物事の本質的な批判ができない日本人、なぜ?

3.11以降、「日本ほど情報操作の上手な国はない」とドイツのテレビ局が驚いていました。私も痛感するのです。このたびのオリンピックの開催では、日本は「原発のコントロールには失敗しても、国民のコントロールには成功している」ように思えたのです。
 
 なぜ日本ではいつもこのような結果になるのでしょう?これはおそらく国民に批判精神が定着していないからでしょうか。批判精神をもつ人間は日本では歓迎されません。忌み嫌われるのが普通です。それを一番必要としているマスコミの人間も、ゴマすりは知っていても、批判精神をきちんと身につけていません。しかし欧米では物事の真実を把握するには、旺盛な批判精神で、まず物事を叩いてみて、その真価を見極めていくが常識です。これは遠くギリシャの昔から行われてきた方法なのですが、不幸なことに日本にはこうした精神は導入されていませんし育ってもいませんし、学校教育でも、同化することは教えても批判することの重要さをを教えたりしません。教室では、みんなと同じ弁当をたべるのが最高の喜びなのです。

ひとりひとりの感覚や感性や環境は異なります。そして違いこそが価値があり、異なった考えこそが集まったとき、普遍的な思想を作りだしていくのです。今回のように、間違った情報(虚偽情報)を提供して、オリンピックの開催を勝ち取った日本は、これからいったいどうするのでしょうか?首相が虚言したように「原発問題はまるで存在しないかのように・・・あるいは本当に、「470億円をかけて凍土壁を作るなど汚染水総合対策を実現する」と官房長官が言ったことは、本当の言葉でしょうか?それともいつもの情報操作なのでしょうか? そして国民は、こうした姿勢を批判もせずに、ただじっと黙って”汚染水”の国際公約が実行されるのを待っていればいいのでしょうか?いつものように苦笑いしながら・・

The Legend of Planet Surprise
イラストは、びっくり星の伝説から(Kazuko.T 画DSC03530.jpg11407135_1127398233943238_7900704733412994651_n.jpgDSC03544.jpgmbnail2.jpg" width="471" height="640">

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