性的な「平等」を求めるものではなく、人種差別によるコロナ禍の拡大や警官による慢性的な人種差別の「苦痛」や「暴力」の実感から発するもので、これまでの抗議デモとは全く異なった深刻な感覚を作り出している!そしてこれがネットで素早く広がっていく状況はこれまでの世界にはあり得なかった。!こうした状況が全く理解できないトランプが大統領が再選されるのはまず不可能!米国は大きく変わらざるを得ないのだ。変わらなければならない!! 白人警官による暴力現場ビデオ: https://www.facebook.com/jiltec/videos/10219420638479148/ **************** 黒人男性追悼、米全域で8分46秒黙祷 2020年6月6日(東亜日報)     米ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に首を膝で押さ…

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