酋長の娘とジンギスカン

    その昔、ユネスコ(ACCU)は、2年ごとにアジア・太平洋地域25か国のユネスコ活動の代表者たちを東京に招請して、華麗なる国際会議を開いていた。5日間の日程の最後には、恒例の箱根のホテルに参加者全員を招待し、ACCUスタッフたちも全員で歌や踊りを披露し、舞台などの宴会を一緒に楽しんでいたが、私はどういうわけか、入社早々、この交流会の責任者を仰せつかった。これは理事長からの直接命令、しかもこの伊藤理事長とは、大変な有名な国際人だが、裸踊りが大好きという非常にユニークな人柄であった。 5幕の舞台では、「元禄忠臣蔵」をスタッフ全員で演じていたが、理事長はいつも置屋の女将を見事に演じるのであった。英語劇だ。そしてこの舞台が終わるといつも、各国の代表たちすべてを舞台に呼んで、みんなでディスコ曲とともに踊り狂うのであったが、その最初に私が聞いた音楽は、理事長の大好きな「戦争中に日本の軍人たちが南洋で歌っていた「酋長の娘」だった。聞くところによると、彼は戦争中、インドネシアで教育司政官だったそうだ。おそらく軍隊にいた時に、彼は毎夜この歌を歌い踊って暮らしていたのだろう。なつかしい曲に違いない。私は初めてこれを聞いた時、「なんとも下品だ」と驚き、大きなショックを受けた。アジア各国からの代表者たちは、ほとんどが各国政府のトップの文化人であるからである。  彼らは、歓迎会で日本人が日本語でなにを歌おうが、意味はよくわからないかも知れないと思ったが、しかしアジアからの文化人の前で「わたしのラバー…

続きを読む