天空で漂流を続ける子どもたち、大人たちはどこへ

Q: あなたは「日本の子供たちの目は生きていない。欲望の海のような社会の中で、深く傷つき目的も持てずにあてもない漂流を続けている。」と常に言っていますが、現在、子どもたちへの教育には、どのようなことをやっておられますか?

A: 現代の子どもたちは、有史以来、最も深刻な状況に囲まれています。文明がご破算したといっていいほどの絶壁に差し掛かっているからです。これは子どもの課題というよりも、むしろ大人の生き方の大きな間違いの中で、子どもたちは苦しんでいるわけですから。それは先進国でも同じですが、特に途上国と呼ばれる国々ではさらに顕著になっていますね。貧困にしても、環境の問題にしても、経済にしても、アイデンティティにしても、途上国の子どもほど二重にも三重にも多大な影響を受けている存在はいません。特に経済的に貧困の極にある子どもたちのその絶望感というものは空前絶後です。ですからこうした壁を乗り越えようとするときには、例えようもない無力感を感じるのです。そして創造よりも破壊へ向けての力を求める結果になるのだろうと思います。テロこそが物事を解決するという悪循環に陥ってしまうのです。

私は、教育の問題を考えるときに、これからどうやったら自分自身を客観化し、普遍化した生き方をできるかを実践の中で考えてきましたが、特にアジア地域での教育活動の中から、子どもたちや教育専門家たちと一緒に「絵地図分析」という自己分析、社会分析方法を生み出したのですが、これは人間性再生のために役立つのではないかと期待しています。私自身の体験から生み出したものです。3月20日から、中国の上海の教育大学で、短期間セミナーを開きますが、日本の教育大学ではまだ重要性は認識されていません。中国の方が先に行います。日本は非常事態の意識が非常に遅れていて、いまだに漫然と欧米からのコピーをすることによって、解決方法を模索しているのです。

この画期的な方法は実際にワークショップを開催して体験しないと詳しくは説明できませんが、これまでユネスコ活動はアジア各国で行われた結果から考えると、世界のどこでも実に大きな可能性を持っているように思います。アジア地域のあぜ道における実際の実践活動の中から生み出されたもので、基本的には自他の中に存在している多様で複雑な意見をどのようにアクションとしてとりあげていくかという戦略です。そして、それは基本的にリアクションとしてではなく、アクションとして主体的に取り上げて生きる方法です。

まず切実な人生体験を話しながら、まず最初に子どもたちを触発した後に、初めは小さなグループな中で話し合いを行なってもらいます。そして徐々に大きくしてくのですが、小さな紙片に、考えられる限りの自分の気になることをどんどん書いていきます。欲しいもの、やりたいこと、行きたい場所、悩み事、自分の長所短所、家族や友だちのこと、だれにもしゃべれない秘密のこと。なんでも思いつく端から書いていって、それを種類別にグループ化していきます。さらにその余白にさらにメモやイラスト、道や矢印などを書き込んでいって、人生の地図-つまり自分の過去、現在、未来を示す心の地図を作るんです。この分析方法が特有なのです。この絵地図分析は、子どもたちの無意識世界の問題も含め内面へ向けての旅の始まりを自分で創っていくことを促します。これは爆発的な力をもった自己分析のやりかたです。このワークショップを共同で開いているのです。


デジタル時代とは、アナログ時代と異なり、自分の頭の中の情報や知識と言う観念の地図は解きほぐすこともできないぐらい複雑にからんでいますから、これをアナログ的に、外の世界で自由に解き放ちもう一度自由に再構成することが重要なのです。つまり自分自身を客観視する視点を持つことです。窓ガラスに当たってバタバタもがいているハエのように、子どもも大人もなにかにつきあたったときにはその世界の中でしか生きることができない。少し離れて自分の置かれているところを見れば広々とした自由な時間や空間が無限にあり脱出口がいくらでもあるにもかかわらず、すぐに地に落ち、絶望してていく。子どもたちのうつろな目はそれを示しています。子どもたちが早くから自立するためにも内側から自分の道を発見していく必要があるのです。今の時代は一切れのパンでも与え方によって十二分に子どもたちを救えると思うのです。


(これは2004年にネットマガジンに掲載していただいものに加筆したものです)



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック